幕間 ファイとドリア1
ファイは左目に眼帯をつけて、ベッドにいて、上半身を起こしている。
窓からは青空がのぞく。ここは黒の塔100階。ファイの自室である。
「無茶し過ぎだ。失明しないのが不思議なぐらいってマルドーが言っていたぜ」
ドリアが抗議の声を上げる。
「そうも言ってられん。冒険者たちを塔に引き留めておくだけでは業務に支障が出る」
ファイが行ったのは『魔眼』による記憶の改ざん。
ファイはユウに倒された冒険者のほとんどに『魔眼』を使っている。
これから魔の森の間引きが各地で始まる。『黒の塔』から相当数派遣する手はずになっているし、
もし一冒険者に倒されたという醜聞が広まればユニオン『黒の塔』の権威が失墜しかねないためだ。
ファイは臨時の訓練だったということで上書きしていた。
これだけの規模で記憶の改ざんを行うのはばれれば問題だが、放っておくよりはずっといい。
「しばらく業務の方は俺が代行する。必要なら聞きにくるがな。
…それと『渡り鳥』の連中への訴えなんだが言われたとおり取り下げておいたぜ」
訴えの取り下げはファイが言い出したことである。
ドリアはどうしてそういうことにしたのかファイの考えは知らない。
そもそも命じられなければドリアが取り消していただろうが。
「…すまん」
自信家のファイの奴がここまで弱っているのを見せるは初めてのことである。
世間一般ではこれを鬼の霍乱というらしい。
ドリアが部屋を出るとイーヴァとクーベがファイの部屋の手前にいた。
ここまで入ってこれる権限を持つ人間は『黒の塔』の中でも一握りである。
二人ともファイのことが心配でたまらないと言った様子である。
「ファイ様は大丈夫でありましたか?」「ファイ様の容体はいかがでしょう」
二人は出てきたドリアに絡んでくる。
「お前ら、そんなに心配なら中に入れよ。うっとおしい」
「ですが、ファイ様の自室に入るなど恐れ多いことです」
「そうです。ですから我々はここで出入りする人間から情報を貰っているのであります」
二人は息もぴったりにドリアに話しかける。
「…勝手にやってろ。俺は奴の代行で書類の山と格闘しなくちゃなんねえ」
心底、どうでもよくなってドリアはその二人をスルーする。
ドリアにはこれからファイが行うはずだった派遣関連の書類が待っている。
クロトがそれを仕分けてくれてはいるが、数日缶詰になる量である。
「…どんな魔物よりも手ごわいぜ」
ドリアは唾を呑み込む。ファイの奴なら二日で終わる分量らしい。
事務能力のスペックが違い過ぎる。
初めて会った時のあの餓鬼に俺がここまで入れ込むとは思いもしなかった。
ドリアは歩きながらファイと初めて出会った時のことを思い返していた。
そこはつまらない戦場だった。
ドリアは手にした巨大なブーメランを取りだす。
このブーメラン、『ソウルイーター』という物騒な名で呼ばれている。
竜骨で作った武器であり、両端から魔力が放出するようになっていて、
一度投げれば、周囲を破壊し、魔素を取り込み、破壊し続けるという魔道具である。
ドリアはそれを振りかぶり投げる。重装歩兵が紙のように千切れ飛ぶ。
鋼鉄の鎧ですら跡形もなく吹き飛ぶ。
『ソウルイーター』が通った後は文字通り肉塊と鉄の欠片以外、何も残ってはいない。
『ソウルイーター』はドリアが魔の森の鎮圧用に拵えたものだ。
本来ならば魔物の鋼鉄の皮膚を切り裂くために作られた武器。
そんな武器を人間相手に放ったのだから結果は見ての通りだ。
ドリアと対峙する軍は恐怖に呑まれ、既に軍としての体を成していない。
当然と言えば当然か。さっきまで横にいたはずの人間の上半身が消えていれば。
またはその光景を目にしていれば。
多対一だ。陣形を整えれば少しは勝負になるかもしれない。
だが人は眼前の明確な死の恐怖には打ち勝てない。
『ソウルイーター』が少しでも近づくと、兵士たちは我先にと逃げ出していく。
挙句に逃げた先で転倒し、死人が出る状況である。
「くだらねえ」
ドリアはそう言い放ち。自身に向けて飛んできた無数の矢を脇に差した短剣でたたき落した。
これは今からおよそ二百年前の話だ。ドリアは偽帝の鎮圧にやってきていた。
偽帝は新生アルメキア帝国を呼称し、自らを皇帝と名乗り中央六華国の統一を掲げ各国に宣戦布告する。
これに対し、冒険者ギルドは当初、沈黙を決め込んでいたが、戦の長期化により、各国は疲弊し、
魔の森鎮圧のための予算が削減もしくは停止されたことにより、魔の森でのスタンピードが多発。
冒険者ギルドはこれに態度を翻し、参加を表明。
偽帝の引き起こした戦乱は冒険者の介入により、急速に制圧されつつあった。
軍の野営から離れた場所、日は暮れ、焚き木の前でドリアは武器の手入れをしていた。
ドリアは仲間から怖れられ、近づく人間はいない。
「それは俺がこの間渡した竜骨か?」
休憩の最中、ゼームスが『ソウルイーター』を手入れするドリアに話しかける。
この戦場の中でドリアに容易く呼び掛けられるのはゼームスだけだ。
「ああ」
ドリアは彼の生まれる前の大陸での暗黒時代を終わらせた英雄の一人、
ゼームスにはドリアは頭が上がらない。
あの時代は本物の地獄が地上に顕現した有様だったという。
「見かけによらず器用なもんだ。俺にも使えるか?」
ゼームスは『ソウルイーター』を手にし、ぶんぶんと振って見せる。
「やめとけ。そいつは気が荒い。幾らあんたでも厳しいだろうよ」
「それは残念だ」
ゼームスはドリアに『ソウルイーター』を返す。
「天竜の骨を渡してくれるならこれに似た…いや、それ以上の武器を作れるが」
「魂の盟友を売ってまで欲しい武器は無いさ」
予想通りの答えにドリアは肩を竦める。
「それで俺はこんな茶番にいつまで付き合わされるんだ?」
「あと数日でアルメキアの首都ハルータを連合軍が鎮圧する。それまでの辛抱だ」
「出張る必要があったのかね。俺は武器が作りたいだけだが」
「その武器作りに打ち込むには平和っていう土台が必要だろ」
「国を脅迫して土台とは。あんたの作った冒険者ギルドってのはそんなに大層なものかよ。
魔の森の魔物討伐なら聖剣の選んだ勇者様に回ってもらえばいいだけの話だろうが。
その土地の人間任せにするってのはどうかね。スタンピードが増えるだけじゃないのか」
「勇者という個人に頼るだけじゃだめだ。これから先、勇者で対応できないことが起きた場合、
人間たちは等しく死を迎えることにある。そのために俺は組織を、冒険者ギルドを作った」
「…暗黒時代が再び来ると?」
「どうだろうな」
ドリアの問いをゼームスははぐらかす。
「あんたには借りがあるし、俺がこの仕事をするのは別にいい。
だが、なぜ今回カロッソを外し、俺を入れた?それだけがどうも腑に落ちねえ」
ゼームスはしばしの沈黙の後、その問いに答える。
「カロッソは危うい。状況次第では人殺しに快楽を見出してもおかしくない。
そうなれば災害をまき散らすだけの存在に成り果てる。
Sランクとはいえ処分しなくてはならなくなる。その点でドリアは違うだろ」
「けっ、糞尿の後処理よりひでえこんな糞仕事に誰が快楽なんぞ見出すかよ」
「ああ。俺もそう思う」
ゼームスは朗らかに笑う。
「ただ誰かがその汚れ役を演じなくちゃならないんだ」
ゼームスは真剣な眼差しでそう言う。
「あんた自身が排除される立場になったとしてもか?」
「最後はそうなればいいと思っている。俺が必要ないってことだからな。
そうなったら俺は逃げて、世界のあちこちを場所を巡る旅にでも出かけるよ」
英雄らしからぬ言葉にドリアはため息を漏らす。
ゼームスを失うということは魔物に対する人類の絶対の抑止の一つを失うということである。
ただ、ドリアは人間がそこまで愚かでないとは言い切れない。
「…今回は俺はもう仕事分の働きはしたぞ。明日は後方のホーンの森辺りに待機してるぜ」
「ああ。ドリアの好きにするといい」
そう言うとゼームスの気配がその場から消える。ゼームスの神出鬼没はいつものことだ。
そして、俺はそこでファイと初めての出会いをする。




