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帰路

目を開ければ知らない天井がある。いつの間にかベッドに寝かされていた。

壁には窓と言うものが全く見られない。壁はすべて白に塗りたくられている。

今までにセリアが見たこともないような部屋である。


「お目覚めかな」

傍らにいた男が声をかけてくる。

片手に本をもった男。自分が最後に見た男でもある。


自身にかけていた攻性防衛魔法が消えている。

それは相手が一定以上の攻撃を受けそうになった際に発動するものだ。

設置型のかなり強力な魔法だったはずだ。

目の前にいる男はそれを受けながら傷を負っていない。


おそらくユウやオズマ並みの能力を持っている。

抵抗しようにも自分ではおそらく退けることは困難だろう。


セリアは自身の置かれた状況を呑み込んだ。


「私を攫ってどうするつもりなの」

セリアはその男に問う。


「現状を理解したか。さすがだな。だが攫ったわけではない。

私ははあなたを保護しているのだ。悪い『魔眼』使いからね」


「『魔眼』使い?」


「私の名はファイ。『黒の塔』というユニオンを経営している。

先日、我々『黒の塔』の派遣した『黒豹ブラックパンサーが『渡り鳥』のメンバーと交戦になった。

その際に『魔眼』が使われたと部下から報告を受けた」


『魔眼』という単語にセリアはピクリと表情を動かした。


「『魔眼』というものは目にした者を意のままに操ることができるという。

それゆえに魔族の使う能力の中でももっとも危険な能力…禁忌指定を受けている。

『魔眼』使いであるユウは君を含めた『渡り鳥』全員を操っていた可能性がある」


「だから私を保護したと?」


「そうだ」

ファイは断言する。


「ありえない」

ファイの言葉にセリアは即答する。


「ありえないとは?」


「『魔眼』の効力は魔力を人間に使えばその効果は最大で三日から四日ほど。

『魔眼』の使用者にもよるがそれに内臓魔力の容量が多ければそれをはねのけることができる。

また『魔眼』の使用は連続するか、強いモノを与えれば人間の心身は破壊されてしまう。

その上エリスは現役の勇者でもある。勇者である彼女に魔力を媒介とする攻撃は一切効かない。

魔力により勇者を操る行為は絶対に不可能。

もしそんな非道な行為を行えば彼女はそれを見逃さないし、許さない」


「…その前半の知識はどこで得たものだ?」

楽しげにファイはセリアに問う。


「…本で読んだことがあるだけよ」

セリアは口を濁す。本当はゲヘルの座学の際に頭に叩き込まれたものである。


「ではその書物の名は?」


「…ファブリッサ問答録」


「にわかには信じられんな。その本に本当に書いてあったのか」

ファイは懐疑的な眼差しでセリアを見る。


「人間の一人の魔法研究者がとある悪魔を呼び出し、契約を交わし、二日間にわたる問答をした。

四つの章から成り、魔族という存在から魔族のもつ魔力の特性まで克明に記載されている。

それが今私の言ったファブリッサ問答緑という書物」

その内容はゲヘルとの講義の座学で頭に叩き込んでいる。


「フフフ…ハッハッハッハッハ」

セリアの話を聞くとファイは狂ったように笑いだす。


「何がおかしいのですか」


「君は千年前に焚書ですべて消えたはずの本をどこで読んだという?

私が百年間以上探し続けて見つからなかった本だ。どうして君はその内容を知っている?」

セリアはしまったという表情をみせる。

魔族のもつ常識は時に人間のそれをはるかに凌駕する。

人間にとって未知であるものは、既知である場合が多い。

魔族であるゲヘルからの教えには人間社会では絶対に知りえないものまで含んでいる。


「私が百年以上探し続けても内容の一端にすら触れることのできなかった

その本の内容を知りえるとは。俄然君に興味が湧いてきた」

今まで感情をおくびにも見せなかったファイが興奮し熱弁する。

セリアは驚きそれを見ている。


「…」


「私としたことが少し興奮してしまったな。

ちなみに言っておくが存在のしない書物など『魔眼』を仲間に使っていない証拠にはなりはしない。

そもそも『魔眼』は魔族の所持するはずの能力であって、

魔族の能力は人間には完全に解明されていないのだから」

ファイから正論を突きつけられセリアは目を伏せる。

そう、知りえないものを証明することはできない。


「ならなぜ『魔眼』が使われたとわかったの?」


「…それは教えられない。こちらにも秘匿するべき秘密はある。

ただたとえそれが虚言だったとしてもAランク冒険者の言は他の者のそれより尊重される。

時間をかけてそれが真実か精査されることになるだろう」

それは判別するのに時間がかかるということだ。

セリアはそこからすぐには逃れられないということを知る。


「…どうして私だけを連れてきたの?」

俯きながらセリアはつぶやくようにファイに聞く。


「それは君の価値ゆえにだ。君は自身の価値を理解していない。もちろん君の仲間たちもだ。

私の元に来い。私ならお前の価値を十全に理解し、考えうる限りの最上の環境を与えてあげよう」

そう言ってファイはセリアに手を差し出す。


「…私は『渡り鳥』のセリアです。他の何者にもなるつもりはありません」

セリアは首を横に振って、差し出された手を拒絶する。


「頑なだな。…すぐに答えを出せとはいわない。考える時間は十分に与えよう」

ファイはそう言って本を懐にしまい立ち上がる。


「必要なモノは言ってくれれば可能な限り用立てよう。

待遇に不満があれば改善できる点は言ってくれれば改善しよう」

ファイはそうセリアに言うとその部屋から出て行こうとする。

扉の前で足を止める。


「言い忘れていたがイーヴァは君の友人だそうじゃないか。心配していたよ。

言っておくが今回のことは彼女は全くの無関係でもある。

イーヴァは置かれた特殊な環境から友人が少ない。彼女とはこれからも仲良くしてもらえるとうれしい」

そう言い残し、ファイはその部屋から出て行った。


残されたセリアはファイと言う男に恐怖を覚えていた。

表面上は紳士であり、貴族のような優雅な立ち振る舞いではあったが、

必要ないと判断すれば簡単に切って捨てるという冷徹さと言いようもない得体の知れなさを感じた。

出来ることならば逃げ出したいが、そうすることはできそうもない。


一方で安心もしていた。

相手は自身の力に価値を見出している。すぐに危害を加えられることはないだろう。

だが今後の対応次第ではそれも絶対にないとは言い切れない。


「ユウ」

不安と心細さを感じながらセリアはユウを想う。



同刻、街道沿いの宿場町。外はすでに夕暮れ時である。

俺は名物のイノシシの串焼きとやらを頬張っていた。

焼き鳥というよりは豚焼きに近い。


晴れ渡る夕暮れに染まりつつある空を見ながら俺は思索にふける。


完全に一人きりというのは久しぶりではある。

考えてみればこの世界に来てからオズマやセリアの誰かしらはそばにいた。

何故か仲間は増えていったし、いつの間にかリーダーになっていた。

いろいろあり過ぎて考えが及ばない。

まあ、自分が選択したことだし、そのことに抵抗はないが。


問題はいつの間にこの世界になじんだのか。

気が付けば以前の世界を思い出せなくなってきている。

考えてみれば元の世界では結婚もしていなかったし、大切だと思う人もいなかった。

背負うべき責任もなかったし、何かを成し遂げたいというものもなかった。

薄情に聞こえるかもしれないがつながりが希薄だったのだ。


女神の呪いを受け、完全に戻ろうとする気も失せた。

おそらく俺は元の世界に戻ることなくこの世界で果てるだろう。

それを当然のことのように受け入れることに受け入れてしまっている自分がいる。


そして、自分の終わりすら今は受け入れている気がする。


事実全身の感覚が少しずつ麻痺している。

ゲヘルは俺に残されている時間は残り一年半。


一年半後の俺はどうしているだろう。

死に怯えているのだろうか。満足しているのだろうか。

それとも諦めずにそれ以外の方法を探しているだろうか。


考えが全く及ばない。


「恵まれていたんだな」

俺はベンチに座りながら肉串にかぶりつく。


自分はあくまで異邦人である。


長く旅してきてこの世界で生活する多くの人たちに触れてきた。

そこにはいろいろな思いがあるし、彼らにはそれぞれの生き方がある。

それを踏みにじったり、否定するような行為は良くないように思えた。

まして力で奪うなどの干渉行為は絶対に行ってはならないと思う。


この肉串もそうだ。

肉を取ることから調味料に至るまで多くの人間の手がかけられている。

異邦人は異邦人らしく、対価を支払い、それを享受するだけでいい。

そう思えるのは元いた世界が恵まれていたのか、ここに来た俺が恵まれているだけなのかは知らない。

ただそれが一番俺らしいと思える。


「おばちゃん、これを五十本追加ね」

少し買っていってやろうと言う気になった。


「おいおい、あんた食べきれんのか?」


「うちの連れが大喰らいが多くてね」


「はっはっは。そいつは大変だ。少し待ってな」

その女将は笑いながら厨房の奥に入っていった。

収納の指輪に入れておけばどういう理屈か、食べ物は悪くならない。

旅において荷物の心配がないというのは幸せなことである。

その上、魔族の体は疲れ知らず、病気知らず。快適過ぎる旅である。


ただ贅沢を言えば時間がかかりすぎる。移動手段がこの世界に限られているのがその原因である。

馬車を使おうにも馬の方がオズマを怖がる。それは本能だろうと。

この世界では空を飛ぶ飛行機、飛行船の類はどういうわけか発達していない。

そのため俺たちは徒歩で旅をしなければならなかった。


俺だけを限定するのなら移動手段は無いわけではない。

使わないだけで手段はあるのだ。

ただ俺は初めにあることをやらかしていた。


元々この世界に来た際に夢か何かじゃないかと錯覚した。

それというのも種族も魔族になっており、身体能力は人間のそれとは大きく違っていたし、

俺だけが使える始源魔法というものは文字通り万能だったためだ。


一通りのことを把握し、俺がこの世界に来て初めてやろうと思ったのは空を飛ぶことだった。

それは俺の始源魔法を使えばあっさりと実現できた。

力を入れるとさっきまでたっていた地面が徐々に遠のいていく感覚。

遠くに見える海が見えたし、地上から見えなかった山々が見えるようになってくる。

自分はどこにでも行けるという今まで感じたことのないような解放感に俺はすぐに夢中になった。


しばらく飛んでいると俺は竜の縄張りに入ったらしく、竜の群れに囲まれた。

そこで俺はリーダーらしき黒竜をしっぽをもって一本背負いして投げ逃げてきた。

すると以降、空を飛ぶと必ず竜がやってくるという困った事態になった。


そのため俺はセリアたちと旅をするようになって飛行することを自分に禁じた。

自分ならともかくセリアたちまで守れるかどうかわからなかったし、

万が一、街中に竜が現れたら大惨事になるからだ。


過去に一度だけそれを破って飛行したことはある。あれはパールファダとの戦闘においてだ。

時間が経って忘れ去られたのか、パールファダの神気に萎縮したのかはわからない。

とにかくその時は竜はやってこなかった。


今回に関してカルナの予言で早く戻れと言われていたために飛行を解禁することにした。

そもそも俺は馬は乗れないし、走って帰るのは疲れる。

ただ万が一にも俺が飛ぶことで竜がやってきたらキャバルは大混乱になる。

取りあえず俺は昨日一日飛び、竜が寄ってこないことを確認した。

そうしてどうやら俺は竜の標的から外れたらしいと自分の中で結論付けた。



「串焼き五十本、お待ち」

店のおばちゃんが丁寧に持ち帰り用に梱包してくれていた。

俺は受け取ると、金貨一枚をその場に置いて立ち上がる。


「ちょっと、こんなにかい?」

店のおばちゃんが驚愕の声を上げる。


「釣りはいいよ」

俺はそう言ってその店を出る。

店を出たところでセリアの手料理が懐かしく感じられる。

俺のかつての世界のことを聞いて、セリアは彼女なりに考えてそれに近いモノを作ってくれた。

俺のこの世界で出会った初めての人間であり、助けてくれた女の子。

旅を一緒にする理由は彼女にもあったのだろうが、一緒にいてくれるだけでありがたかった。

こうして再び一人でいるとどれだけ彼女が大切なのかを思い知らされる。


セリアに帰ると言った日から既に二日ずれてしまっている。

今セリアはキャバルにいるころだろうか。無性にセリアに会いたくなった。


幸い前回の依頼でコルギスの魔の森を突っ切ったため、魔力の元である魔石は豊富にある。

万が一、目撃者がいたとしても見間違いだと思うだろう。


俺は人の目が無くなったところで魔石を割って浮遊する。

久しぶりの気持ちのいい浮遊感が俺を包み、大地が離れていく。


「さあて、行くか」

俺がそう言うと周囲の景色が流れた。


この時俺はセリアの身に何が起きているのか、想像もしていなかった。

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