証言
「奴を通した理由を聞こうか、マルドー」
モニター越しにファイが頬杖をつきながら、老人に向かって語りかける。
これは黒の塔に存在する独自の技術である。
原理は今のところ解明されていないが、離れた場所にいる音声と映像でやり取りできる。
『黒の塔』では各階層守護者はファイとやり取りする権限を与えられていた。
ファイの前にいる老人は『邪公』マルドー。Aランク冒険者。
『毒蛇』と呼ばれる冒険者チームのリーダーでもある。
『邪公』というのは彼は薬物や人体に関して病的ともいえる好奇心を持ち、
死体の解剖なども嬉々として行うことからその名がついた。
元々はカロリング魔導大学を首席で卒業した秀才であり、
卒業とともに宮廷薬師としてある王宮に召し抱えられた。
ただしその在り方が教会や貴族たちから反発を買い、国を追い出され、
冒険者になっていたところをファイに拾われたという経緯がある。
彼の手にした毒の種類は万を超えるとされ、その知識は比肩するものがいないとまで言われる。
彼は天を突くような巨大な魔物であろうと、実体の持たない魔物であろうと等しく毒で倒して見せる
そう豪語しており、彼はその言葉通り、彼の作り出した毒で多くの魔物を屠ってきた。
その実績により実戦経験はないもののAランク冒険者に位置づけられていた。
もっとも人間の肉体に精通しているために、病気を治すことも、瀕死の体を治すこともできる。
そのために『黒の塔』の医者も兼任してる。
ただ彼の容姿と相まってかかりたがる人間はそうはいない。
彼の与えられた階層は三十階。ただし、彼の場合は特殊である。
頻繁に薬物の実験を行うために隔離と換気ができる三十階でしか居られない。
『黒の塔』のそばに別棟を建てるという案もあったが、
黒の塔の技術は未知の技術を使っているものが多く、それを模倣することが難しかったため。
また、その研究の技術が外部に漏れることをファイが良しとしなかったためとも言われている。
マルドー自身『黒の塔』の順位や立場は気にも留めていない。
マルドーはAランクの冒険者ではあるが、それは『黒の塔』に入ってから時に手に入れたものである。
彼にとって必要なのは研究できる環境があればそれでいいのだ。
「ファイ様、あの者は私には荷が重すぎました」
マルドーはファイに重々しく語り始める。
「そう思い至った過程を聞かせてもらおうか」
「侵入者の三十階で私は三つの部屋を作り彼の者を阻むことにしました」
マルドーの居る三十階は作り変え可能な迷宮となっている。
普段は三十階は素通りできるようになっているが、この日は彼は作り変えていた。
彼は部屋を一つつながりにし、侵入者を迎え撃つことにしたのだ。
「初めに私は弛緩系の毒を空気にまぎれて部屋中に充満させ、奴を行動不能にしようと試みました。
無味無臭で、一呼吸すればどんな屈強な猛者でも動けなくなる類のものです。
ですが奴はそんな危険な毒が充満する部屋を何もなかったかのように踏破しました。
すべてが終わってその部屋をくまなく調べましたが、その毒の痕跡すら残っていませんでした。
考えられるとすれば魔法で空気中に含まれた毒を消滅させたのです」
「魔法か」
「はい。ただ奴は部屋に入ってから抜けるまでの間、魔法を使う素振りを一切見せませんでした」
「部屋の外で魔法を使って入ってくることは?」
「それは無理でしょう。御存じの通り、三十階に入る前にいくつかの結界を突破しなくてはなりません。
そこには魔力を無効化するモノも含まれます。部屋に入って何らかの手を考えたとするのが普通でしょう」
「つまり奴は魔法式や詠唱に依存せずに魔法を使えるということか」
「…はい。考えられぬことではありますが」
「次に私は手にした毒の中で最も強力な皮膚に付着しただけで
内臓が溶け、死に至るという毒霧を使いました。ですがそんな毒霧の中奴は平然と進み踏破しました。
そのあとの形跡を見ても毒霧は変わらずそこにありました」
「なぜ奴は進んでこれたと?」
「わかりませんが、仮説はあります。
体の周囲に魔力を巡回させ、体に届く前に毒霧を遮断したのではないかと。
何故前の部屋のように消さなかったのか謎ではありますが」
「…不可能ではないか」
ファイは目を細める。
「最後に私は持ちえる毒の中で最強の毒、瘴気を用いました。
魔素を腐らせてできるという代物であり、これに触れれば人間は長く生きられず、
霊体を変容するとまで言われております。そのために神霊ですらこれを避けると」
「それで奴はどうした?」
「奴はその中をまるで散歩するかのように悠然と歩いて次の階層に上がっていきました。
これは全く理由がわかりません。なぜ奴が神霊ですら避ける瘴気の中を進むことができたのか」
マルドーは眉間にしわを寄せる。
「…かつて私がひよっこだった時に師から言われたことがあります。
もしお前の前に魔法を呼吸のように扱うモノが現れたのなら何も考えずにただ逃げろと。
そのモノはこの世界の根源に根ざすモノ。
そのモノを相手にする行為はこの世界を相手にするようなものだと。
また気まぐれで死をもたらすためにそのモノには決して近づいてはならないとも」
「マルドーは奴が根源に根ざすモノだと?」
「私の推測ではその者はおそらくその類ではないかと。
根源に根ざすモノは神や精霊、そして魔神に近い存在と言われております」
「なるほど、マルドーは奴は人ならざる者と言いたいわけだな」
「はい。私はその結論に至りました」
マルドーの推論はほぼ当たっていた。
ユウの使える魔法は始源魔法と呼ばれるこの世界を想う通りに作り変える魔法。
実は毒物を扱うマルドーとは相性がひたすらに悪い。
そもそもユウの肉体は魔族であるために構造上、ただの物質である毒は効かない。
ファイとマルドーがモニター越しに対話している最中、連絡役の伝令が慌てて部屋に入ってくる。
「四十階のコボルティの配下から連絡が入りました。
奴は彼とその門下百名を倒し、さらに上の階に上がっていったと」
「どうやって倒した?コボルティの門下にはAランクの冒険者の者も数名交じっていたはずだが」
「報告によれば…ま、丸太らしきものを振り回して百名いた彼の門下を倒したそうです。
負傷者は出ましたが、奇跡的に死者は出ていないそうです」
伝令も自分で言っていて信じられないと言った様子である。
「クックック、ハッハッハッハ、魔法の次は丸太と来たか。ヌービアを倒したのは剣だったか?
鉄球を素手で受けたという報告も受けている。奴の戦闘スタイルが全くと言っていいほど読めんな」
ファイは腹を抱えて大笑いする。
「それも奇跡的に使者は出てねえってな…」
ファイのそばにはドリアがいつの間にかやってきていた。
「マルドー、もういい下がれ」
「私を罰しはしないので?」
「罰する理由がどこにある。私は護れと命じていただけだ。通すなとは一言も言っていない。
今回の失敗を糧とし、さらに精進せよ」
「はっ」
マルドーは深く一礼するのを最後にモニターは消えた。
「ドリア、どうやら俺達の出番が近いやもしれんぞ」
ファイは楽しげにドリアに向けて語る。
「俺様も久方ぶりに滾ってきたぜ。…それで今回どこまでがお前の手の内だ?」
「はじめからすべてが想定外だよ。ここまで外されるといっそ清々しいな」
ファイは晴れ晴れとした表情である。
「お前ともあろうものが」
「第一にユウと言う男がイーヴァのワイバーンに匹敵する移動手段を持っているとの報告は受けていない。
第二に一人で突っ込んでくるような愚か者とは思わなかった」
ファイがセリアをキャバルにて手にしてやってきたのは今日の昼以降。
それを知って仲間を取り戻しにくるにしても、ファイは少なくとも三日は時間がかかると予想していた。
しかし、やってきたのはその当日の夜である。
「奴の仲間には『黒獅子』オズマ、勇者エリスもいる。
だが今のところ二人の居場所はキャバルから離れた場所にいる。
あの『先祖返り』を取り戻しに乗り込んで来るにしても
最低限戦力を整えてやってくるものだと思っていたよ。
まあ正直なところ、その点に関してはどちらに転んでもいいとは思っていたがね。
私は命知らずや愚か者まで予測できるほど万能ではないよ」
笑みを絶やさずにファイは語る。
実のところファイにとって一階に配置していたヌービアが敗北したということも予想外。
良くも悪くもすべてファイの予測を裏切る形で事態は推移していた。
「そんな愚か者に『黒の塔』全員が倒されでもしたら笑えないな」
茶化すようにドリア。
「そんな確率など万に一つもない。たとえ奴がマルドーの言う世界の根源に根ざす者だったとしてもな」
ファイはドリアの言葉を鼻で笑う。
「イーヴァの奴はどうする?」
「黒の塔の中でイーヴァの能力を使うには少々手狭だ。それにイーヴァは今回の侵入者とは面識がある。
手心を加えたとしても負けたとなれば『十天星』の名に傷がつきかねない。
イーヴァには八十階に用意した部屋で引き続きあの『先祖返り』のお守りをしていてもらう」
「…そうだな。ところでクーベがさっき血相を変えて走って行ったんだが、何か命じたか?」
「いいや…だが、なるほどな。奴の好きなようにさせるとしよう」
ファイは楽しげに微笑む。




