来襲
ユウたちがジャックの依頼で仕事に出かけていた時、
セリアは師であるゲヘルのもと『極北』で魔法を教えてもらっていた。
五日間にわたる短期間集中講義である。
ちなみにそのゲヘルというのは魔族であり、『極北』の魔神とも言われる存在である。
以前にセリアが頼み込んで弟子にしてもらったのだ。
人間であったころはかなり高名な魔法使いであったらしい。
ゲヘルの座学はゲヘルの使う『魂の共有』という脳に直接叩き込まれるものだ。
魂を一時的に共有させ、知識を共有させる。ゲヘルの編み出した技術だという。
そのために本来ならば数か月かかる内容を一日で終わらせることができる。
ゲヘルがさじ加減を間違え、失敗すれば廃人にすらなりえる危険なものだ。
慣れない初めのころはそのとてつもない情報量にセリアは何度も音を上げたが、
今ではその修業にどうにかついていけるようになっていた。
革新的であり、勝つ画期的な方法だとセリアは思っている。
だが以前にアネッサも私と同じ講義を受けたがすぐに音を上げてしまった。
アネッサというのはセリアがサルア王国で知り合った魔法使いである。
魔法に関してはセリアよりもずっと先を歩んでいる女性だ。
ひょっとしたら修業方法にも人にとってあうあわないというのがあるのかもしれない。
…とセリアは結論づけた。
これは大きな誤りでもあるのだが。
比較対象が存在しないセリアにとってはこの誤りに気付くのはこの当然、無理だった。
もう一つ、ゲヘルの修業方法に『仮初の世界』という手段がある。
これはゲヘルが修業のために脳内で作り上げたイメージの実在しない空間であり、
その場所ならば法則はおろか時間まで意のままに操れるという場所である。
魔力を使わずに魔法を発動させる練習を何度も繰り返せる。
セリアはゲヘルによって作られたこの『仮初の世界』で数百数千という魔法の発動をこなした。
この修業のいいところは魔法の大小にかかわらず、疲労も関係なく打ち続けられる。
ゲヘル師匠によれば魔法と言うのは理屈よりも実践でイメージを形作ることが重要なのだという。
この修業で良いことは実際の体に疲労がないことだ。
魔法の制御に失敗するリスクもない。現実で制御を失敗し、暴走すれば即死だ。
未熟なうちは制御が甘く失敗し命を落とすことも少なくないという。
ゲヘルの『仮初の世界』における修業にただ一つだけ欠点があるとすれば、現実とのかい離だろうか。
魔法をうち続けると魔力切れを引き起こす。
そんなわけで講義の後半はゲヘルが用意してくれた訓練場で実際に放つ訓練を行ってきた。
セリアは四日間で少しでもユウたちに近づけた気がしていた。
次の依頼にはしがみついてでもユウたちについていく。
セリアはもう置いてけぼりは嫌だった。
もうユウには時間が残されていない。
セリアはユウと少しでも一緒にいるためにもユウの居る間に『渡り鳥』の一員になりたいと思っていた。
ただし、セリアには彼らと比べて力が絶対的に足りていない。
セリアは自分だけ足手まといになるのは嫌だった。
一刻も早く成長したい。
その感情が魔法使いとしての才という点において天才の領域にいるセリアの成長をさらに加速させていた。
セリアはサルア王国にいたころは基礎をずっと教えられたため高度な魔法は教えられなかった。
セリアの魔法は基礎が完成し、応用に入りつつある。
セリアはそのとてつもない才を開花させる手前の段階にあった。
ゲヘルの修業から戻ったセリアは宿の部屋の中心で座りながら浮かんでいた。
現在、セリアが今練習しているのは浮遊魔法である。
浮遊魔法にとって最も必要とされるのは魔法を継続する練習。つまりは慣れだ。
もし空中で制御を失敗し、落下するようなことがあれば、死ぬこともあり得るためだ。
体力面で最も少ないセリアにとって浮遊魔法の習得は最優先課題である。
移動力という点においてセリアは『渡り鳥』の中では最も低い。
時間の空いた今だからこそ彼女は浮遊魔法を修得する必要があった。
浮遊魔法はバランスが求められるために相当な上位魔法に位置づけられている。
魔力を定期的に放出し、魔法式を維持しつづけなければならないためにその維持が難しいためだ。
カロリング魔法大学を卒業したアネッサという魔法使いでも地表付近を二三時間浮遊するのが
やっとと言う代物である。
現状、セリアは三時間の浮遊はできるようになっていた。
浮遊時間も順調に長くなりつつある。
まだ制御がうまくいかないが障害物の多い森の中以外でなら浮遊魔法は使えそうだ。
修業をしながらセリアはユウとエリスのことを考える。
今回の任務は往復で六日と聞かされていたが、すでに八日目となる。
セリアはユウたちの安否が気になり、クラスタを連れて冒険者ギルドに何度か出向いてみたが、
街道の橋でトラブルが起き、街道を行く者は皆立ち往生をくらっているということらしかった。
ユウとエリスに何かあるとは考えていない。あの二人を傷つけられるさまなど想像できない。
ただセリアは仲間と離れ離れになるのが嫌だった。
家族のいないセリアにとって仲間というのは家族と同じものだった。
セリアが魔法の修業をしていると部屋のドアを叩く音がする。
セリアは修業を一時中断し、ぱたぱたと足音を立てて部屋の入口に向かった。
「ユウ、遅かったじゃ…」
ドアを開けたセリアは言いかけて止める。
扉を開けると見たことのない男と二人の女性がいたからだ。
「どちら様?」
セリアは突然やってきた男たちの身なりから相手の目的を考える。
中心にいる男はセリアから見上げるぐらいの身長である。
服装は装飾がところどころなされており、しわの一つすら見られない。
見下ろすその目からは何の感情も感じ取れない。
今まで会ったことのないタイプの人間で危険な感じをセリアは受けた。
背後にいる女性のうち一人は盲目なのか目に眼帯をつけ。
もう一人のほうはどこにでもいるような
三人とも身だしなみは整っているし、何か仕掛けてくるような雰囲気は見られない。
この宿はジャックから紹介された場所でもある。
もし訪ねてくるとすればギルド関係者ぐらいだとセリアは考えた。
「…ギルド関係者の方ですか?」
セリアは怪訝な表情を見せ、その三人に問いかける。
「クーベ、お前はこの者をどう見る?」
男はセリアの問いかけを無視し、横にいる女性に声をかける。
「…美しい」
目の見えないはずの眼帯をした女性が呟く。
「美しい?」
「すみません。彼女の力に魅入ってしまい…」
「ほう、お前がそこまでいうほどか」
男が口端を釣り上げる。
「内臓総魔力量に関してはイーヴァ様に匹敵するかと。…かなりの生命力を持っております。
それにまだ十分に伸び代を残しております」
女の口からイーヴァの名を出され、セリアはさらに混乱する。
イーヴァと言うのは少し前に知り合った死霊使いである。
「イーヴァに匹敵するだと…フ、フハハハハ、それほどまでか。エルフの『先祖返り』はこれほどとはな。
この者は私が保護するとしよう」
「あなたたち何を…」
セリアは身構えるが、ファイは直後、セリアの背後に回ると手刀を首筋に当てセリアの意識を奪う。
セリアの意識が飛んだ瞬間、彼女が自身に仕掛けた何かしらの魔法が発動するも
ファイはそれを見ただけで吹き飛ばす。
「フム、設置型の魔法か。悪くない」
満足気にファイはつぶやく。
「なんだてめえ」
廊下から騒ぎを聞きつけた男が現れる。
男は倒れているセリアをみるなり拳を振り上げ、飛びかかてくる。
「早いな。だが早いだけだ、練りが足りていない」
ファイはクラスタの拳を容易く捌くと、そのままクラスタを転倒させる。
「ぐは」
クラスタ自身の勢いをそのままに床にぶつけられた格好である。
「この宿には他の『渡り鳥』の面々はいないという報告だったはずだが?」
ファイは淡々と付き人に問いかける。
「す、すみません。見落としておりました」
「くそっ」
クラスタは強引に起き上がろうとするも、ファイに首をつかまれ、再び床に叩きつけられる。
「な、なんだってんだ」
クラスタは力が通じないことに困惑する。
ファイの使った技はユウの知っているものとして柔術や合気に近い技である。
「まあいい。私の眼を見ろ」
クラスタの首をつかみ固定するとファイはクラスタと目を合わせる。
「…こいつは…魔眼…?」
クラスタはそう言いかけ、気を失う。
「なるほど。魔眼を知っているか。やはりユウと言う男は魔眼保有者と見て間違いなさそうだな」
「ファイ様、この男…」
「放っておけ。少々強く力を込めた。壊れていたとして取るに足らぬ石ころに興味はない」
クーベは何か言いかけるもファイに遮られる。
ファイは倒れているセリアを抱きかかえ、歩き始める。
「騒がせたな。迷惑料だ取っておくといい」
ファイは宿の主に金貨の入った袋を投げる。
ファイの一行が外に出ると、宿に面した道には巨大な骨で作られた怪鳥が待機していた。
それを囲うように人だかりができている。
セリアを抱えたファイはクーベとともにそれにわき目も振らず怪鳥の背に乗り込む。
「ジャックには魔眼使いから『先祖返り』の少女を保護したと伝えておけ。
それと『黒の塔』の冒険者ギルドへの正式な通達は後日行うとな」
「はっ」
女の付き人は頭を下げる。
ファイはクーベを連れ、そのまま怪鳥の背に乗るとその怪鳥は羽ばたき、空に消えて行った。
この事件はキャバルにユウが到着するおよそ半日前のことだ。




