決意
もしここで殺していたら俺はどんな顔をしてセリアに会えばいい?
冷めた頭に疑問が脳裏によぎった。
自分のために多くの人間を傷つけたとなれば彼女はどんな顔をするだろう。
セリアのことだ。自分のためだときっと受け入れる。
だが、俺はそんな重いモノを彼女に背負わせることはできない。
俺は激情に駆られるままにヌービアを殺そうとした。
これじゃ、あの女神と戦った時と何も変わらない。
また俺は繰り返すところだったようだ。
引き止められたのは前の部屋で俺に忠告してくれたおっさんの声が聞こえたからだ。
俺は放心気味にしばらくその場所に佇んでいると、
戦いの気配が無くなったことで背後の扉が開き、隣の部屋からセルス達が入ってくる。
「まじかよ。あの姐さんが倒されることがあるのか」
その部屋はヌービアの鞭により、ひどい惨状だった。
鞭の跡が天井、足元、そこかしこにつけられていて、
鞭の跡がない場所を見つける方が難しいぐらいである。
『黒豹』の面々はそれに顔をしかめる。
激闘の後を見ればどんな戦いだったのかおおよその想像はつく。
この跡から見ても『魔眼』など使われていない。そして勝者は一目瞭然だった。
コリットがユウに対し、杖を向けて威嚇する。
「やめろ。お前たちの勝てる相手じゃない」
セルスが怒鳴り声で皆を制止させる。
セルスはヌービアに駆け寄り、ヌービアが生きていることを確認する。
「すまなかった。俺たちは今後二度とあんたたちに剣を向けないことを誓う」
セルスは心臓のある場所に手を当て膝をつくしぐさをする。
騎士が使う最大限の礼だということは後で知る。
「おい、旦那」
「ヌービアが指示を出せない場合指揮権は俺にある。パドック、コリット、ホールズ。俺たちは引くぞ」
セルスは指示を出すと、倒れているヌービアを両手で抱きかかえる。
「俺はあんたに感謝するよ」
俺の言葉を受け、セルスは意味が解らず眉をひそめ足を止める。
あのままだったら俺は取り返しのつかない過ちをしてしまうことだった。
激情に駆られた俺を引き止めてくれたのはこの男の一言だ。
もし激情に駆られたままだとしたら、最悪この塔にいる人間を皆殺しにしていたかもしれない。
「ファイ様、ドリア様、イーヴァ様はSランクの冒険者『十天星』だ。
あの方々に万が一にも敗北はあり得ない。
ここで命を落とすことになったとしてもそれでもお前は進むか」
「セリアは俺の仲間だ」
セルスはその言葉にユウの揺るがぬ覚悟を感じ取る。
「…三十階のマルドーは毒を使う。見えない敵には気を付けることだ」
セルス達はそう言うとヌービアを連れて、入口のドアに向かう。
「忠告感謝する」
ユウはそう言ってセルスたちとは反対方向の正面の階段に向かう。
俺は残りわずかな人生、セリアたちと一緒にいたい。皆と一緒に居たい。
俺はあの日常を取り戻したいのだ。それは俺の願望。この世界に来て初めて願ったこと。
そのために俺はどうするべきか必死に頭を回転させる。
俺の敵である『黒の塔』は冒険者ギルドにおいて有数のユニオンだという。
冒険者同士のつながりはあるだろうし、冒険者ギルドの上の方にも顔が効くだろう。
そんな相手を皆殺しにしたとなれば当然、冒険者ギルドにいられなくなり、人間界での足場は失われる。
その場合、『極北』の地でひっそりと生きることはできるだろう。
それにセリアを巻き込むぐらいなら俺は別れることを選ぶ。
俺がこの世界からいなくなった後も彼女の人生は続くのだ。
セリアは人間として人間の社会の中で生きていくべきなのだから。
皆殺しという選択肢はなしだ。
ならば話し合いはどうだろう。
話し合いで解決できるのならそれでいいが、そんなに簡単に終わるとは思えない。
冒険者ギルドにもかなり早く手を回してきたし、今回の件、かなり前から仕込まれていた感じがする。
話し合いで決着がつかないとなれば、ゲンコツでしかない。
相手には組織ゆえの弱点がある。それは体面だ。
もし巨大な組織を一個人が打ち倒してしまったのならどうなるか。
そのようなことがあれば組織の権威は失墜する。
それは醜聞であり、口に戸を立て、絶対に広まらないように手を回すだろう。
その上で、こちらの強さを見せつければ相手は手を出してこなくなる。
ただし、多くを殺してしまえば意味合いが大きく異なってくる。
人の死は報復を生む。襲ってきた人間を殺し尽くすしかなくなる上に、報復の連鎖を招くだろう。
そうなったのならば待っているのは泥沼だ。
彼らは狩人だ。こちらの気の緩んだところを狙って攻撃を仕掛けてくる。
そうなった場合、四六時中気を張っていなくてはならない。
冒険者チーム『黒豹』に狙われた際にそれは思い知った。
そんな連中を敵に回し、セリアを護りながら人間界を旅するのは厳しいものがある。
だから誰も殺さない。その上でぶちのめす。殺さないことは日常を取り戻す絶対条件。
魔族の力をもった俺にならできる。また俺にしかできないことだ。
これは相手の心を折るための戦い。相手の命を摘み取る戦いではない。
俺は決意を胸に階段に足をかける。
あの日常を取り戻すため。ここのファイと言うここの主をぶんなぐるために。
その時俺はそれが俺たちにとってどういう結果をもたらすのか、
どれほどのことなのか全く考えもしなかった。
ヌービアが敗北したという事実はすぐに塔内に知れ渡る。
同時に『黒の塔』始めって以来の厳戒態勢が敷かれる。
普段『黒の塔』に常駐する冒険者は一部の者たち以外ほとんどいない。
冒険者を遊ばせておく理由がないためだ。
街や村に冒険者を斡旋し、必要な場所に必要な人員を送り込む。
だが現在は事情が異なっていた。
今の時期は収穫期の手前であり、魔の森の討伐案件は今の時期に重なる場合が多い。
現在『黒の塔』では各地に派遣される人員の調整や、
生還率を高めるための最低限の講習、訓練を行っていた。
そのために『黒の塔』に所属する冒険者たちが各地から集められていたのだ。
『黒の塔』は人使いは荒いものの、生存率が高い上に、支払いも払い渋ることはない。
その上『黒の塔』は各国の要人に顔が効き、その名を出せば一目置かれる。
また冒険者の適性まで判断し、最適な配置を行うという。
事実、『黒の塔』の元でその才能を開花させた冒険者は数知れない。
それ故に狭き門ではあるものの『黒の塔』に加入したいという冒険者は後を絶たない。
これはファイの作り上げたシステムである。
このシステムにより、『黒の塔』は後発ながら巨大ユニオン『ブルースフィア』と
同じ規模のユニオンまでのし上がったのだ。
『黒の塔』においてヌービアの率いる『黒豹』と言えば
六十階という高階層を守護する冒険者チーム。
そのものたちが倒せなかった敵を倒したとなれば出世も夢ではない。
『黒の塔』で取り立てられ幹部となれば、貴族並みの待遇をうける。
そうなればその日暮らしの冒険者だからと言って見下されることもない。
多くの冒険者が求めるのは地位と金である。
(例外はいるものの)少なくともその二つを望まない冒険者はこの塔ではほとんど存在しない。
ある者は『黒の塔』に在籍する人間たちにとって実力を知らしめる絶好の場所と考え、
ある者は序列を上げるための手段として、そのチャンスをものにしようと武器を持ち出す。
また一方で慎重な人間たちも一部存在していた。
それは『黒豹』の実力を知る者たちである。
彼らは事実に疑問を抱く。あのヌービアが倒されるわけがないと。
彼らは最大級の警戒をし、迎え撃つ準備を始める。
降って湧いたような機会に夜だというのに『黒の塔』は祭りの様相を呈する。
同時に侵入者が一人だったということにもその混乱に拍車をかけた。
さまざまな思惑が行き交い、『黒の塔』は未だかつてないほどの混乱に包まれていた。
「さて、計らずしもよい機会になったようですね」
ユウともファイの陣営とも違う男が風の中にマントがたなびかせ塔を見下ろしていた。
その男はここに存在しえぬ第三勢力。塔の窓からは交戦している音が漏れてくる。
「まさか冒険者の巣窟である『黒の塔』に単騎で乗り込むとは。あの方は思ったよりも派手なようだ。
ただ魔力を使えぬあの方には少しばかり荷が勝ちすぎる」
その男は口元に笑みを湛え、ステッキを片手にその男は塔の手前に降り立った。
ユウと『黒の塔』の戦いは彼の者の介入により、さらに混乱を深めることになる。




