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幕間 帰郷

晴れた草原の中を馬に乗った人影が走っていた。

さらにそれを追うようにもう一騎。

二つの影は草原の真ん中にやってきていた。


「久しぶりの乗馬はいいな」

ご機嫌な表情でエリス。


「まったく、エリス様は変わらずですな。老骨には少しばかり堪えます」

息を切らしながらハーロウ。


「ハーロウ、悪い」


「ここまで来たのは乗馬だけが目的ではございますまい」


「ああ。少しハーロウと話したいことがあった」

エリスは周囲に人影が見えないことを確認する。


「こうでもせねばどこに目や耳がついているかわかりませんからな」

ハーロウはそう言って微笑む。


「ベルフォード殿下の件、ハーロウはどう見る」


「カルナ陛下の何らかの布石でしょうな」


「やはりハーロウもそう思うか」


「あの方は人よりもはるか先を見据えて動いておりました。我々の及びもつかない先のことを」

遠い目で語るハーロウにエリスは頷く。


「そうそう、エリス様を亡き者にしようと画策した聖騎士たちのことですが、

表向きはダッカート家の暴走として片づけられました。

ですが、今はデリス聖王国は混乱のただなかにあります。

彼らにはひとまず謹慎と言う処分が言い渡されました」


「…ダッカート家はパルト派だったか」


「はい。今回の一件、おそらくパルト派の数名の貴族が関与していると思われます」


「パルト派は私が魔の森の管理の厳格化を提言した際に反対した連中か」


「はい。金銭的な負担が大きくなることよりも報告義務により首輪をつけられるのを嫌ったのでしょう。

プライドが高く保身ばかりの貴族の集まりです。あれでデリスの第三派閥というのだから嘆かわしい」

ハーロウは眉をひそめ首を振る。


「…出て行った私が聞くのもなんだが、デリスは大丈夫なのか?」

問題は誰が先王の後を継いだとしても問題が出るということだ。

聖王カルナには親類縁者がいない。それゆえに聖王カルナの後に続く王には正式な後継がいない。

聖王カルナが四百年という長い間、統治し続けた弊害でもあった。


「カルナ陛下の存在は我々にとって大きすぎました。

崩御されてから現在にいたるまでカルナ陛下に代わる王は誰も立とうとせず、

現在それぞれの派閥が互いの様子を伺い、身動きがとれない状況にあります。

むしろ勇者であるエリス様がいらしていれば派閥の対立でこじれたかもしれません」


ハーロウの言うとおり、どこかの派閥についたとしても勇者という存在は影響力が大きすぎるのだ。

勇者は王に匹敵するほどの民衆に支持される存在。

逆に言えばそれはどこの派閥に寄ったとしてもお荷物にしかならない。

カルナ聖王という稀代の名君だったからこそそれを使うことができた。


さらに勇者であるがゆえにエリスは王に就くことを望まない。

エリス自身がデリスの王になることもできるだろうが、そんなことをエリスはのぞんでいない。

それというのも勇者である彼女は魔物との戦いにおいて先頭に立たなくてはならないためだ。

エリスの勇者の義務の中には魔物と戦い死ぬことも含まれる。

エリスはその生き方を先代の背中を見て知った。


対して王という存在は死なずに民を絶えず導く存在でなくてはならないという思いが彼女にはある。

王はたとえどんな非難や迫害を受けたとしても国を正しい方向に進ませるのが義務である。

その考えはカルナ聖王と言う彼女にとっての理想の王の姿に基づいている。


「カルナ様の見立て通りということか。ただこの状況が長く続くのは良くないな」


「はい、ですから王の代理という立場を作るべきだという意見がありまして、

今は各派閥がその方向動いており、その調整に追われております」


「ハーロウもそれに絡んでいるのか?」


「私は国境沿いの警備をしなくてはなりませんでしたからな。

マードック聖騎士長にすべて押し付けてきました」


聖王カルナが崩御した後の混乱の最中、

北のマルドゥク神聖帝国が領土獲得に動くのは容易に予測がつくことだ。


「…マルドゥク神聖帝国からの侵攻はあったのか?」


「戦争とは言わないほどの小さな小競り合いが三度ほど。

いずれもカルナ陛下の予言で大きな犠牲も出してはおりませぬ。

どうもこちらの様子を伺っているような感じでした」

小競り合いをしかけデリス側の指揮系統に乱れはないのか探っているのだろう。


「『要塞』と言われるハーロウがいるのならば北の守りは盤石だろう。

…カルナ陛下の予言での次の侵攻は?」

最期は小声でエリス。


「…あと一度。来年の秋の収穫祭以後になります」

ハーロウはエリスの耳元でささやく。


「ハーロウに残されたそれ以降の予言や他の予言は無いのだな」


「…はい。そして私に当てられた手紙に書かれていたのはそれのみになります」


「…他にもカルナ陛下の予言は複数存在するということか」


「そうです。公平で忠実なる仲介人オリバーに問い詰め、

その上で奴は預かった手紙は五通だと明かしました」


「やはり手紙は奴が預かっていたか。あなたのことだそれで終わるわけではあるまい」


「はい。立場のあるモノ、そして口の堅いモノ、そして陛下に忠実であるモノ。

それらの点を考慮すればある程度その手紙を託された者のおおよその推測はつきます。

私を含め宰相オーサ、聖騎士団長マードック、司祭長バルダン、ドレミディッツ公爵の五名かと」


「三人は妥当だがドレミディッツ…奴はカルナ陛下の統治に懐疑的ではなかったか?」

ドレミディッツ公爵はデリス聖王国南部で最大領土を誇り、有数の派閥を率いる権力者である。

デリス聖王国中枢にも顔が効き、


「組織にはそう言った者たちの受け皿も必要となります。

ドレミディッツ公爵はその役を買ってやっているのだと私は前々から薄々感じておりました」

エリスは納得する。

事実、勇者であるはずの自身にも不満を持つ連中に刺客を送られた。

組織が巨大になればなるほど不満を持つ連中は多くなる。


「つまりドレミディッツ公爵はカルナ陛下の統治への不満をもった連中を取りまとめたというわけか」


「ええ」


「政治は面倒だな」


「全くです」


「それでドレミディッツ公爵の様子は?」


「見た感じではドレミディッツ公爵は目に隈を作り、その容貌はやつれておりましたが、

ギラギラと輝く眼からは奴なりの決意のようなものを感じました」


「…」

ハーロウの言を信じるのなら当たりだろう。

おそらくドレミディッツ公爵がもっとも重い役割をカルナ陛下に託されたのだ。

ドレミディッツ公爵はカルナ陛下のために今まで進んで泥をかぶり続けた男だ。

そんな男に問い詰めても明かしてはくれまい。

時が来ればそれは自然とわかることでもある。


「エリス様、あなたはカルナ陛下の最期に立ち会ったと聞きます。

カルナ陛下の最期はいかがでしたか?」


「…安らかな顔だった」

あの時のことは今でもエリスは忘れない。

聖王カルナはすべてをやり遂げた表情で去って行った。


「あの方は人々のためにすべてやりきった。なら生きている我々がそれを引き継ぐことは当然のことです」


「…私はすぐには戻れない。見極めたいこともある。私はもう少し外の世界を旅したいと思う」

エリスはハーロウにすまなさそうな表情をみせる。


「ならばそれがよろしいかと。まだ宮廷内の混乱は続いております」


「…力のある私が戻れば混乱しかねないと」


「はい、それにさきほど話に出たパルト派が妙な動きを見せております。

自分たちに都合のよい人間を勇者に祭り上げようとする動きです」


「…馬鹿な話だ。勇者は聖剣ゼフィールによって選ばれる者。人の都合で選ばれるものではない」


「然り、ですが立場のある人間が根拠もなくそんな話を吹聴するはずがありません。

今後もマードックと連携を取って今後も様子を見ていきたいと思います」


「…ハーロウならば聖騎士たちを束ね、この国を動かす一人になれるだろうに」


「わしは彼らとは在り方が違います。

わしは命の灯火の消える直前まで国の人々を護る一本の剣でありたいと思っております。

国家の剣は家の存続を目的とする貴族たちとは馬があいません」


「わかった。ハーロウ、私が戻るまでデリスを頼んだ」

エリスの声にハーロウは無言で頷く。


「それにしてもエリス様は纏う空気が柔らかくなりました。良い出会いがあったのでしょう」


「そうか?」


「以前は研ぎ澄まされた刃物のようでした」


正論を掲げ、他者の言い分を聞かず、我を押し通す。

それ故に王宮内でエリスの敵は多かった。


「…カルナ陛下の残した言葉通り、私は外の世界を見てきた。

多くの人間に触れ、さまざまな価値観に触れ、自分より強い存在を知った。

その中で私は成長できたのかもしないな」

エリスはふっと落とすように笑う。


「エリス様を変えるきっかけを作ったのはあのユウと言う若者を含めてですかな」

ハーロウはエリスを思案気に見つめてくる。


「ま、まあな…私は先に帰るぞ」

あまりの居心地の悪さにエリスは馬に鞭を入れる。


「やれやれ」

エリスの乗った馬が遠ざかっていくのを眺めながらハーロウはため息をつく。


「パロット、どうやらお前の不器用さを娘も受け継いだようだ」

ハーロウは嘆息するとエリスの後を追う。


誰もいなくなった草原には風がたなびいていた。

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