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12-6 対ヌービア戦

『ドラゴン・ウィップ』というのはカムギムラン・コレクションの七大名器の一つである。

最も凄まじいのは数万の偽帝の軍の侵略を拒んだという記録である。

ベルクシス家はその功績により、子爵の地位をマルドゥサ神聖帝国から賜った一族である。


ヌービアはそのベルクシス家の末裔である。

彼女には幼い妹と弟がいたが、歳が離れ、体も弱かった。

そのためにヌービアは女ながらにして子爵の跡継ぎとして生きることを選択せざる得なくなる。

ヌービアは子爵家を引き継ぐための英才教育を施される。

紳士淑女としてのマナーから礼儀作法にいたるまで。

家宝である『ドラゴン・ウィップ』の扱いもその一つである。

『ドラゴン・ウィップ』は怖ろしいまでの力を持つが同時に扱いが難しく、

十全に扱えるようになるためには幼少のころからの鍛練と才能を必要とした。

幸いにして彼女にはその才能も有り、『ドラゴン・ウィップ』を扱えるようになる。


だが、一方で武門の家であるベルクシス家は領地運営は苦手とするところであり、借金だらけであった。

そこでとある有力な商家との縁談話が持ち上がる。


ヌービアの美貌は際立っていたし、相手も乗り気だったのだが、その話は破談となった。

きっかけは彼女の従者を馬鹿にされたことで相手を半殺しにしたためだ。

だがそこで話は終わらなかった。相手の家は有力貴族とのつながりがあったのだ。

かくて彼女の一族は爵位をはく奪され、マルドゥサ神聖帝国を追われることになった。


彼女の生きる道は二つあった。娼婦となり貴族たちの慰み者になるか。

冒険者となり死と隣り合わせの生き方を選ぶか。誇り高い彼女は冒険者になることを選んだ。


冒険者としてのヌービアの働きは魚が水を得たようなものだった。

すぐに頭角を現し、功績を上げすぐにAランクの冒険者になる。

彼女の冒険者の稼ぎが侯爵であったころよりも稼ぎがはるかによくなったのは皮肉だろう。


冒険者としての名声が轟くようになると問題が一つ発生した。

帝国が彼女の持つ『ドラゴン・ウィップ』の価値に気づき、それを回収しようと刺客を放ってきたのだ。

それらを退けるうちに彼女の大切な家族にまでその毒牙が及び始める。


その時、一人の男が自身の部下になるのならば家族を保護するという提案を彼女に持ちかける。

勧誘を行ったのはSランク冒険者のファイが率いる『黒の塔』。

ヌービアは彼女の家族の保護という条件と引き換えにファイの仲間になる道を選択した。



これはその時ファイの仲間に入る際に彼と面会の際のことだ。

場所はこの黒の塔の玉座の間。ファイは玉座から見下ろすようにこちらを見る。

初めて見たときは彼女はファイをいけ好かない男だと思った。


「私の能力を見せよう。これから私たちは仲間になるのだから」

そう言うとファイの姿が消えたようにも見えた。

だがそれは今まで自分のいた場所が違っていただけだった。


「私は君が水が湯になるほんのわずかな時間を奪った」

ファイは変わらず玉座に座っている。

一つ違うのはカップを手にし、茶を飲んでいることだ。


「いいかいこのことは他言は無用だ。そしてこの秘密こそが我々の初めて共有するモノの一つとなる。

くれぐれも裏切ってくれるなよ。君を処分したくはない」

ファイはそう言うとヌービアに微笑みかけてくる。

ヌービアは全身が泡立つのを感じた。あの時の言い知れぬ恐怖は未だに脳裏に刻まれている。


どんなに力があったとしてもファイには勝てない。

対峙しただけでこちらを生かすも殺すも可能なのだから。

いかに優れた武人であろうとも強制的に意識を奪われてしまえば太刀打ちのしようがない。

ヌービアにあったファイに対するわずかな反骨の芽はそれにより完全に奪われたのだ。


それと同じものを使う人間が現れた。

それも今度は丸一日奪われることになる。

それは彼女にかつての恐怖を思い出させた。そして、感じたのは絶望ではなく強い憤り。



現在、黒の塔一階。


ヌービアはユウと対峙していた。

部屋には何も物が置かれておらず、ただ白いだけの空間。

光源はどこにもないがなぜか部屋中すみずみまで見渡せる。

次の階に続く階段と扉がその中で唯一色があった。


「まさかあんたが来てくれるとはね」

階段を背にしてヌービアがユウに語る。

ヌービアはファイから渡されたゴーグルの様なモノをつけていた。

魔眼の対応であり、直接相手を見ないための対策である。


「あたしはさ、去年から白星続きでね。依頼を失敗したことがないんだ」

ヌービアはつぶやくようにユウに語りだす。


「なんだいあれは?『魔眼』?」

ヌービアの語気は徐々に荒めていく。


「あんな結末納得できるか。小僧、私を馬鹿にするのも大概にしろよ」

ヌービアはユウに激しい怒気を叩きつける。

Bランクの冒険者ならその場から逃げ出すほどの圧。


「あんた、言いたいことはそれだけか?」

ユウはそんなヌービアの怒りなど意に介すことなく冷たく言い放つ。

それはまるで眼中にもないと言っているのと同じとヌービアは受け止めた。


「なっ…ふ、フフフ。半殺しで済ませるつもりだけど気が変わったよ。

そんなに死に急ぎたいなら殺してやるよ」

ヌービアは危険な笑みを浮かべ、鞭を振るう。

ヌービアの持つ魔器は『ドラゴン・ウィップ』。

その形状は鞭である。ただ一つ鞭と異なる点はその先が五つに分岐しているところだろう。

振るうとなればそれは縦横無尽に空を切り、対象を打ち据える。


『ドラゴン・ウィップ』の最大の特性はその防御力である。

一度『ドラゴン・ウィップ』のフィールドが展開されると

繰り出される無数の攻撃は近寄ってくる大型の魔物ですら押し返す。

無理にその間合いに入ってこようとすれば肉は削げ、骨だけになる。

一度でも受ければ、その重い打撃に動きを止められ、雪崩のような攻撃にさらされる。

エリスが防御できていたのは魔剣レヴィアの力によるものだ。


この『ドラゴン・ウィップ』にはただ一つ致命的な欠点がある。

一度フィールドが全力で展開しきってしまえば使用者はその場から動けなくなるのだ。

だが、密室された空間や撤退戦においてこれほど凶悪な武器は無い。

それ故にそれを扱うには繊細なコントロールが必要とされ、

ただし、もし失敗すれば自分にそれが跳ね返ってくる。ヌービアはそれを完全に制御していた。


肉眼では見えないほどの鞭の打撃が複数、ユウに向かって放たれる。


パン


乾いた音が一つ、部屋中に響き渡る。

初手はすべてユウに届くことなく、その手前で何かに阻まれたのだ。

鞭の感触は金属に触れたような感じはある。


「何だ?」

ヌービアは何が起きているか理解が追いつかない。

再度、ヌービアはそれを確かめるために、今度は速度を落として鞭をユウに放つ。


パン


今度はユウが手にした鞘のついた剣で弾いた動作が見て取れた。

鞭から受ける感触も先程と同じだ。

つまり目の前の男は自身の鞭を剣で受けているということだ。


ただ一つ、疑問が残る。

初手に放ったのは五つの同時攻撃だったはずだ。

あの時も音は一つしか聞こえなかった。


「今度はこちらからだな」

ユウはそう言うとゆっくりと前に踏み出す。


「なめるんじゃないよ」

ヌービアは『ドラゴン・ウィップ』を振るう。

今度は初撃よりも早く、そして力を込めて。

だが、それでもユウには届かない。ユウの眼前で見えない壁に阻まれる。


信じられないことだった。セルスですら完全に見切ることなどできなかった。

まして複数の攻撃をほぼ同時に受けきるなど存在など知らない。

Sランクでそれができるのは数人いるかもしれないが、実際に受けられたのはこれが初めてである。

事実、勇者エリスですらすべてを受けきれず魔剣レヴィアの能力を使っていた。


徐々に早めているがユウはそれらを歩きながら怖ろしい速度でそれらを手にした剣で受けている。

複数の同時攻撃も、死角からの攻撃ですらもだ。人間が知覚出来る速度では断じてない。

あり得ない現実を目の当たりにし、ヌービアは目を見張る。


「そんなわけがあるか。そんなわけがあるはずがないんだ。もっとだもっと速度を上げろ。

『ドラゴン・ウィップ』」

ヌービアは絶叫し、さらに鞭の速度を上げる。

既に彼女自身今まで出したこともないような速度になっている。

鞭の速度は上がっているはずだが、ユウは変わらず前に歩いてくる。


ユウはすべて剣で弾いていた。ヌービアの数千数万という攻撃が一つも通らない。

地面には彼の足跡がくっきりと残されている。

受けた力を地面に力を逃しているのだ。魔剣を使っているわけじゃない。

ただの反射と膂力でそれをすべて防ぎきっているのだ。


ヌービアは目の前の存在に戦慄し、恐怖する。


「来るなぁ」

『ドラゴン・ウィップ』の攻撃を相手の前面に集中させる。

音速を超えた毎秒数百数千の打撃がユウを襲うも、ユウはそれすらも受けきる。

まるで鞭が彼を避けるように彼の周囲には届いていないのだ


「何で私の打撃が…なんなんだ、なんなんだあんたは」

ここでヌービアは気付く。これは今まで経験した戦いではないということを。


突如自身の体のようではないようにヌービアの両腕がだらりと下がる。

目を向ければ鞭を振るっていた右腕が折れていた。

そして全身を貫くような激痛が走る。

ヌービアの肉体への負荷が許容する限界を迎えたのだ。


「うぐあああ」

攻撃の手を失ったヌービアの前に男がゆっくりと近づいてくる。


「終わりだ」

ユウはヌービアの顔面を鷲掴みにし、ヌービアの体を持ち上げる。


「殺し合いがお望みなんだろう?」

どんなに振りほどこうとしてもその手はヌービアの顔から離れない。

ヌービアは懐から隠しナイフをユウの腕に叩きつけようとするが

ユウはナイフの刃を手にした剣で破壊する。

渾身の蹴りを放つもユウは微動だにしない。


「あああああああ」

ヌービアの顔を持つユウの手の力は次第に強くなっていく。

『魔眼』防止に着けていたゴーグルが音を立てて砕け散る。

強くなっていく力に死の足音を感じヌービアは絶叫し、必死に抵抗する。


「虫けらのように死ね」

冷たく低く放たれたユウの一言にヌービアはこれは戦いではなくただの蹂躙だと知る。


あたしはこいつにここで殺される。


それを意識した瞬間、ヌービアの脳裏に今まで生きてきた映像が頭に流れてくる。


「いやだ、あたしはまだ、いやだ…キャメロ、デートナ、セルス…」


ユウはヌービアの頭蓋を粉砕しようと手に力を込める。


刹那、さっき土下座された男がユウの脳裏をよぎり力を緩める。

気が付けばヌービアは失禁し、気絶していた。


「俺は…一体…」

怒りという感情に支配されていたユウはその時我を取り戻す。

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