中堅戦 クラスタ対スードラ
上空六千メートル。雲すら見下ろす突き抜けるような青空の下、二つの人影があった。
一人は青いドレスを着た二十代後半の容姿の女性。もう一人は執事風の恰好をした細目の壮年の男性だ。
二人は雲の上を並んで飛んでいた。
「たまにはこういう空の旅も悪くないですねえ」
男はのんきにそんなことを言っている。
「それはあなただけでしょう、エア。
今回の事態、居場所を教えたあなたの責任でもあるのですけど?」
女は苛立った様子で返す。
「シーリア。私は立場上、聞かれれば答えるしかありません」
エアと呼ばれた男はおどけて見せる。
「…はあ…馬鹿正直に答える者がどこにいるのですか。全くあなたと話していてもらちがあきませんね。
ココノエは一体何やってるのでしょう。このためのお目付け役でしょうに」
「いっそ籠にでも閉じ込めておきますか?」
「心にもないことをいうものではありませんよ。
私もあなたもサクヤを籠の鳥にするは毛ほどもないでしょう」
男の問いに女はすぐさま否定する。
「にしてもよりにもよってあいつの管轄地にこちらから向かうことになるとは思いもしませんでした」
「ガラムはお嫌いですか?」
エアの一言にシーリアは口ごもる。
「…ガラムのことは嫌いではありません。
ですが五百年以上も会っていませんし、人間と同化してるって聞いていますし…」
「つまりはどんな顔して会えばいいかわからないと」
「…あなた本当にいい性格していますね」
エアの一言にシーリアは眉を引くつかせている。
「はは、お褒めの言葉ありがとうございます」
「ほんと、嫌味も通じない奴と一緒って疲れますね」
シーリアは手を額に当てる。
「とにかく早くあの子を見つけ出すことが先決です。
これから向かう西方の地でパールファダの力が観測されたという話も聞きますし、
精霊を通して西方の小国でアレが発生したという噂も聞きます」
「未確認ではありますが、この大陸の西方で半年前にあの『極北』が動いたと」
「『極北』が…悪いことは重なるものですね」
エアの一言にシーリアはその端整な顔を歪める。
「急ぎましょう。リースの忘れ形見のあの子に何かあってはリースに顔向けができません」
「そうですね」
二人はサクヤの向かった地に急ぎ向かう。
二戦目にナナツキに勝利したエリスがこちらに歩いてくる。
体に目立った外傷は特になく、エリスはいい運動をしたような清々しい顔をしていた。
「アレと正面から打ち合うとか信じられねえ」
クラスタが顔を引くつかせている。
エリスさんがどんどん人間離れしている気がするのは俺だけでしょうか?
エリスはこちらをちらちらとこちらを見ている。
「ん?」
俺は意味が解らず首をかしげる。
「ユウ、鈍い」
セリアが肘で俺の横腹をついてくる。
その声にねぎらいの言葉を忘れていたことを今更ながら思い出す。
「え、エリス、よくやった」
「ああ」
エリスはあれほどの死闘が嘘だったかのような無邪気な微笑みを浮かべる。
俺は殺気の籠った視線を全方位から感じることになった。
「すまんな。負けてしまったわ」
ナナツキは折れた戦斧の柄を肩に抱え、竜騎士の陣地に戻る。
「そんな顔で言われても反応にこまる」
ナナツキのその様子にココノエは頭を抱える。
「はっはっは、まさかこのわしが力比べで負けるとはのう。
こんな清々しい気分になったのは久しぶりじゃ」
「まったくナナツキは…」
ナナツキは勝敗には全くこだわっていない様子。戦いの内容として見るならば称賛にも値する。
竜騎士一の怪力を誇るナナツキが人間相手の怪力勝負で負けるとは微塵も考えていなかった。
相手となったエリスと言う女性は今代の勇者だという。
「次は私か」
鎧を着たのっぽの男が一歩踏み出す。
「スードラ、我々には後がない。ここで負けたのならば姫様に申し訳が立たぬ。初めから飛ばしていけ」
ココノエは腕を組み、竜騎士の中でのっぽの男に命じる。
「了解した」
スードラがそう言って着けていた兜をとると、そこには人の頭ではなく竜の頭があった。
これに会場中がどよめきが沸き起こる。
「別に驚くことじゃねえよ。竜族ってのは竜との混血だ。亜人のような容姿の奴も珍しくねえ」
当然のようにゼームスは説明する姿に会場のざわめきは少し落ち着く。
「さあ。次は三戦目。クラスタ選手は電撃的にAランクになった期待の新星。
情報によれば一戦目ホウエン選手を圧倒したオズマ選手の弟子と聞きます。
さあ、クラスタ選手はどんな試合を見せてくれるのでしょうか」
クラスタは特に気にした素振りを見せることもなく闘技場の真ん中に歩いていく。
クラスタとスードラが試合場の中央で対峙する。
クラスタは二本の剣を、スードラは独特な三日月の様な形の矛を手にしている。
「さあ、楽しもうぜ」
クラスタは二本の剣を手に取りやる気をみなぎらせている。
「この姿お主は気にしていないのだな」
「そういう奴は身近にいたからなぁ。そんなことよりも戦士なら腕で語るべきだろ」
クラスタは剣を持った手で腕を叩く。
「愉快な男だ。だが勝負は私が勝たせてもらうぞ」
少しだけスードラの表情が緩む。
スードラは口から炎の球を吐き出す。
それはクラスタの脇を通り過ぎ一つが闘技場の壁に当たる。
石できた闘技場の壁の表面をどろどろに溶かす。これには観客から驚きの声が上がる。
「おおっとスードラ選手のパフォーマンスでしょうか。
まさに火竜の放つブレスそのもの。あんなものを喰らえば骨も残らないでしょう」
実況のグラーナが興奮し、声を上げる。
「ゼームスさん、あの火の玉は?」
「竜気を集めた塊に火をつけている。その威力は魔法の火球の比じゃねえ。
まともに貰ったら骨も残らねえな」
「竜族は火も使えるのですか?」
「そりゃ当然だろう。竜には大きく分けて風、地、火、水の四つの特性に分けられる。
その自分の属性ならば自在に持ち前の竜気を性質変化できる。
ちなみに今まで出てきたホウエンは風、ナナツキは地。あのスードラというのは火の特性持ちだ。
火の属性は四つの特性の中で最も攻撃性がある」
ゼームスの解説が試合場にも聞こえてくる。
「聞いての通りだ。私と戦うというのならば無事ではすまない。私は加減も容赦もしない。
人ならば当たり所が悪ければ死ぬだろう。敗北するというのならば今だけだぞ」
「そのぐらい戦士ならば当然だろ?」
スードラから警告を受け、クラスタは不敵に笑う。
「警告はしたぞ」
スードラは槍を構える。
「第三試合、クラスタ対スードラ、始め」
試合開始の掛け声が上がり、戦いが始まる。
開始直後からスードラの口から数個の火球が連続で放たれるも、クラスタはそれを紙一重で躱していく。
クラスタの魔族である故の高い身体能力と反射神経のなせる業である。
「クラスタ選手、火の玉を避ける避ける」
「クラスタの奴、うまく躱すなー」
ゼームスはクラスタの動きに感心している。
「こりゃ、少しばかり不利だな」
クラスタは呟きをもらす。
スードラの火球の射出の速度が早過ぎるためにクラスタはスードラに近づけずにいるのだ。
本来であればクラスタにも遠距離攻撃の手段はあるが、
こんな人の多いところで使えば魔族であることがばれる可能性がある。
そのためにクラスタは魔力の使用禁止されていた。
魔力を使えないというのはクラスタにとって不利過ぎる。
「クラスタ選手、持久戦に持ち込むつもりでしょうか」
グラーナの解説を聞いてクラスタは足を止める。
それを見て、スードラもまた火の球を吐くのを止めた。
クラスタの行動に会場中の視線が集まる。
「やっぱらしくねえよな。少しいてえがやるしかねえか」
クラスタは軽くジャンプする。直後、距離を詰めるべくクラスタはスードラ目がけて一直線に走る。
スードラは向かってくるクラスタに向けて火の玉を放つ。
巨大な火の玉がクラスタの肩をかすめるも気にせずにこちらに向かってくる。
放たれた火球を跳躍でスレスレに躱すと頭上からクラスタは剣をスードラ目がけて振り下ろす。
スードラは手にした槍でその剣を受ける。
「重いな。だがそれでは…」
スードラは手にした槍でクラスタの剣を受け止める。
「もういっちょう」
クラスタはもう片方の手にある剣を振り下ろす。
「ぬうっ」
二回目の攻撃にスードラは体をのけぞらせる。
スードラが口から炎をだそうとするも、クラスタは一回転し、
スードラの口を踵落としを見舞う。スードラの口の中で火球が爆発した。
スードラはたまらず背後に飛ぶ。
そのままクラスタは追撃を試みようとするもスードラは強引に槍を振り回し、
クラスタの追撃をけん制した。再びクラスタとスードラの間に間合いが開く。
「あーあ、開いちまった」
クラスタは小さくつぶやく。
「いい戦士だ」
スードラは焼けた口をぬぐう。大したダメージを負っていないのは火に対しての抵抗力があるためだ。
そしてスードラは息を大きく吸い込むと再び炎を吐き出す。
スードラは自身の吐いた炎を槍に纏わせ回転させる。
「炎想嵐陣」
闘技場の中心で天高く火柱がそびえ立つ。スードラの作り出した熱風が闘技場全体を駆け巡る。
「スードラ選手、何と槍に炎をまとわりつかせた。
スードラ選手の使う火柱の熱気がこちらまで伝わってきます。
あの炎の中でスードラ選手は大丈夫なのでしょうか」
熱風に耐えながらグラーナは実況する。
「火の特性持ちはそれに対する対抗力も備わっているんだ。
常人ならあの炎の中で戦うことは自殺行為。あの炎の範囲の中に入っちまえば火傷じゃすまねえ。
息を吸い込めば喉が焼け爛れ、呼吸すらできなくなる。
打ち合いにすらなりゃしねえ。スードラの奴、これで勝負を決めるつもりだな」
グラーナの問いにゼームスが答える。
「攻防一体の我が炎の槍を受けてみよ」
スードラが炎の槍を回しながら、駆け寄ってくる。
「まさかそっちから来てくれるとはな」
クラスタはスードラの槍を手にした剣で受けるも、スードラを纏う炎がクラスタの体を焼く。
「あちっ」
「受けることも敵わぬ、我が炎の槍。そのまま」
「くっそ」
スードラの槍を受けているクラスタの体が徐々に焼かれていく。
竜族の炎は魔族の体だといえ、無事ではすまないらしい。
「ならこっちも本気でいくとするか…」
クラスタの眼が光る。クラスタの周囲に黒い魔力が渦巻き始める。
「むっ」
スードラは目を見開き一歩下がる。
「あれは…」
ゼームスが目を凝らす。
「クラスタ」
オズマの叫び声が闘技場に響き渡る。
「…やーっぱり止めるよな」
クラスタは双剣を地面に刺し、手を上げる。
「何のつもりだ?」
「降参だ」
クラスタは剣を鞘にしまい、腕を頭の後ろに組みその場を後にする。
「…勝者、スードラ」
あまりにあっけない最後にスードラは複雑な表情でそれを受け入れる。
「クラスタ選手、仲間から戦闘を止められた様子」
「あ、ああ。悪くない判断ではある。あのまま戦っていても勝機は薄かっただろうさ。
クラスタは戦いに熱くなって、戦いしか見えなくなっちまっていた。
あのままだと大やけどを負っていただろうし、横から戦いを止めるのは悪くない判断ではある」
ゼームスらしくない少し歯切れの悪い解説である。
だがスードラの使った余波の熱気を受けた観衆たちはそれに納得していた。
「すまない」
俺はクラスタに謝る。俺にもどってきたクラスタを責める言葉は無い。
魔力が使えれば少なくともクラスタは互角の勝負ができていたと思う。
クラスタは魔力を使うことを許可しないという俺の方針に従ってくれたのだ。
魔力を使えば魔族とばれる。魔族の立場は人間社会では決してよくはない。
ましてこの大衆の面前で使うということはそれを公言するようなものだ。
そうなれば人間社会で活動できなくなる。
戦いの場所として闘技場を選びたくなかった理由の一つでもある。
「謝る必要なんてねえよ。むしろ謝るのは戦いに負けた俺の方だぜ」
腕の火傷をなめながらけろりとした表情でクラスタ。
「クラスタはその負けに納得できるか?」
クラスタは誇り高い戦士だ。
「まあ…負けるのは悔しいが、あれ以上熱くなってたら俺もガチでやりそうだったしな。
引き際としては丁度良かったと思うぜ?」
俺はクラスタの冷静な反応に面食らう。
傷だらけになって敗北してから、クラスタは周囲が見えるようになっていると感じている
目先の勝ち負けにこだわるのではなく、ここではないどこか違うものを見ているようにも感じる。
それはクラスタにとってよい変化なのかはわからない。
セリアは用意していた包帯を出して、クラスタの火傷の箇所を手当を始める。
「おいおい、用意しなくていいのかよ。次はお嬢ちゃんなんだろ?こんな傷、なめときゃ治るって」
「だめよ。それにその前に中休みが入るわ」
セリアの一言に気が付けば観客席は前半戦が終わって休憩に入っている。
闘技場の観客席を見れば売子が食べ物を売っていたり、今のうちにトイレに向かう人影が見られる。
そんな中、ゼームスが俺たちのところにふらっとやってきた。
「よう、行くぞ」
ゼームスは俺に向かって手招きする。
「は?」
ゼームスのいきなりの一言に俺は戸惑う。
「今日の朝、言ってただろ。中休み空けとけって」
たしかに朝、そんなことを言われていた気がする。
ゼームスは俺に背を向けてすたすたと先に行ってしまう。
俺は皆に手を振ると、ゼームスの後を追った。




