策謀
キャバルに着いたときにはすでに辺りは暗くなっていた。
上空から俺はキャバルの街並みを見下ろす。
キャバルの城門は閉じられていたのでそのまま城壁を飛び越えた。
ばれると大変らしいが、ばれなければ問題はない。
『飛行』を半日試してみてわかったが、自身で足場を作ったほうがはるかに軌道を修正しやすいし、
速度も出やすいことがわかった。
同時に消費する魔力を最小限にとどめられる。
この魔族の体のポテンシャルを引き出せる。
足場は俺の持つ始源魔法の結界の応用で作れる。
それほど大きくなく、それでいて時間もかけないので魔力の消費も最低限で済む。
何度か試せばもっと魔力の消費も少なく、そして早くなるだろうなと思う。
俺は人の目のないキャバルの市街地に降り立つ。
出て行った時と変わっていないようにも見える。
すでに夜で冒険者ギルドは閉じられているだろうし、ギルド完了報告は明日にする。
結果として予定よりも二日ずれてしまった。
キャバルの街で留守番していたセリアたちにも夕食用に何か買っていったほうがいいだろうと思い、
俺は開いている屋台を探す。少し多めに買っても問題はない。
なにせ今回の旅でエリスによって収納の指輪の食糧の備蓄はかなり減っていた。
収納の指輪に入れておけば買ったままの温かい状態で取りだせる。
俺は夕食になりそうなものを買って、セリアのご機嫌とりに買った後、宿に戻る。
俺たちが貸し切っている部屋をすべてのぞいてみたが、部屋はどこも暗いままだ。
不自然なほどに音も全くしない。
俺は首をかしげる。
クラスタが護衛していたはずだ。
クラスタもAランク冒険者である。魔族であるし、実力は普通の冒険者以上にである。
クラスタがついていれば大抵のことは何とかなるはずだ。
セリアは夕飯を二人で外に食べに行ったか、もしくは『極北』のゲヘルのところで
まだ魔法の修業でもしてるのかもしれない。
宿を変えた可能性も考えて、宿の人間に話を聞くが宿の部屋は俺の名義で宿泊していることになっている。
宿の人間からは少し不自然なモノを感じたが、とにかく動き回っても仕方がない。
宿を借りていることにはなっているし、セリアたちも待っていれば戻ってくるだろう。
久しぶりの飛行に少しばかりくたびれたし、俺は自分の借りている部屋で待つことにした。
「ユウ様」
俺は部屋の前で女性に呼び止めらる。
「リティさん」
よく見ればキャバルの冒険者ギルドで働くお姉さんだ。
「連絡を受けてもしやと思ったのですが…」
「あ、すみません。ギルドの報告は明日します。帰ってきたときはもうギルドはしまっていたので」
俺は愛想笑いをする。
「…そうではありません」
いつになく歯切れの悪いリティの言葉に俺は嫌な予感を感じた。
「何かあったのですか?」
「…説明するためにも一緒に冒険者ギルドに来ていただけますか?」
「え、ああ、はい」
俺はリティの真剣な表情に妙な胸騒ぎを覚えた。
『黒の塔』玉座の間。ファイは葡萄酒を片手に玉座に座っていた。
ファイの保有する酒の中でも価値の高い貴重な葡萄酒だ。
そこへイーヴァがぱたぱたとやってきた。
「ファイ殿。セリア殿を連れてきたというのは本当でありますか。
何故セリア殿を連れてくる必要が」
「イーヴァ、取りあえず落ち着け」
ファイはイーヴァが落ち着くのを待って話し始める。
「『渡り鳥』のユウというリーダーに問題があってね。
うちに所属するヌービアが任務中に『魔眼』を使われたらしい」
「ユウ殿が…『魔眼』使いでありますか」
『魔眼』という言葉にイーヴァの表情が凍りつく。イーヴァはトップレベルの魔法使いである。
そんな魔法使いならばその名は知らないわけがない。そしてその危険性も。
「知っての通り『魔眼』は禁忌指定を受けている魔族の能力の一つだ。
魔力を使い人を思うがままに操ることができると言われている。
もしそんな能力を何の制約なしに人に向ける人間がいれば、それは危険だ。
セリアさんはユウというリーダーの所属する『渡り鳥』と距離を置く必要がある。
セリアさんはイーヴァが友人と言った人間でもある。
すでに無関係とは言えない。だから保護した」
ファイの話は理屈が通っている。
「ですが…」
「イーヴァ、君から見てユウはどういう人間だった?}
何か言いかけるイーヴァに対しファイは問いかける。
「…特に…悪い人間には見えなかったでありますが」
思い出すような感じでイーヴァ。まだ整理がついていないといった様子である。
「保護したセリアさんも心細いはずだ。しばらくはイーヴァがそばについて見てあげて欲しい」
「…わかったであります」
そう言うとイーヴァはファイの前から去っていく。
「ファイ、良いのか。イーヴァに任せて」
イーヴァが出ていくのと同時にドリアが物陰から出てくる。
「たとえ何を吹聴されようとイーヴァは私を裏切らない」
ファイはドリアに酒の入ったグラスを手渡す。
「にしてもご機嫌だな」
ドリアはグラスを受け取り酒を口に入れた。
「それは機嫌も良くなる。あの娘は俺が必要としていた最後のパーツだ。
これでようやくゼームスの居る冒険者ギルド最大ユニオン『ブルースフィア』と肩を並べられる」
イーヴァと接していた時の優しげな雰囲気とは対照的な冷たい氷の様な眼光。
「あのちっこい先祖返りがそれほどの存在かね」
「私は少し前から目をつけていた。
今までの足跡を洗ったが、魔法を覚えてまだ半年ちょいでAランクまで昇格している。
さらにクーベはイーヴァと同等の内臓魔力量を持っていると評価していた。
…環境次第では十一人目になれるポテンシャルを秘めている」
「…それほどまでか」
ドリアは低く唸る。
「だが、今回はお前は強引過ぎた。『ブルースフィア』が出張ってくる可能性もある。
キャバルのジャックは『ブルースフィア』出身だ。
もしことを構えるとなれば奴等はそれほど甘くはないぜ」
「賢い奴ほど次の手の予測が容易い。
『ブルースフィア』の一部と冒険者ギルドの中央議会には既に手を回してある。
さらに『渡り鳥』リーダーであるユウとやらは『魔眼』持ちだという疑惑すらある。
もしそんな男をかばうとなれば『ブルースフィア』の権威は地に堕ち、
我々『黒の塔』との対立は避けられなくなる。
既に『ブルースフィア』を抜けたジャックの話に乗るにはリスクがあまりに大き過ぎる」
「もう一つのユニオン、『ブラッディロア』は?」
『ブラッディロア』というのは冒険者ギルドの三つ目の巨大ユニオンである。
『黒の塔』に拮抗しうることができるもう一つの組織。ドリアはそれを警戒していた。
「戦闘狂の『ブラッディロア』は今回の一件では動かない。
幹部連中の何人かとは顔見知りだ。奴等の欲しがっているモノぐらいわかる。
必要ならばそれをくれてやればいい」
「ひゅー」
「ただ一つだけ解らないのはユウと言う男の出方だけだ。
奴はこの状況でどう動くか。黙って泣き寝入るか、もしくは義憤に駆られここに乗り込んでくるか。
ヌービアたちを退けたのはほぼ勇者エリスの力によるものだろう。
たとえ本当に『魔眼』持ちだったとしてもすでに対策は終えている。
…取るにならない虫の話などどうでもいいがな」
「俺はユウという男に心底同情するぜ。下手すりゃ冒険者ギルド追放ものだ」
ドリアは茶化すように話す。
「勇者エリスと『黒獅子』オズマが不安材料ではあるが、
二人の現在地はキャバルから遠く離れている。合流するにも時間がかかる。
実力者だろうと冒険者ギルドの枠組みの中で動く以上、時間が経てば経つほどこちらの有利にことは運ぶ」
舞台は冒険者ギルド。ファイたちのユニオン『黒の塔』は長くその頂点に君臨し続けている。
冒険者ギルドの裏も表も知り尽くした彼だからできる戦い方である。
「一つの冒険者チームを潰すことなど造作もないことだ。
コルベル連王国の第三王子暗殺には失敗したが、それの代償を補って余りあるモノを手に入れられた」
ファイはグラスを揺らしながら不敵に笑う。
「力がある者は正義であり、力が無い者はただ搾取される存在でしかない。
征服王のおかげでコルベル連王国の切り崩しも順調だ。私はあの愚か者の父とは違う。
国を盗るにしてもうまく、そして巧妙にやるさ」
ファイの眼が暗い光を放った。




