次鋒戦 エリス対ナナツキ
「申し開きはあらぬ。わしは全身全霊を持って挑み、敗北した。咎ならば受けよう」
竜騎士たちの場所に戻ってきたホウエンはそう言ってうなだれる。
「何を恥じることがあろう。美しき試合じゃった」
ホウエンの肩を岩の様な大きな竜騎士が叩く。
「その通り、私も隊長としてホウエンを誇りに思う」
「次はわしじゃ。このナナツキが一敗など直ぐに取り返してみせようぞ」
大男は兜を脱ぐと現れたのはぼさぼさの長髪を背後で結んでいる、笑い声が心地よい快男児。
大きな剣を手に試合場の中央に向かう。
戦いを終え、オズマがこちらに歩いてくる。
正直なところ戦いの技量のレベルが高すぎて、解説なしでは全く理解できない試合でした。
動きは見えたが何をしているのかさっぱりである。改めて自分が素人だと理解する試合でした。
「オズマさんすごい」
「面白いものが見れた」
「ナイスファイト、オズマ」
俺たちは戻ってきたオズマに声をかける。
「ありがとうございます」
気のせいかオズマの声のトーンがいつもと違うように感じる。
「オズマ…」
「次は私だな」
エリスは手に魔剣レヴィアを手にして試合場に足を入れる。
「エリス。頼むぞ」
「了解した」
そう言ってエリスは闘技場の中央に向かって歩いていく。
エリスとナナツキが闘技場の中央で向かい合う。
近づいて比較するとその身長差は子供と大人ほどもあろう。
「わしの相手はお主か?」
腕を組みナナツキはエリスを見下ろす。
「そうだが?」
「まさか相手が女子とはな」
ナナツキはあからさまにがっかりとした表情である。
「その女子をあまりなめないほうがいいぞ」
ナナツキのなめきった態度にエリスは冷やかに返す。
「さあ、闘技場の中央では早くも火花が散っております。
大男のナナツキに対するは見目麗しい美貌の女騎士エリス。これは果たして戦いになるのか?」
「あーそれなら心配は…」
「第二戦目、エリス・ノーチェス対ナナツキ・クモン、初め」
ゼームスの語りを遮るように審判は試合開始の掛け声をかける。
開幕とともにナナツキは振りかぶり、エリスに向けて手にした巨大な剣を振り下ろす。
エリスは自身の剣の倍もありそうなそれを自身の剣で弾く。
躱されると思っていた自身の剣が力により弾かれ、ナナツキに一瞬の隙が生まれる。
次の瞬間、エリスはナナツキのすぐそばまで間合いを詰め、斬撃の嵐をナナツキに見舞う。
ナナツキはエリスの暴雨の様な剣戟にさらされ、それらを受けることで手一杯である。
目の前では巌の様な大男を半分以下の女性が圧倒していることに闘技場は静まり返る。
「ぬう」
エリスは力を込めた一撃を放ち、ナナツキのガードを崩し、そのままナナツキの首下に剣を突きつけた。
瞬きのうちに起きた決着に闘技場全体は言葉を失う。
「お主、本当に強いのう」
ナナツキは動じることなくエリスの眼を見てエリスを称賛する。
「わ、私は夢でも見ているのでしょうか。エリス選手が大男のナナツキ選手を圧倒しました」
解説のグラーナが目を点にしていた。会場中の人間も同様だ。
目にしている光景があまりにも信じられないのだ。
「ありゃ、法力だ」
見るに見かねたゼームスが言葉を発する。
「法力?法力というとあのデリスに伝わる…」
「仮にも勇者に選ばれるような人間ならばそのぐらいできてもおかしくねえだろ?」
「は?勇者」
ゼームスの一言に会場中がしんと静まり返る。
「あ?エリス・ノーチェスって言ったら今代の勇者だろ」
「ええええええ」
ゼームスの何気ない一言に会場中が湧く。
勇者という存在は聖剣に選ばれし人類最強の守護者とされている。
現在魔物退治は冒険者ギルドが請け負っているが、かつては勇者が中心に魔物退治を行っていた。
勇者と言う存在はおとぎ話や、演劇の話などで語られることが多く、
デリス聖王国にいるとはいえその存在は大衆に広く浸透している。
「な、なんと、エリス選手はあのデリス聖王国にいるという勇者とのこと」
グラーナは拡声器をゼームスから奪い返し、実況する。
「まあそうなるな」
俺はざわめく会場を見てそうつぶやく。
エリスはデリスの勇者である。
「それにしてもエリスの法力が以前にも増して強くなっているような気がします。
技も冴えわたっている。エリスはこの数日で相当化けましたね」
オズマが今の立ち合いを見て俺の横でつぶやく。
「俺もそう思うよ。まー、オズマのいない間にいろいろあったからなー」
魔の森の一件以降、相当力を増しているのは錯覚ではあるまい。
魔物を倒せば倒すほどその力を増す。ひょっとしたらそれは勇者としての特性なのかもしれない。
そのうち俺もエリスに討伐されそうな気がする。
「勝者…」
「待て」
審判がエリスの勝利を宣言しようとするとエリスは審判の言葉を遮る。
「目が覚めたか?竜族とやらの力がその程度というわけではないだろう。
少し待っててやるから全力でこい」
エリスはナナツキを見下ろし告げる。
「はっはっは、いい女じゃ。ならわしはその言葉に甘えさせてもらうとしようかの。
ユキト、わしの戦斧を」
ナナツキがそう言うと竜騎士の一人が札を取りだす。ユキトはナナツキの傍にその符を投げる。
「解」
竜騎士の一人がそう唱えると巨大な戦斧が符の中から現れる。
ずんという鈍い音を立てて地面にめり込んだ。相当な重さが伝わってくる。
大きさはナナツキの身長よりも大きい。ただ、ナナツキの手に対してあまりに柄が大きすぎる。
「ゼームスさん、紙から斧が出てきたように見えましたがあれは?」
「符術という。東方に伝わる独特の封印術だ。収納の魔法と同じようなものだな」
ゼームスはグラーナの質問に答える。
「ずいぶんと大きな戦斧だな」
エリスは斧を見てナナツキに語りかける。
「わし特注の戦斧じゃ」
いつの間にかナナツキは鎧を脱ぎ捨て、上半身は半裸になっていた。
筋肉質だが、見た目は人間である。ナナツキは息を大きく吸い込む。
「くおおおおおお」
ナナツキが叫ぶと体が膨張し、何倍にも膨れ上がる。
ナナツキの体の色が変化し、体表に鱗、頭には角が現れた。
ナナツキは鬼のような姿になると、地面に突き刺さっている巨大な戦斧を軽々と持ち上げる。
「まるでオーガだ」
その様子を見た観客の人々は口々に漏らす。
「わしの祖父が竜らしい。わしの体に流れる血の四分の一は竜の血が入っておる」
上半身は竜の鱗で覆われる。頭には角が生え、まるで鬼のような風貌と化している。
「ナナツキはもともと竜騎士ではない。その力を見込まれ竜騎士となった者。
奴のもっとも得意とする戦術は敵の陣地の奥深くまで竜で乗り込み
力を開放し、敵陣内部で大暴れするというものだ。
その体は敵の返り血で赤く染まったためについたあだ名が別名『血染めのナナツキ』」
腕を組みココノエは一人で語る。
「あ、アレは何でしょうゼームスさん。ナナツキ選手の体が数倍に膨れ上がったように見えましたが」
「竜族の使う身体操作だ。竜は竜気を使いその体を自在に変える個体もいるという。
実際竜の上位の一部は体積、質量を自在に変えられる。
あのナナツキは身体操作に特化した竜族のようだな」
俺はゼームスの解説を聞きドリアが言っていたことを思い出す。
竜の骨は特殊であり、その体積を自在に操ることができると。
竜の血が混じっているのならば、それができるということも考えられなくはない。
「そうこなくてはな」
エリスは魔剣レヴィアを収納の指輪にしまい、代わりに巨大な鉄の塊を収納の指輪から引き出す。
柄の部分には布が巻かれている。鉄でできた巨大な棍棒のようなものだ。
「なんだあれは」
闘技場のすべての視線がエリスの出した巨大な棍棒のようなものに向けられる。
「ゼームスさん、あれは魔道具でしょうか?」
グラーナはゼームスに問う。
「ありゃ正真正銘、ただの鉄の塊だ」
エリスは鉄の塊をぶんぶんと振るっている。
「鉄の塊…エリス選手、巨大な鉄の棍棒に持ち替えたようです。
…私は夢でも見ているのでしょうか。エリス選手はそれを軽々と振るっているようにも見えます」
「法力の源泉は人の生命力となるとされるが、ただここまでの使い手はあまり見たことがねえな」
俺はゼームスの生命力という言葉に今日の朝のエリスの喰いっぷりを思い出していた。
そう言えばエリスさん、今日の朝は張り切って二十人分ぐらい食べてたっけな。
「武器を変えて悪いな。いつもの剣では正面から打ち合えないからな」
「…お主、まさかこのわしと正面から打ち合うつもりなのか」
エリスの言葉に唖然とした表情でナナツキ。
「そのつもりだが?」
ナナツキの質問に当然のようにエリスは返す。
「ガッハッハッハッハッハ、面白い、何と面白い女だ。
竜騎士の中で最も力のあるこのわしと打ち合うとは」
闘技場中に響き渡るような笑い声をナナツキは上げる。
「その活きやよし」
ナナツキとエリスの視線が交わる。直後、巨大な剣と斧が二人の間で交差する。
鈍く低い金属音が闘技場に響き渡り、二人の間に大きな火花が発生する。
互いは衝撃にのけぞるも、すぐにまた次の攻撃をするために体勢を整える。
エリスとナナツキはお互い野性味の溢れる笑みを浮かべていた。
闘技場の中心で巨大な力と力がぶつかり合っている。
二人のぶつかり合いにより、砂埃が巻き上げられ観客席に飛び散る。
目の前で繰り広げられているのは技を無視したただのどつきあいである。
「凄まじい光景です。一人の女性があの巨大な姿になった竜族と打ち合ってます」
グラーナは砂埃から目を庇うように実況する。
「竜の使う力を竜力という。それは竜が長きにわたり使っている魔力に似て非なるもの。
対して人間が使う力は内部の生命力を使う法力や気と言ったものだ。
エリスはその力を使い自身の力を何倍にも引き上げている。しかしこれは…」
闘技場の中心で剣圧が吹き荒れる。目の前で繰り広げられるのは純然たる力の衝突。
二つの暴力が爆音とともに闘技場の真ん中で荒れ狂っている。
ただの人間が二人の間に入り込もうとするならば一瞬でミンチになるだろう。
観客は一言も発せずにそれを固唾をのんで見守る。
その打ち合いは闘技場の中心で幾度となく繰り返される。
だが、果てしなく続くかのように思われた戦いも決着の時はやってくる。
ナナツキの持つ斧の柄が折れ、斧の頭の部分がナナツキの背後の地面にズーンと大きな音を立てて落ちる。
エリスは武器に法力を纏わせていたのだ。これにより武器の強度は数倍に跳ね上がっていた。
そのほんのわずかな差が勝敗を分けたのだ。
「まさかわしの戦斧が折れるとは…」
ナナツキは信じられないと言った様子で折れた柄の部分を見つめる。
「まだやるか?」
エリスは呼吸を大きく乱していた。エリスもかなり消耗しているのが見て取れる。
ナナツキは満足げな表情を浮かべると汗まみれになりながらその場に大の字になって背後に倒れた。
「…わしの負けじゃ」
倒れながらナナツキは敗北宣言をする。
自慢の戦斧が折れたことによりナナツキは敗北を受け入れたのだ。
「勝者エリス」
その宣言が会場中に響き渡った。
「信じられぬ、あのナナツキ殿が人間が正面からぶつかり負けるとは」
竜騎士の面々は目を見開きその光景を見つめていた。
「竜人の中でもわしと真正面からまともにぶつかり合えたものはほとんどおらぬ。
まして人間ごときがこのわしと打ち合い、負かされるとは。これほど愉快なことは今までにあらぬ」
息を切らしながらナナツキは満足気に笑っている。ナナツキの体はいつの間にか人間の姿に戻っていた。
「私も楽しかったぞ」
汗だくになりながらエリス。エリスが手にしている鉄の塊はぼこぼこになっていて跡形もない。
それはその戦いがどれだけ激しかったかを示す痕跡である。
「どうじゃ。わしの番とならぬか?」
立ち去ろうとするエリスにナナツキが問う。ナナツキの吃驚発言に会場中が騒然とする。
「すまないがそれはできない。私には役目がある」
エリスは生真面目にナナツキに返した。
「そうかそれは残念じゃ」
ナナツキはエリスに拒絶されるも豪快に笑ってみせる。
最後の最後まで二人に会場が振り回された試合だった。




