十天星最強の男
ドラゴン。
それは恐怖の象徴である。
その爪は分厚い鋼鉄の壁すらやすやすと引き裂き、
そのブレスはあらゆるものを溶かすと言われている。
大型魔獣の中でもその存在は別格と言ってもいい。
「レジェンド級…嘘だろう?」
「レジェンド級が七体…終わった…」
冒険者たちは口々に絶望を漏らす。
それがコルベル連王国、首都キャバル上空に七体。
ドラゴンという存在は太古の昔よりこの大陸に存在した存在とされ、
その存在は他の魔物とは別格とされている。
ドラゴンの分類はこの世界で四つに分けられる。
コモン級、ミドル級、レジェンド級、エンシェント級である。
冒険者ギルドの規定によればコモンクラスならばAランクでも対処できるとされるが、
ミドル級ともなればAクラスの冒険者チームが複数で対処する案件となる。
この中で現在キャバルの上空にやってきているモノはそのミドル級より上のレジェンド級。
レジェンド級とは太古の昔から存在するドラゴンと呼ばれており、
口から放つそのブレスは巨大な岩の塊すら溶かし、その爪は鋼鉄すら引き裂くとまで言われている。
なお、知能のあるモノも多く存在し、その能力は飛び抜けて高いという。
今回キャバル上空に現れたのはレジェンド級が七体。
七体のレジェンド級のドラゴンの出現に、首都は混乱に陥った。
大型の魔獣が大挙して押し寄せるのは暗黒時代以来初めてである。
通りに出た俺は空を見上げる。
ドラゴンがキャバル上空で旋回しているのが見える。
「ドラゴンか」
ドラゴンはこの世界に来てから何度か見たことがある。
ずいぶんと大きい。この場合、街の被害を考えながら戦わねばならない。
「ドラゴン…この大きさレジェンド級だな。それが七体か。今回は少しばかり手こずりそうだ」
エリスがそこまで言うのは珍しい。
「あの…旦那様…」
サクヤが何か言いかけるも俺たちはそれどころではない。
今頃冒険者ギルドは大騒ぎになっているだろう。俺はとにかくジャックと合流することを優先する。
「セリア、サクヤと避難してくれ。クラスタ、エリス。俺とともに行くぞ」
「ああ」
「おお」
俺はエリス、クラスタを連れて冒険者ギルドを目指す。
冒険者ギルドは上へ下への大混乱に陥っていた。
騒ぎを聞いて駆けつけてきた者、武器庫に急ぐ者や、騎士団に連絡を取ろうとする者が入り乱れている。
「ドラゴンの群れ。キャバルにいるBランク以上の冒険者を至急かき集めてください。
コルぺは王宮への連絡を取り、騎士団と連携し、民の避難を。
他のギルド職員は…」
命令を飛ばしているリティの前にジャックが歩いてやってくる。
「ジャック」
リティは声を荒げるも、ジャックの表情には余裕があった。
「…大丈夫だ。問題は解決した」
一人の男が広場の中心にやってきていた。
男は右手に力を込めると
一人の男から放たれた光が空を裂く。空の上でドラゴンたちの動きが止まった。
放った男はそのまま噴水の前に腰かける。
「俺のシマに勝手に入ってきてちょっと頭が高いんじゃねえか。トカゲども」
男は空にいるドラゴンを見据え、そう言い放つ。
男の覇気が大気を包む。上空に向けていなければ常人は卒倒しているほどの覇気。
それはまるで王者の持つそれを思わせる。
「ゼームス…英雄ゼームスか」
「ゼームス、ゼームス」
静まり返った通りが一気に湧く。街中からその名を連呼する声が止まない。
それらを向けられるのは広場の噴水の前に座る一人の男。
俺は通りで足を止め、その有様を見ていた。
「英雄ゼームス?」
「冒険者ギルドの祖であり、四百年前に勇者アリエスとともに暗黒時代を終わらせ、
新生アルメキア帝国の起こした戦争で偽帝を倒した。人間界、唯一無二の英雄。ゼームス・シシル。
まさかこの目でみる日が来るとは…」
エリスが目を見開きその男を見ていた。
俺はなんかとっても偉い人っぽいのはわかった。
ゼームスの覇気に当てられたドラゴンたち七匹が空から降りてくる。
広場が七匹のドラゴンで埋まる。そのうちの五匹には鎧を着けた人間が騎乗していた。
街中の人間の視線がその人間に向けられる。
「竜騎士か?」
「東の果ての島国に存在する竜騎士が何故ここへ」
竜騎士たちは地面に着くとドラゴンから降りる。
レジェンド級のドラゴン五匹の背に跨る五人の男たち。
竜騎士と呼ばれる東の最果ての地に存在すると言われる最強の戦士である。
街の人間は声を潜め物陰からそれをじっと観察している。
ゼームスは座り、黙ったままそれを見ていた。
五人のうちの一人の騎士が進み出て、兜を脱ぎ、一礼する。
年齢は四十代ぐらいの風貌の精悍な顔つきの男だ。
「私の名は竜王国近衛隊長ココノエ・サツキ。以後お見知りおきを」
わりと前にいた世界の名前風である。
「…言葉が通じるようで安心したぜ。さすがに同族を問答無用で葬るのは気が引けていたんでな。
俺の名はゼームス・シシル。ガラムを体に宿している」
「ガラム…六位『天竜』ガラム殿か」
ココノエは眉をひそめた。
「それで人様の家に土足で乗り込んで何のつもりだ?返答次第では容赦はしねえ。
同族だろうが即刻、全員消し炭にしてやる」
脅しではない。ゼームスの小さな体から途方もない圧を感じる。
圧を向けられたドラゴンたちは後ろに一歩引いている。
俺は思わず息を飲む。
この男、かなり強い。ひょっとしたらファイとかドリアと同等かそれ以上はあるのではなかろうか。
「そ、それは…」
ココノエは言葉を詰まらせる。
「待ってください」
セリアに避難させたはずのサクヤが飛び出していた。
「ココノエ。私は一人で来ると言ったはずです。どうして来たのですかっ」
小柄な少女が大男をしかりつける。
俺はその様をみて、少しだけ状況が理解できたような気がした。
「ですが…」
「お黙りなさい」
そう言うとサクヤはゼームスに向き合い、その場に座り込む。
「すべてはこちらの手違い。責任の所在は私にあります。今回の混乱の元凶は私。
部下の不始末は頭である私の責任。この責任、どうとでも取りましょう」
サクヤは地に膝を着け、ゼームスに深く頭を下げる。
「サクヤ姫。姫がそのようなことを」
「お黙りなさい、ココノエ。私はついてくるなと書置きを残したはずです。
誰に断って竜騎士を動かしたのですか」
「我々は常にサクヤ様の…」
「あなた方に私の意志は関係ないと?」
「そこまでは言っておりません。あなた様に何かあれば…」
ココノエはひどく動揺していた。
「話し込んでるところ悪いが、サクヤ?あんた、竜王の一人娘『黒竜姫』サクヤか」
ゼームスはサクヤの顔をまじまじと見つめる。
「そうです」
ゼームスはそれを聞いて頭をかいて嘆息する。
その場を包み込む剣呑な気配が嘘のように消えた。
「はあ、あんたの親父さんにはでっかい借りがある。その愛娘のあんたをどうこうするつもりはねえよ。
俺はゼームスでもあり、天竜ガラムでもある。幸いこっちには被害もない。今回のことは目を瞑る。
ただ、次から来るときは何でもいいから連絡をよこしてからにしてくれ。
人間たちが必要以上に怯える、下手したら冒険者ギルドの討伐案件だ」
「感謝します」
サクヤはゼームスに深く頭を下げる。
「竜王の親父の娘さんに何かあったとなっちゃ、世話になった親父さんに顔向けできねえ。
それであんたらは東の果ての島にいるあんたらがどうしてこんな西の地までやってきてるんだ」
「婿様を探しに」
「…なるほど。婿を探しにはるばるこの西の地までやってきたってことか」
ゼームスは納得したようなそぶりを見せる。
「それでその婿とやらのあてはあるのか。話してくれれば協力しないこともないが」
「ありがたい申し出ですが、協力してもらう必要はありません。すでに見つけましたので」
サクヤは俺の方へ視線を向ける。すべての視線が俺に注がれる。
「はい?」
「彼の者が私の想い人です」
頬を赤らめサクヤが口にする。ざわめくような声が消えて街中の視線が俺に向けられる。
時間が止まったかのように思えた。
「…」
「私はあの方に運命を感じました」
頬を赤く染めサクヤさん。…穴があったら入りたい。
「あんたの名は?」
ゼームスが俺に名を聞いてくる。
「ユウ・カヤノと言います」
「あんた、今噂の『渡り鳥』のリーダーか」
ゼームスがあっけにとられた表情で俺を見てくる。
「…あ、はい」
「ふむ」
ゼームスは何故か納得した表情を見せ近づいてくる。
「あの…」
ゼームスは俺の方に腕を回し囁く。
「悪いことは言わねえ。あきらめろ。竜族ってのはな。とてつもなくプライドが高いんだ。
そんな連中の姫様の願いを蹴ったとなれば永遠に狙われてもおかしくない。
その上奴等の中には探し物の得意な面倒な奴もいる。
ま、あんな可愛い嫁さんもらって手打ちになるんだからまー、不幸中の幸いだったと思うんだな」
ゼームスは回していた腕をほどき、俺の肩を叩く。
俺は何を言われたかわからず、頭の中が真っ白になる。
そして前にゲヘルが言っていた懸念していたことが現実になったと知る。
答えは決まっている。自身の想いとかいう以前に、俺には残りの寿命がほとんど残されていない。
好意を向けられるのは嬉しいが、例え一緒になったとしてもとしてもすぐに未亡人になってしまう。
それはこの少女にとって酷な話だろう。
相手と一緒に添い遂げることができないのであれば、身を引くべきだ。
俺は混乱する頭を整理し、サクヤに向き合う。
「俺は事情あって一緒になることはできない」
俺の一言にサクヤの表情が曇る。俺の言葉に周囲がざわめく。
「どうしてか、私に聞かせてはくださいませんか?」
「すまないが事情は話せない」
女神を殺し、呪いを受けたなど信じてもらえないだろうし、話せる内容ではない。
「きさまっ」
怒号が竜騎士から飛び出る。
竜騎士たちが俺に向けて殺気を飛ばしてくる。
これはサクヤのためでもある。そのためならばどんな叱責を受ける覚悟はある。
「喝」
騒然とする中、大声が通りを吹き抜ける。俺はその声がした方向を振り向く。
そこにいたのは俺がよく見知った男であり、俺が最も信頼を寄せる男。
全身を黒の甲冑で包みこみ、大きな槍を手にしている。
「オズマ」
オズマが人の無くなった通りを歩いてやってくる。
堂々として落ち着いた物腰ながら、それでいて全身から気迫を感じさせる。
「その一方的な物言い、我が主殿を脅迫するつもりか?トカゲども、この槍で私が刺身にしてくれよう」
ゼームスに負けぬぐらいの覇気が周囲を包み込む。
オズマさん、登場するなり激怒していらっしゃる。
オズマはプラナッタに向かったはずだが、何故ここにいるのだろう?
気にはなったがその辺の事情を聞けるような状況ではない。
「へぇ…。あんたは?」
ゼームスがオズマを見て楽しげに目を細める。
「ユウ殿の忠実なる僕。オズマ」
「なるほど。あんたが噂の『渡り鳥』のオズマか」
ゼームスはオズマの名を聞いて口端を釣り上げる。
「オズマ、なんでお前が…」
「互いに引けぬ様子。ならば後腐れないように竜族の作法にのっとり戦って決めるべきだと思いますが?」
後からやってきたオズマはゼームスに向き合い提案する。
「そうだな。このままだと互いに収まりがつかねえし…ってかよく知ってんな」
ゼームスは周囲を一瞥する。
「それじゃ、五本勝負で負けたほうがいうことを聞くってことでどうだ」
ゼームスの提案に俺を除いた皆が頷く。
え、あの、戦うの?
目の前で本人の意思とはそっちのけで話が決まっていく。
抗議の声を上げようとするがここで俺は思い当たる。
ん、待てよ五本勝負?俺、オズマ、エリス、クラスタ…あと一人はまさか…。
「おい…その五本勝負の中にはセリアも人数に入ってるのか」
違和感を感じ、俺は声を上げる。
「入れちゃまずかったか?丁度五人でいいかと思ったんだが?」
ゼームスが困惑気味に俺に聞いてくる。
「やります」
俺がゼームスの言葉に何か言うよりも早く、セリアが喰い気味に話に割り込んでくる。
「ちょっと、けがをするかも知れないんだぞ?」
「みんなそうでしょ。私だってこの『渡り鳥』の一員よ。それとも違うの?」
セリアのいうことには筋が通っている。
「いや。そうじゃないんだが…」
反論しようとするも咄嗟のことに頭がついてこない。
十五歳ぐらいの女の子と竜騎士を戦わせるという。
そんな無謀なことは止めたいが、困ったことに理由が見当たらない。
「ならいいってことね」
俺が断る理由を考えているとセリアがだめ押ししてくる。
なんで当の本人を無視してとんとん拍子に話が決まっていくのだろう。
「よし決まりだな。あんたらは人間社会では目立ちすぎる。悪いが郊外で待機してもらえるか?
決闘の場所は決まり次第俺から連絡をする」
「姫様は?」
「あんたら姫様を郊外で野宿させるつもりかよ?黒竜姫は俺が責任を持って預かる」
ゼームスの言葉に竜騎士だちはそれぞれ顔を見合わせ頷き合う。
竜騎士たちは竜に乗り、飛び去って行った。
竜騎士たちが去っていくのを見届けるとゼームスは振り返り俺を見る。
「勝手に仕切っちまってすまなかったな。改めて俺の名はゼームス・シシル。よろしくな」
そう言うと人懐っこい笑みを浮かべて右手を差し出してくる。
俺は反射的にそれを握り返していた。
これが俺と冒険者ギルド最大の問題児にして、『十天星』最強の男との初めての出会いとなった。




