奇怪な存在
コルベル連王国の北西、コルベル連王国とマルドゥク神聖帝国の国境沿いの森林地帯。
その森の中に天を突くような塔がそびえ立っている。
その塔は人々から『黒の塔』と呼ばれる場所だ。
『黒の塔』の始まりは別の大陸から一万年前に渡ってきた人間がその技術の粋を使い
建設したと言われている。それは時間とともに管理者は消え、廃れていったという。
何故それが作られたかは文献が残っていない。
一時期、塔は国が所有していたこともあったが、国境沿いの上に都から遠いという悪さから
管理が行き届かないことが多く長らく盗賊どもの根城として使われるようになっていた。
しかし、とある冒険者が盗賊どもを一掃し、その塔を拠点にする。
やがてそのその塔は『黒の塔』と呼ばれるようになるようになった。
その者はユニオンを作り上げ、塔を拠点とし、塔の名をユニオンに命名する。
その名を『黒の塔』。
現在冒険者ギルドで三大ユニオンに数えられる巨大な冒険者チームの集まりであり、
その影響力は冒険者ギルドに留まらず、中央六華国の首脳にも顔が効くという。
そしてそれを作り上げた者の名はファイ。
『十天星』と呼ばれる最強のSクラスの冒険者の一人である。
『黒の塔』は百階存在するとされ、十階ごとにAランク以上の冒険者が階層を守護している。
Aランクの冒険者集団は条件次第では一個師団級の力を持つと言われている。
そんな存在が百名近く在籍している上に、それを上回るSランクの冒険者が三名も在籍するという。
『黒の塔』は難攻不落。その言葉通り、今までに攻め入るような愚か者はいなかった。
かの征服王ですら占領することを避けたという。
ヌービアに与えられた階層は六十階。
八十階から上はSランクが管理することになっている。
言い換えればヌービアたちのチームは『黒の塔』においてそれだけの地位にいるともいえる。
パドックとホールズが『黒の塔』の一階の扉の前でカードゲームをしている。
セルスは剣を傍らに持ち、ただ扉を睨みつけている。
「魔の森を突破して、あれだけ働いて手当だけってなあ。割に合わねえ」
「手当が出るだけでもありがたく思えよ。目的となる第三王子の暗殺は失敗したわけだし、
お得意様の依頼も達成できなかった。その上、『ガルトハンマ』の連中には借りを作っちまった。
あの爺さんに借りは高くつくぜ。ほい、俺の勝ち」
「まじかー」
パドックの勝利宣言にホールズが悲鳴を上げ、倒れた。
「カッカッカ、お子様が俺に挑もうなんて百年早いっての」
勝ち誇ったようにパドック。
「お子様いうな…うーん…これ以上は…」
ホールズは渋い顔で軽くなった財布を見て、これ以上続けるか考えている。
「なあ、コリット、例のエルフの『先祖返り』な。見たんだろ。どんなんだったんだ?」
パドックはパドックから離れた場所で本を読んでいるコリットに声をかける。
コリットの脇には本の山が置かれている。
「…この世の者とは思えないほど綺麗だった」
コリットはソファに寝そべり、本を読んでいる。
「マジ?」
コリットの言葉にホールズとパドックが固まる。
「今度見てみてぇ」
「なんでそんなのを連れてきたんだ?うちは人買いはしてないだろう?」
パドックは訝しむ。
「あの子、魔法使い。それも相当強力な」
コリットは抑揚もなく答える。
「なるほどな。ファイ様は強い魔法使いを集めてるからな」
「前から思っていたんだが、コリットは嫉妬とかはないのか」
コリットも一流に分類される魔法使いである。
「イーヴァを前にしたらそんなもの綺麗に全部吹き飛ぶ。アレは才能の化け物。
アレを見れば虚勢とかプライドとか馬鹿らしくなる。私は私の頂に向かえばいい」
「その歳で達観してるな」
パドックが顔をひきつらせている。
「なら聞くけどあなたたちが何人いればファイ様に挑んで勝てると思う?
それと同じだと思えばいい」
「…なるほど」
二人はコリットの言葉に納得する。
「ファイ様がエルフの先祖返りを欲しがった理由も頷ける。
あのエルフの先祖返り、私から見ても結構な魔法の才がある」
「…『渡り鳥』の連中、取り戻すために攻めてきたりしないよな」
三人はパドックの言葉に顔を引きつらせる
「…やだやだ、二度と勇者は敵にしたくねえな。アイツは法力の化けもんだ。
思い出しても寒気がする。
その上、俺たちと戦ったときはコルベルの魔の森を突破した後だって話だしよ。
…つってもヌービアの姐さんはもう一回やるきみたいだけどな」
対峙したパドックが身を震わせる素振りをみせる。
六十階に部屋をもつ『黒豹』が一階にいるのはヌービアが提言したためだ。
「本当に大丈夫だよな」
心配そうにホールズ。
「ファイ様のこと、冒険者ギルド使って何かしら手は回すから心配はない。持つべきものは優秀な上司」
「人使いはその分荒いけどな」
二人が談笑している最中、突如、ドアが吹き飛ぶ。
三人はそれぞれ同時に武器に手に取り、物陰に身をひそめる。
「なんだ?殴り込みか?」
物陰からホールズはパチンコに弾丸をかけつつ、つぶやく。
ドアから出てきたのは見覚えのある一人の男だった。
まるで幽鬼のように表情のない顔でゆっくりとこちらに歩いてくる。
「お前は…」
あり得ないものを見たかのように『黒豹面々。
その男は数日前に見たことがあった。一度デリス聖王国の国境付近で対峙しているためだ。
「セリアはここだな」
その男は低い声で話しかける。
「今頃上層階でいい思いさせてもらってるんじゃないか」
パドックが挑発をかけるもその男は何の反応も示さない。
その表情には俺たちに対する感情など微塵も感じられない。
まるで石ころに向ける一般の人間のそれだ。
「おい、セルス、このまま殺しちまうか?」
パドックがセルスによってきて懐のナイフに手をかけセルスに小声で聞いてくる。
「やめろ」
セルスがパドックを怒鳴りつける。
「ま、まあ、ヌービアの姐さんが怖いもんな」
セルスのただならぬ様子にパドックだけではなくその場にいる誰もが驚愕の表情を浮かべている。
セルスはユウに近づいていく。
「…手を出せばぶつけられたのにな」
小さく男がつぶやく。その言葉を耳にしたセルスは戦慄する。
この男は手を出してくるのを待っていたのだ。
もしここで俺たちが斬りかかろうとすればこの男は躊躇なくその力を振るう。
「頼みがある。どうか。俺たちの隊長は殺さないでくれないか?」
セルスの一言にパドック、コリット、ホールズは目を見開く。
「セルスの旦那?どうしたってんだよ」
「なぜ俺を嵌めた上、殺そうとする奴に手加減する必要がある?」
低い声でユウは声をかける。
「この通りだ。頼む」
セルスは頭を下げる。
男は無言でセルスを一瞥すると、ユウはそのままその脇を通り過ぎ、奥の部屋に入っていった。
「何やってるんだ旦那」
三人はセルスに詰め寄る。三人の反応は当然であろう。
彼らはユウについて第三王子を背中に乗せて逃げ出すところしか覚えていない。
そのために自分たちの優位性を微塵も疑っていない。
「俺たち三人がかりならあいつの一人ぐらい…」
「奴が一人で来たのは自分なら『黒の塔』すべてを敵に回しても
あの少女の奪還が可能だと判断したからだ」
セルスは淡々とそれを口にする。
「…まさか…。考え過ぎだって旦那」
「なら聞くが昨日あの先祖返りを攫ってきたばかりでどうやって奴はここまで来た?
少なくともキャバルには戻ったはずだぞ」
「嘘だろ。俺でもキャバルから飛ばして二日はかかるぞ。まして馬で来れば三日はかかる。
…キャバルからここまで半日もかからねえでここまで来たってことかよ」
「…おいおい、ホールズそこじゃねえよ。俺たちがデリスの国境付近で戦ったのは四日前。
それからデリスに立ち寄ってここまで来るなんて、幾ら早馬を使ったとしてもそんなことは不可能だ。
…それこそイーヴァの嬢ちゃんみたいな移動手段を持ってない限りな」
パドックですら怪訝な表情をしている。
「…確かに異常」
コリットは思案気につぶやく。
セルスは今でも奴と対峙した時の衝撃が手に残っている。
魂に刻まれた恐怖がセルスに思い出させたのだ。
あの時セルスが勇者に向けて放ったのは自分の渾身の一撃だった。
それをあの男は横から割り込んで何事もなかったかのように止めたのだ。
セルスは物心ついたときから剣を手にし、修練に励んできた。
彼自身、達人の境地まではたどり着くことはできなかったが、
それでも剣を合わせれば大体相手のことは感じ取ることぐらいはできる。
そのセルスが剣を合わせ、感じたのは巨大な魔物を相手にした時に感じたそれとは異なる
今まで感じたことのないナニか。
気味が悪い。不気味な。得体の知れない。奇妙な。奇怪な。
そんな表現では言い表せない、そしてそれに近しいナニか。
「もし戦闘になれば皆殺しにされていただろう。アレは相手にしてはいけない存在だ」
今まで多くの死線を越えてきたセルスは自らの直感に従うことにしている。
「まさか。姐さんならどうにかしてくれるだろ」
今までもホールズは必死に強がってみせる。
「…生き残ってくれ。ヌービア」
セルスは男が入っていった扉を見つめる。
この時セルスはもっとも賢い選択をしたと言えるだろう。
セルスがもし戦うことを選択していたのならば文字通り全滅していた。
この時、ユウは内心、我を忘れるほど怒り狂っていたのだから。




