村に向かいます
ジャックの話を受けることにした俺たちは一路クタの村に向かう。
クタの村までは少々距離があり、途中で一泊した。
その際に『天の目』で上空から近くにある人間の集落らしきものを確認してみたが
そこではオークらしき魔物が多数徘徊していた。人間のいる様子は全く感じられなかった。
ジャックの言っていることは一応筋は通っている。ジャックは信頼してもよいと俺は結論付けた。
キャバルのギルドマスターのようだし、コルベル連王国にいる間はいろいろと世話になりそうだ。
粗相のないように対応した方がいいだろう。
次の日、俺たちはクタの村に向かって歩いていた。
距離的に見ても昼ごろにクタの村に着くと思う。
「あの丘を越えればオークの集落が見えてくるはずだ」
ジャックは目の前の丘を見て言う。
「一つだけ約束してくれ。オークの数を見て、
もし殲滅が難しいと判断したのならばすぐさまヒューリックに引き返すこと」
「具体的な数は?」
「その場で判断するつもりだ。
何度も言うが肝心なのは一匹残らずオークをすべて殲滅することだ。
オークの繁殖能力は高い。もし逃してしまえばまた同じことが繰り返される。
悪いことに人間への憎しみを抱いたまま」
「集落を築くぐらいです、オークに知性はないのですか?」
俺は気になったことをジャックに質問してみる。殲滅というのはちょっと避けたい手段でもある。
会話と言う平和的な解決ができるのならそれに越したことはない。
「ないな。奴等には繁殖と食事しか頭にない。
そんな連中に言葉をかけるぐらいならゴロツキどもに神の存在でも説いたほうがましだね。
それにもしオークが本当にいた場合、既にクタの村の者がすべて殺されている。
人間に手を出した生物は処分する決まりだ」
ジャックは苦笑いとともに俺の問いを返した。言葉の通じない相手とは戦争しかないらしい。
「そうだ。奴らを生かしておく理由がない。見つけ次第即殺す」
エリスがいつになく殺気立っている。
「ほう、討伐を行ったことがあるのか…?オークは力が強い。
熊に匹敵する力を持ち、その分厚い筋肉には刃すらも通さない。
人間の力では攻撃を受けることはおろか傷をつけるのも厳しい。
熟練の戦士でも討伐は考えるという相手だ。
君にそんな奴等の硬い筋肉に傷をつけるほどの力があるようには見えないが…」
「その点なら問題ありません。エリスは法術使いです」
俺がジャックに質問に応える。
法術使いは生命力を元とする法力を使いその力を自身の筋力に加算できる。
つまりはエリスの力は人間離れしているのだ。ただし、飯の量は半端ないことになるのだが。
エリスさん、オークと力比べしても負けないと思う。
「法術使い…通りでそんな大きな剣を持っているわけだ。
…一人だけ君と同姓同名の人間を知っているのだが…」
「それ多分間違っていませんよ」
俺の言葉にジャックは目を丸くする。
「…まさか当代の勇者エリス・ノーチェス?」
「もう勇者は引退したがな」
苦笑いを浮かべながらエリス。
エリスは勇者の証の剣であるゼフィールをデリス聖王国に置いてきている。
今エリスの持っている剣はゲヘルからもらった魔剣レヴィアである。
「人類最強の護り手がなぜここに…。
勇者はデリスにいるはず…デリスでは聖王崩御したと去年聞いたが…」
「聖王カルナ様に世の中を見てくるよう命じられ、私は今この方々と旅をしている」
「…そうでしたか…」
ジャックさん、何気にエリス相手に敬語になってるんですが。
エリスの持ってる勇者の称号はかなりすごいらしい。とはいても元だが。
「…にしてもとんでもないな。君のパーティは『黒獅子』オズマに勇者エリス。
伝承にあるハイエルフに酷似した先祖返りに双剣使い…君は本当に何者なんだ?」
何者なんだろうな…。それはこっちが聞きたい。皆と出会ったのは本当に成り行きである。
「俺たちはサルアから来たただの冒険者の一団ですよ」
俺はにこやかに無難な答えをジャックに返す。
「…サルア王国か。サルアは冬の間ほぼ稼げないから冒険者は拠点を置きづらい。
それにサルアの軍もしっかりしているから冒険者ギルドは大した力はなかったはずだ。
サルアから出稼ぎに来ている者も多い。君らもその口かい?」
たしかにサルアにいる冒険者たちは冬になると移動していた。
そういえばAランクのいる冒険者チームも貴族お抱えだった一つだけっけか。
「いいえ。俺たちはカロリング魔導国に向かっているだけですよ?」
「…なぜ魔導国に?」
「セリアの就学のためです」
俺の言葉にジャックは顔をしかめる。
「…無欲だな。名を広めたいとか成りあがりたいとかないのか?
きみらの腕なら冒険者ギルドで十名しかいないS級も狙えるだろうに…」
「うちのメンバーはよくわかりませんが俺はそう言うのいいですよ。
悪目立ちしても変なのに目をつけられるだけですし、
冒険者ギルドに登録しているのもある程度旅の路銀を稼ぐためなんです」
苦笑いしながら俺は語る。
その話は何度かカーラーンのギルドマスターであるウーガンから受けていた。
ただ、俺は魔族だし、有名になることで万が一それが広まってしまっては困る。
魔族とは忌み嫌われる存在らしいのだ。
気ままな旅をしたいだけなのに、もし魔族だと知られればそんなことも言っていられなくなる。
旅のためにも出来るだけ目立たなくしたいというのが本音である。
…どうもすでに目立っている感は否めないが…。
「…惜しいな」
俺の言葉に残念そうにジャック。
「見えてきたぞ」
オズマの緊張のはらんだ声に俺たちは口を閉じる。
丘の上から見ると眼下に人の住んでいるような建物群が視界に入る。
『天の目』から見た通り、家屋はぼろぼろであり、人が住んでいる様子は見られない。
ただそこには人の代わりに無数の醜い巨大な影が闊歩していた。