単眼巨人サイクロプス
過去、冒険者ギルドが人の戦争に介入した事例は二回ある。
二百年前に新生アルメキア帝国を作り上げようとした偽帝エウルス=イファ=アルメキア
三十年前に中央六華国を荒らしまわった征服王バルガーダ。
この二つの事件が冒険者ギルドの介入した案件である。
現在でも中央六華国と呼ばれる六つの国々は存在する。
あらゆる物流の中心地であり、二百年前から現在に至るまでその地位は変わらない。
エウルスは二百年前、海賊を束ね、新生アルメキア帝国と名乗り、中央六華国に宣戦を布告する。
偽帝の乱は中央六華国を巻き込み三年続いた。
当初、冒険者ギルドはこの乱に対し、不介入の方針だった。
だが、戦争が長引くに連れて各国の国費が戦争で占められるようになり、
魔の森に回されるはずの予算がすべて戦争に向けられるようになる。
そのことにより間引きが出来なくなる状況に陥る。
そして、魔の森でのスタンピードが二三度引き起こされ、人間界は戦乱と魔物で荒廃し始めていた。
冒険者ギルドはこれを憂慮し、新生アルメキア帝国に停戦を再三もちかけるも、
偽帝エウルスはこれを拒絶。戦線は拡大し、硬直状態に陥る。
出口が見えない状況の中、ついに英雄ゼームスが立ち上がる。
英雄ゼームスはこの戦争に冒険者ギルドも介入すると宣言し、
これにより沈黙を保ち続けていた冒険者ギルドが参戦することになる。
冒険者ギルドが介入すると新生アルメキア帝国有利であった戦況は一転する。
当時最強を誇った偽帝の軍隊は数人のSクラスの冒険者に壊滅させられた。
その一撃は地形を変え、放たれた閃光は数万の命をたやすく奪ったという。
魔器に身を包み、あらゆる軍を退けた精鋭部隊ですらただ逃げ惑うだけ。
その力は絶大と言ってもいいほどの力であり、人をはるかに越える力を有していた。
優勢であった新生アルメキア帝国は冒険者ギルドの介入により、わずか一カ月で崩壊。
そして、偽帝は討ち取られ、新生アルメキア帝国は滅亡する。
偽帝に敗因がるとすれば冒険者ギルドをないがしろにし過ぎたといわれている。
二百年前の当時、冒険者ギルドは魔物を狩る集団として広くその名を知られていたが、
その存在にあまり重きを置かれることはなかった。
その男の子供の少年は動乱の最中、辛うじて生き延びることができた。
父は力がなかったから倒された。力がなければ奪われるだけ。私は奪われる側にはならない。
少年は強くならなくてはならなかった。
少年は強くあらねばならなかった。
彼にとって強さだけが存在意義となった。
俺とファイは塔の下の階に移動していた。
ファイは俺の先を歩いていく。
「敵に背を向けてもいいのかよ」
俺は先を行くファイに問う。
「問題ない」
ファイには冷ややかに返された。
『魔眼』持ちと言うからには俺の様な空間認識も持ち合わせているのかもしれない。
来るときには通らなかった反対側の場所にある部屋らしい。
扉を開くと何処までも部屋が広がっていた。不思議なことに光源は無いのに部屋全体が見渡せる。
壁は見えるが部屋の遙か彼方にある。間違いなく実際以上の面積がある。
「見た通りだ。その部屋は見かけ以上に広く、塔の中で最も堅固な作りになっている。
私はこの場所を宝物庫と呼んでいる」
ファイは足を止め説明する。
今まで見てきた塔のどの部屋よりも広い。
「宝物庫という割には何もないが」
「昔はそういう使われ方をしていたようだが、今は私の個人的な鍛練場として使っている。
どれだけ破壊されようが、この部屋は時間が経てばひとりでに修復するようになっているのでな」
ひとりでに修復する塔って前の世界でもそんなのは無かった。
百階という高さといい、この塔はかなりのオーバーテクノロジーの集合体である。
「へえ」
「この塔ははるか昔、西の大陸からやってきた人間たちが造ったものだと言われている。
西の大陸には現在この大陸にあるよりも優れた科学文明が発達していたとされる。
その科学文明は一夜にして滅ぼされることとなる。
禁忌に手をかけた故に神たちの怒りを勝ったという。
神…いや、魔神と言った方が正しいか。
西の大陸は魔神により滅ぼされ、人の住めぬ大陸に成り果て、
西の大陸は瘴気に侵され、現在巨大な魔物が多数徘徊していると聞く」
語りながらファイは部屋の中を進んでいく。
「それは事実なのか?」
西の大陸のことについて、ゲヘルたち魔族がそんなことを行うのが想像できない。
彼らには苛烈さはあるが、そこまで理不尽なことはしないように思えた。
「事実さ。実際に五百年前に西の大陸から魔物たちが大挙して押し寄せ、
我々のいる大陸は六十年という長きにわたり、未曽有の危機にさらされたという。
時折、私たち冒険者が討伐する大型の魔物はそれの名残と言う話だ」
俺は五百年前の暗黒時代と呼ばれる時代が存在したのはサルア王国の図書館で一通り触れていた。
「知ってる」
「西の大陸からやってきた人間たちは何らかの痕跡を残し、この大陸の原住民と同化していった。
その痕跡が『黒の塔』であったり、魔道具だったりするのだという。
この塔が何をするためだったのかは今となってはわからない。
重要なのはこの塔が何故造られたのではなく、何のために使うかのだ」
壮大な歴史ミステリーだと思う。
その当事者であるゲヘルたち魔族ならば何か知ってそうではある。
「『魔眼』というものもそうだ本来ならばこれは魔族の扱う能力だという。
私の祖先にいたことによって、それを使うことができるようになったのだ。
人類の天敵である魔族の力ですら人のために扱える。力そのものに意味はない。
力は扱うことで意味が生まれる」
そう言ってファイはいくつもの魔石を握りつぶす。
行き場を無くした魔力がファイの周りにに充満する。
普通の魔法使いならば体に一端取り込む必要がある。
大気中で拡散され、意味をなさなくなってしまうからだ。
「私には内臓魔力は関係ない。『魔眼』の本質は魔力のコントロール。
魔力を媒介とし、魔力をさまざまな方法で利用することができる」
ファイの周りの魔力が渦巻き始める。彼の周囲に力のうねりを感じる。
相当な魔力量を感じる。その魔力をコントロールしているのだ。
このファイと言う男、とてつもなく強い。
「残された先祖返りについては安心して任せてくれたまえ。
私ならば彼女の才能を人類の未来のために余すことなく使うことができる。
より正しく、より効率的に」
「…お前の言う正しいの中にセリアの意思はあるのか?」
「個別の意志など必要ない。力なき者は力ある者に従うことこそが歓び」
「なら俺はお前とは永劫に分かり合えない」
「強情な男だ。前置きが長くなってしまったな。それでは殺し合いをはじめようか」
ファイの周囲に黒い魔素の竜巻が出現し、ファイを呑み込む。
俺は目を見張る。その巨大な竜巻が消えると黒いヒト型の化け物が目の前に現れたからだ。
全身は黒い筋肉で覆われ、巨大な一つ目がこちらを見下ろしている。
大きさはゆうに自分の三倍以上はあるだろうか。
その風貌は以前の世界で伝え聞くサイクロプスという巨人に似ている。
「魔の森と同じ原理だ。魔力を支配し、物質化させ、仮初の肉体を作り上げた。
これも『魔眼』の使える力の一端と言うわけだ。
私はこの力でスタンピードを単独で制圧したこともある」
スタンピードを単独で制圧するということは単騎で一国すら滅ぼしえるということだ。
「この私がここまで見せたのだ。誇りに思うがいい。すぐに死んでくれるなよ」
ファイがそう言うと巨人が怖ろしい速度で迫ってきた。
その巨体からは想像できないほどに早く、俺に向けて拳を放ってくる。
俺はその大きな岩の様な攻撃を避けられず、咄嗟に受ける。
衝撃が体全体を貫く。踏ん張って耐えようにも体ごと背後に持っていかれる。
地面から足が離れると踏ん張りが利かずにそのままなすすべなく背後に吹き飛ばされた。
仮初の肉体とファイは言ったが、それにはしっかりとした質感がある。
俺の肉体で受けとめるには質量が違い過ぎると感じた。
しばしの浮遊感。
俺は床に体がつくのを見計らって、足の裏を地面にこすり付け、
その摩擦でエネルギーを地面に逃がすことに成功する。
ふきとばされる反動を床と足の摩擦で打ち消す。
履いていた靴は地面との摩擦で底が擦り切れ使えなくなっている。
見れば百メートルぐらい吹き飛ばされただろうか。
俺の背後の壁までにはまだまだ距離がある。一体この部屋はどれだけ広いのか。
相手を確認するが目の前には巨人はいない。巨人が頭上から降ってくる。
全質量で踏み潰さんと俺めがけて落ちてきたのだ。
俺は横に飛んで辛うじてそれを躱すも、巨人の攻撃は止まない。
そのまま俺の上に巨大な拳の雨が降り注ぐ。
「貴様のちっぽけな躰では受けることすらできまい」
そう言いながらファイは俺ごと足元を発泡スチロールのようにぼこぼこに砕く。
俺は地面にめり込み、反撃できずに受けることしかできない。
「肉片も残さず消し飛ぶがいい」
巨人はとどめとばかりに頭上に跳躍し、目から光線を放つ。光線を受け、地面が大爆発を引き起こす。
塔全体が揺れたという錯覚すら覚えるほどの一撃。
「我々『十天星』は空に燦然と輝く星そのもの。
ただの人間風情が手を伸ばしても届きはしないものなのだ」
爆発の光を目の前にしてファイはつぶやく。ファイは勝利を確信していた。
そんなファイの前に俺が姿を現す。
上半身に着けていた服は今の衝撃でほとんど消し飛んでいる。
手にした『天月』はいつの間にか手から離れていた。
全体から痛みを感じる。こんなに受けたのはパールファダ戦以来か。
「馬鹿な、アレをくらって死んでいないだと?」
ファイの声には動揺が含まれていた。
俺はここぞとばかりにファイもとに全力で走り、巨人の足に体全体でしがみつく。
「ぬるいんだよ」
俺は巨人の足を掴みそのまま投げ飛ばした。
セリアを取り戻し、あの日常を護るためにも、絶対に俺はここで足を屈するわけにはいかない。
ここで俺が引いたならばもうあの日常は二度と取り戻せないのだから。
俺はこいつを倒して必ず日常を取り戻す。
そして俺とファイの戦闘が始まった。




