叱られました
飛行魔法を使った痕跡があったという報告をエアから受けた。
大気を司るエアならば飛行魔法を使った痕跡はすぐに特定できる。
以前は何度か使いの者を遣わしたが、逃げられたとのこと。
前回は半年前、それもパールファダの気配があったために周囲からの反対もあり仕方なく断念した。
この半年その痕跡は全くと言っていいほど見られなかったが、
今回はかなり長く飛行魔法を使ったようだ。そのおかげで詳細な居場所を特定ができた。
ただし、今回ははるか東の地域。私たちの管轄とは遠く離れている。
彼の居る場所の座標は遙か東の国々だという。コルベル連王国の王都キャバルという場所らしい。
あの地は天竜ガラムが管轄する土地だったはずだ。
天竜ガラムならば知っている。私の幼いころ父のところへちょくちょく遊びに来ていた変わった竜だ。
一緒に何度か遊んでくれたので彼のことはよく覚えている。
その天竜ガラムは五百年前の事件の影響で人間と契約を交わしたという。
それからは一度も天竜ガラムとは会っていない。
人間と契約したと聞いたが、天竜ガラムの存在は消えていないという。
経験者から聞くところによれば契約は意識がまじりあう状況なのだという。
天竜ガラムなら私が話せば大目に見てくれるだろう。
ひょっとしたら私に協力してくれるかもしれない。
私は全身の封を解き、ヒト型から本来の竜の姿に戻る。
うっかり背後の構造物を壊しそうになる。
私はこの姿が嫌いだ。気を張っていなければ、近くの物を壊してしまうから。
私は黒い翼を広げるとその人の元に向かった。
目を覚ますとドアの外からは橙色の光が差し込んできている。三日後の夕方だった。
『黒の塔』から帰ってきた俺は三日ほど寝込んでいたらしい。
俺は起きるなりセリアからの説教交じりの状況の説明を小一時間ほど受けた。
その後、セリアは仲間への連絡と食事を取りに部屋を出て行った。
どうも寝ている間にも状況はかなり動いていたらしい。
セリアの話ではどうやら『黒の塔』から提起されていた俺への『魔眼』の疑いは
『黒の塔』が取り下げたと連絡があったということ。
やったのはおそらくドリアさんあたりだろうかとか思う。
それと倒れていたクラスタは俺が戻って来たころにはすでに意識を取り戻したとのこと。
セリアの話ではぴんぴんしているという。それを聞いて俺はほっとする。
エリスとオズマは二人ともまだ帰ってきていないらしい。
エリスはデリス聖王国で別れたとはいえ、五日経っているし、そろそろ戻ってきてもいい頃合いだろう。
オズマはプラナッタ関連のことで片づけてくると言っていた。
決着するまでなんだかんだ時間がかかるだろうなと思っている。
とにかく面倒な事柄はほとんど片付いたし、この辺で骨休めするのもありだろう。
そう考えているとバンという音を立ててドアが開く。そこにはエリスが立っていた。
めちゃくちゃ俺を睨んでいる。
「まさか一人で『黒の塔』に特攻かけるとは思わなかったぞ」
エリスが腕を組んで俺に問いただしてくる。
「え、エリス?いつ戻ってきたんだ?」
「ついさきほどだ。クラスタに全部聞いたぞ。ユウ殿は本当に後先を考えないな。
どうしてユウ殿はいつもいつも…。女神の時だってそうだっただろう。
そんなに私たちに心配をかけたいか?」
エリスは相当ご立腹の様子である。
「…今回はセリアが連れ去られたことでついかっとなって」
「途中で引き返してくる選択肢もあっただろう。なぜ一人で特攻などという選択を取った」
あの時選択したのは自分自身だ。後悔はないが、言い返せない。
言い返したのならば今のエリスにそれを言えば火に油を注ぐようなものとわかっているからである。
「エリス、その辺でそれ私が言っておいた」
水と食事の乗ったお膳を持ってセリアが部屋に入ってくる。
「しかし…」
「大丈夫よ」
俺に食事の乗ったお膳を俺に手渡す。
「ユウはもうしないわよね」
セリアの笑顔が怖い。
「はい…多分…」
「多分?」
「…ぜ、絶対にいたしません」
セリアの笑顔がまじで怖い。
拒絶したら永遠と説教が続きそうな雰囲気を感じ俺は反射的に同意する。
今日は特にやたらとうちの女性陣が怖い。美人を怒らせるのは怖いというのは本当らしい。
冷や汗が止まらない。異質ではあるがパールファダと対面した時と同じぐらいの危機を感じる。
ローファンとの約束もある。体が回復したら『極北』の魔族と連絡を取ろうか。
そんなことを考えていると部屋にクラスタが入ってきた。クラスタの肩にはアタがちょこんと乗っている。
これでオズマ以外の冒険者チーム『渡り鳥』は全員揃ったことになる。
「クラスタ、アタ、久しぶりだな」
セリアの話によればクラスタは俺が向かってすぐに目を覚ましたらしい。
「よ、大将。目が覚めたか」
「クラスタは体のほうは大丈夫なのか」
クラスタはファイの『魔眼』で眠らされていたという。
「とーぜんだ。魔族が魔力でやられるかよ」
「この馬鹿は人一倍頑丈ですから」
「おい、アタ」
二人で言い合いを始める。こういうのはいつも通りで安心する。
「しかし、あの野郎、強い魔力を直接頭に叩き込みやがった。今度会ったらただじゃ置かねえ」
パシンと手を打ちつける。
「…やめとけ。あいつは俺のほうでぶん殴っておいたから。
クラスタがあいつと戦うには魔力が必要だ。魔力を使えば魔族とばれる。
今度は仲間内に魔族がいるということで相手にこちらを責める材料を与えかねない」
もちろんこれは半分こじつけである。
『黒の塔』の冒険者はともかく、ファイは今まで会ってきた人間の中で
カルナッハという例外を除けば間違いなく人間の中でもトップクラスの実力だ。
セリアが囚われているという条件下でなければ逃げ出していたと思う。
クラスタが魔力を使ってもファイは勝利することには厳しい相手だろう。
ただ、それを言えば間違いなくクラスタはファイに喧嘩を売りに行く。
勝ち目以前に解決しかけているのにこれ以上、
引っ掻き回されるのは勘弁して欲しいという思いが強かった。
「たしかにな」
エリスは俺の言葉に同意してくれる。
「わかったよ」
しぶしぶクラスタは納得してくれた様子。
「それに相手はあのSランク冒険者『十天星』のファイだ。
二百年生き、単独でスタンピードを鎮圧する実力を持っているとも言われている。
私を倒せないようでは奴はどうにもならないぞ」
そう言えばファイと戦った時にそんなことを言ってた気がする。
「…そんな使い手だったのか」
「ユウ殿、まさか知らないで挑んだのか?
冒険者の中でもSランク『十天星』は勇者と違い寿命の縛りがない。
もし戦闘になったとしたら魔物に対してのみ力を発揮する勇者では分が悪いだろうな」
「そうなの?人間の中では勇者が最強だと思ってた」
ちょっと吃驚。人間に勇者というびっくり存在より上がいたとは。
「勇者は最強というわけではないよ。もちろん歴代の勇者を見れば皆、相当な使い手ではあるが。
魔物に対して絶対的強者となる勇者には魔力の類が効かないために寿命を伸ばす秘術が使えない。
聖剣の加護は魔力を一切受け付けないからな」
聖剣の加護は魔力を無効化する。もちろん魔法もである。
つまりは魔力無効化によるデメリットも存在するということか。
勇者のもつ能力である魔力無効化はいいことばかりでもないようだ。
「対して彼らは魔力を使った自身の体に老化を防ぐ秘術をかけられる。
彼らはその世代のトップである上に、長い時間をかけて力を磨き続けられる。
この差は大きい。純粋な戦闘能力ならば私よりも上だよ。
奴等は国家ですらその存在を避けるとまで言われている。
『十天星』は使徒と同じ、人でありながら人を越えた存在だ」
「ほー。俺と同じような存在か」
感心するクラスタの背後で俺は顔を青ざめさせる。
たしかファイとドリア、イーヴァはSランクだったけか。
あいつらともう一度戦えと言われても魔力を使えない今の俺では対処不可能だろう。
俺はそう言う連中が三人もいる場所に殴り込みをかけて、ガチで喧嘩してきたのか。
我ながら良く生きているものだと思った。
「そんな奴が攫ったセリアをよく手放したものだ」
疑惑の目をエリスが俺に向けてくる。
その一人とガチで殴り合いしてきたなんてエリスに口が裂けても言えない。
ばれたらさらに説教が長くなる。セリアはどこまでしゃべっているのだろうか。
さらにもしこれがジャック等に知られたらどんな目で見られるか。
セリアには口止めをしておかなくてはならない。
「く、クラスタの流されたのは強い魔力だったのか?」
俺は必死に話題を変える。
「普通の人間なら一発で廃人だろーな。
魔力解放時ならともかく、無防備なところにあれだけの魔力をいきなり流されたしな。
あいつ、魔族にもなかなかいないぐらいの『魔眼』使いだぜ」
「…そこまでか」
クラスタから聞からきかされてやはりという感じがある。
魔族であるクラスタを眠らせ、一つ目の巨人になるとか今まで見た中でも相当上位の行為だと思われ。
明日にでもゲヘルたちに『魔眼』について聞きに行くかな。
ついでにローファンの件も言っておかねば。
「クラスタは気絶してたときにお世話になってるんだから、明日一緒にギルドに行くぞ」
「しゃーねーな」
クラスタは意外と素直に俺に従ってくれた。
「さてと飯も食い終わったし、俺はもう一寝入りするよ」
これ以上この話題はまずい。口を滑らせてぼろを出す前に切り上げよう。
セリアの持ってきた食事も食べ終わったし、これ以上話して余計なことを言えばエリスの説教コースだ。
「病み上がりにすまなかった」
「じゃあな、大将」
クラスタとエリスはそう言って部屋から出て行こうとする。
「あ、セリア」
俺は配膳を片づけようと近づいてきたセリアに声をかける。
「セ、セリアさん、あのことはできればこの間のことは内密にお願いしたいのですが…」
俺はセリアの耳元で囁く。それを聞いたセリアは大きな嘆息をする。
「そんなことわかってるわよ。それに誰かに話しても誰も信じないだろうし」
そう言い残し配膳を手にセリアは部屋から出て行った。
俺は一人残された部屋の中で考える。
単独で『黒の塔』を倒した男。
そんなはた迷惑な称号をもらったらSランクまっしぐらだ。
Sランクになるのはまだいい。問題はそれで目立って魔族であることがばれることだ。
俺は魔族である。魔族という存在は本来、人間と敵対する種族であるという。
ただでさえ目立っているのにこれ以上目立てば魔族とばれかねない。
もしそれで排斥という流れになれば俺たちは人間界の実力者を敵に回すことになる。
ファイとドリアみたいなあほみたいに強い奴が他にも七人いるという。
一対一ならともかく複数で来られたら戦闘にならないかもしれない。
目立つような行為はこれから絶対に避けねば。
俺の誓いとは裏腹にすぐに面倒で目立つことになるのだが、この時の俺はまだ知らない。




