魔眼というもの
俺はリティさんに連れられるがままにキャバルのギルドマスター室に来ていた。
無言のリティの背後でいろいろと考えを巡らせてみたが答えは出ない。
執務室に着くとジャックが険しい顔で俺を迎える。
「ジャック、セリアたちはどうしたんだ?」
「それを答える上で俺はユウ君にいくつか質問しなくちゃならない」
ジャックの顔からはいつもは見ないような緊張が読み取れる。
これはちょっとただ事ではないぞと思い俺は内心で身構える。
「とりあえず、そこに座れ」
有無も言わせないような雰囲気でジャックは俺に告げる。
「まず、君は魔眼、それに類似するような力を有しているか?」
ジャックの質問に俺はどきりとする。
「その質問が一体どういう意味があるんだ?」
「これはとても大事なことなんだ」
ジャックは静かではあるが、有無も言わせぬ雰囲気を醸し出していた。
どうやら俺が『魔眼』を持っていることがばれてしまっているようだ。
心当たりがあるとすれば、『黒豹』という冒険者チームと戦った時に使ったことだ。
「…ああ」
ここまでくれば隠し事はできない。
まさかあの一回で気づかれるとは俺は思っていなかった。
Aランクの冒険者たちにそれを使ってしまったことを今更ながら後悔する。
彼らはプロだ。当然そう言った知識も持ちえているだろう。
俺は自身の甘さと失態を呪う。
今まで俺たちのことを買ってくれたジャックには嘘はつきたくなかった。
「これまでにそれを使った覚えは?」
ジャックは俺に聞いてくる。尋問と言った方が正しいかもしれない。
「一度だけ、今回の依頼の件を含めて二回。誓って悪用はしていない」
ジャックはこちらの目を覗き込むように見つめてくる。
何もやましいことはないので俺はそれを見返す。
「…嘘は言っていないみたいだな」
どうやらジャックに信じてもらえたようだ。
「ユウ君はそこまで悪人というわけでもなさそうだしな。
勇者であるエリスが望んで近くいたことも含めれば、君たちは悪事というものを働いているとは思えない。
…俺もその目で確かめたしな」
ジャックの顔にいつもの表情が垣間見える。
「それで何故俺はここに連れてこられたんだ。セリアは一体どこにいる?」
俺はジャックに問い詰める。
「いいか。落ち着いて聞いてくれ。セリアは『黒の塔』保護と言う名目で連れていかれた。
クラスタはその際に抵抗したらいしく何かされたのか眠らされたままだ」
ジャックが言った言葉に俺は頭が真っ白になった。
セリアが連れ去られた?『黒の塔』に?クラスタが眠っている?
「クラスタは無事なのか?」
俺は混乱する中、辛うじて声を上げる。
「奴はその時に抵抗したらしく眠らされたようだ。
現場にいたわけではないからその辺は話を聞いただけだが、その場に倒れ込んでいたらしい。
念のため医者に診てもらうためにギルドの仮眠室まで連れてきた。
外傷はないが、眠ったまま起きてこない」
クラスタは戦闘力なら相当なものがある。
しかもクラスタを倒したのではなく眠らせたという。
「『黒の塔』…」
俺はその名に心当たりがあった。
イーヴァと『黒豹』が所属していたユニオンだ。
「何故、セリアが奴等に保護されなくちゃならない」
「『黒の塔』はユウ君に『魔眼』使いの疑いがあったためと言い張っている」
俺はひどく後悔する。
あの時は『魔眼のネックレス』を使うのが最善だと思っていた。
冒険者チーム『黒豹』は強敵だったし、手を抜ける相手ではなかった。
だがやはり魔族からもらった道具は安易に使用するべきではなかったのだ。
それらは第三者に知られれば人間社会において火種にしかならない。
「『魔眼』は魔族が使う人を操る力だとされている。
かつて二百年前に偽帝と呼ばれる魔族の先祖返りが操り、世界を混乱に落したとされる。
それゆえにその能力は禁忌指定を受け、能力者は監視下に置かれる」
「ユウさんはその力を使い『渡り鳥』の面々を操っていたという疑惑がでてきたと
『黒の塔』は主張しております」
リティが俺に告げてくる。
「俺が直接行って『黒の塔』に掛け合ってくればいい」
「行かせるわけにはいかない。行けばそれこそ『黒の塔』の思うつぼだ」
俺はその言葉に顔を引きつらせる。リティが出入り口のドアの方向に立っていた。
俺をこの部屋から出させるつもりはないようだ。
「俺がみんなを操っていたって?冗談にしても笑えないぞ。ジャックなら違うとわかるはずだ」
ジャックの表情は硬いままだ。
「もちろん数日一緒にいた俺ならそうでないと断言できる。
だが、俺はユウ君たちにAランクに引き上げた人間でもある。俺自身にも操られた疑惑が浮上している」
「馬鹿げている」
俺は吐き捨てるように言い放つ。
「俺もそう思うが、連中の一応筋は通っているし、ギルドの中でも『黒の塔』の存在は大きい。
奴等の発言権はギルドの決定を左右する中央議会にも影響すると言われている。
今日の昼すぎ『黒の塔』はこの疑惑を提示し、セリアちゃんに関しては保護すると立場を示してきたんだ」
「…なんでセリアなんだ?」
「俺の予想だが、『黒の塔』は魔法使いを集めていると聞く。
セリアちゃんはひいき目抜きにしても優秀な魔法使いだ。
すでにイーヴァに接触した段階でファイに目をつけられていたと考えていいだろう」
「『黒の塔』は『魔眼』が使われたのではないかという疑惑を利用しセリアを連れ去ったと」
「そう考えるのが一番しっくりくる」
俺の中にあったもやもやが一気に晴れていく。
この感情を誰に向ければいいのか、どうすればいいのか、
わかったことで腹の底から湧き上がるモノを俺は感じた。
「なら簡単だ。俺が奴等の本拠地に行って話をつけてくればいい」
俺の声に背後にいるリティがびくりと反応し、後ずさる。
「だからユウ君が一人で行ってどうする。俺の話を聞いてなかったのか?」
「俺にセリアを諦めろとジャックはそういっているのか?」
「…そう言ってるわけじゃない。今はエリスもオズマもパーティから離れている。
もし行動を起こすにしても戦力が整ってからにするべきだ」
「それまでセリアが連れ去られたままにしろってのか」
俺は声を荒げる。オズマとエリスが戻るまで少なくとも数日はかかる。
そんな間セリアを連れ去られたままにしておけない。
「今のユウ君は冷静さを欠いている。状況を見ろと言っている」
静かなはずの夜の冒険者ギルドの建物の中で二人の男の言い合う声が響き渡る。
「それであんたらで俺を拘束するつもりと。これは俺と『黒の塔』ってとこの間の話だ」
「ユウ君は『黒の塔』というユニオンを知らない」
ジャックは首を横に振ると嘆息し、語り始める。
「『黒の塔』には名のあるAランク以上の冒険者が相当数在籍している。
このコルベル連王国に籍を置く冒険者総出でも奴等に武力でもかなわないんだ。
その上、一番やばいのは『黒の塔』には『十天星』と呼ばれるSランクが三人いることだ。
知っての通り一人は『死群』のイーヴァ・サシープ。
サウルスリザードの一件で一緒になった死霊使いだ。
その力は個人で一軍にも匹敵し、一度に操れるアンデットの数は数万とも言われる。
事実俺は奴が単独でスタンピードを制圧したのを見たことがある。
『万器』のドリア・ナラベラ。
ただの人間でありながらその力を認められ、Sランクに至り不死の魔法を受けた怪物。
『黒の塔』では最も古参であり、二百年以上Sランクに君臨し続けている。
カムギムラン・コレクションに匹敵する武器を何十と所有していると言われており、
その操る武器により多くの魔物を屠ってきたと言われている。
文献によれば二百年前の偽帝の混乱の際に一人で万の軍勢を壊滅させたとも言われている。
『黒天』のファイ・リタラ。実質的な『黒の塔』の主。
徹底した秘密主義者であり、実力は未知数だが、巨人を操るとかいう噂がある。
冒険者ギルドの過去の記録では何度かスタンピードを単独で制圧した記録が残っている。
冒険者ギルドのSランク冒険者はAランクとは隔絶した戦闘力を持っている。
今の三人は今回ユウ君たちが遭遇し戦うことになったヌービアなど比較にならない。
この三名は一人でも小国の軍事力に匹敵する力を持っているとすら言われている。
ユウ君が行ったところで殺されるだけだ。
手がないわけじゃない。俺の古巣のユニオンの『ブルースフィア』にも声をかける…」
「そこまでしてあんたにもらう必要はない。これは俺とあいつらの問題だ」
ジャックの声を遮るように俺は言う。
「話を聞いていたのか?奴等は…」
ジャックは自身の体が震えていることに気づく。
目の前にいるのは何だ?俺は今何と話している?
ジャックが今まで感じたことのないような巨大な圧迫感。
空気がまるで固まってしまったかのように呼吸することすらままならない。
「ま、待て」
俺はジャックの制止を振り切り、出入り口に向かう。
リティは腰を抜かし、小刻みに震えながら道を開ける。
ユウが部屋をさるのと同時にリティが崩れ落ちた。
俺は廊下に出ると窓を開き、そのまま外に飛び出る。
魔石を割り、始原魔法を使うと落下感が浮遊感に変わる。
そのまま俺はキャバルの上空まで飛び上がる。
上空から俺は見下ろすとキャバルの光が見える。
次に俺が行ったのは『天の眼』を使ってセリアの居場所を特定することだ。
『天の眼』ではセリアの現在地がわかるようにしてある。
セリアが今いるのはキャバルから遠く離れた北西の方角。
おそらく今セリアがそこにいる。
俺は腹の底が煮えくりかえっていた。
何故セリアをさらう必要があった?何故魔眼を使った俺に直接来ない?
どうなってもいい。もし何かセリアにするつもりならば全力で潰す。俺のすべてをかけて。
たとえその結果、俺が人間の社会にいられなくなったとしても。
人類すべてを敵にするとしても。奴等には俺から奪ったものの代償を払ってもらう。
俺は決意と怒りを抱き、その地に飛んだ。
場所は再びキャバルの冒険者ギルドに戻る。
ジャックは腰を抜かし、座り込むリティに歩み寄る。
「リティ、大丈夫か?」
腰を抜かしたリティの表情からは恐怖がありありとにじみ出ている。
「…私は今まで『渡り鳥』の中で一番危険な存在は『黒獅子』オズマだと思ってました。
ですが…違ったんですね。途中からまるでこの部屋が大型の魔物の巣穴にでもいるような感じがしました。
…彼は…本当に人間なんですか?」
震える唇でリティ。
リティの言うことは正しい。ただジャックは別の感想を持っていた。
これだけの存在感を持ちながら、ユウはこちらには毛ほどの殺気すら向けてこなかった。
それでも存在感だけで死を錯覚させられた。
冒険者を引退してから久しく感じなかった死の感覚。
冒険者時代あれほど傍らに感じていた感覚に触れ、ジャックは奇妙な懐かしさの様なものを感じていた。
「『黒の塔』はとんでもない怪物を敵に回したのかもしれないな…」
ジャックはぽつりと言葉をこぼす。




