依頼が済んで
歓迎会の翌日、俺はキャバルに戻ることにした。
翌日の朝、俺は食事を終えて、支度をしているとハーロウに呼び止められていた。
「本当に馬はよろしいのですかな?」
ハーロウが言うのももっともだ。陸上でこの世界において馬以上の移動手段はない。
「それはいいです」
ハーロウは善意で言ってくれたのだろうが、そもそも俺は馬に乗れない。
「ですがキャバルまで結構な距離になります」
「そこらへんはなんとかなりますよ」
俺は笑ってごまかす。ハーロウは世話好きな性分なのか引き下がらない。善意が重い。
「ユウ殿の好きなようにさせてやれ」
見送りに出てきたエリスがハーロウに言ってくれた。
ハーロウはさすがに首をかしげていたが、エリスは察してくれた様子。
俺には手段がある。それも馬よりもずっと早い移動手段が。
「エリスは残るんだな」
「ああ、キャバルには二三日体を休めてから戻るつもりだ。私がデリスを出た後の話も聞きいておきたい」
デリス聖王国はエリスの生まれ故郷だ。その上、ハーロウは育ての親の一人にあたるらしい。
先代の勇者に養女として引き取られたエリスだが、ハーロウに預けられることも多かったという。
「そういうことならゆっくりしてくといい」
魔の森を抜けたり、上位の冒険者チームと戦ったりしたからこの機会にエリスには少し休んでもらいたい。
「ユウ殿、カルナ様の予言は絶対だ。早く戻る様に言われているのであれば必ず何かある」
エリスは真顔で俺に囁く。
「ああ」
正直なところ俺は予言など半信半疑である。
一番の杞憂はセリアだが、セリアにはクラスタを護衛につけている。
クラスタは俺やオズマに及ばないものの並のAランクの実力を持っている。
それにAランク以上は冒険者ギルドの保護対象になる。
なら他の何かだろうと思うが、思い当たる節がない。
「ユウさん、ギルドからの依頼完了証明書を出してください」
ベルガが話しかけてくる。
「ああ?」
俺はベルガの言っている意味が解らない。
依頼完了証明書というのは文字通り依頼が終了したことを示すものだ。
今回の様な護衛や運搬の場合、到着した場所で発注主に書いてもらうことになっている。
ただ今回の場合、そもそも受け取り手がわからなかったのだ。
正式な受け取り手はカルナ聖王となるなるのだろうだが、すでにこの世にはいない。
それにデリスの領主であるハーロウの名を書面に記すのも良くない。
国交もないデリス聖王国がコルベル連王国の王位継承争いに関与した事実が残るからだ。
ジャックのことだからその辺はぬかりはないと思うが、万が一と言うこともあり得る。
俺は昨日の夜、エリスと話し合った結果、このまま依頼完了証明書を冒険者ギルドに提出することにした。
「依頼完了の証明です」
ベルガがさらさらとその枠にサインする。
「なるほど、依頼完了の印はベルガのサインか」
「すみません。絶対に言わないようにヘレネから言われてました」
申し訳なさそうにベルガ。
「いいや、それでいい」
ベルガの判断は正しい。
もし知られてしまえばサインを強要された後、置いて行かれる可能性もある。
そもそも国交のないデリス聖王国が行先だったのだ。
依頼が完了したのかを証明する手段はない。身を護る手段として必要なことだ。
「ベルガはこれからどうする?」
俺は袋に依頼証明完了書を入れるふりをして収納の指輪に入れる。
「僕はデリスで法術を学んで冒険者になりたいと思っています」
ベルガの眼にははっきりとした意志の光がある。
キャバルを出てきた時と比べて精神的に強くなった気がする。
「がんばれよ」
「…もしヘレネに会ったら僕が感謝していたとつたえてください」
ヘレネと言うのはキャバルを出るときにいたメイドさんだ。
「出会ったら伝えておくよ」
「それともしデリスに立ち寄ることがあれば…僕と会っていただけますか?」
「もちろんだ」
俺は三人に別れを言って歩き始める。
後に彼が自身の自伝を書くことになった際に、
この奇妙なリーダーと勇者エリスとの旅が、後の自身の生き方を決定づけたと書き記すことになる。
俺は途中まで歩くと、周囲を見渡し、人目がないことを確認する。
そう言われてるし走っていくにしてもデリス聖王国の国境沿いの街から
コルベル連王国の首都いキャバルまで相当な距離がある。
馬は無理。だが俺には他にも取れる手段がある。
飛ぶか。
俺は今まで封じてきた手段をとることにする。
封じていたのは飛ぶと必ず竜がやってくるからだ。
パールファダとの戦いのときは飛んでも何もなかったし、あれからもう半年以上も経っている。
さらに追いかけられた場所からはかなり離れている。
さすがに竜はやってこないだろう。
内在する魔力を使用することは寿命を削るためにできないが、
幸い魔狼のいるコルギスの魔の森を強硬したときに収納の指輪で拾ったものが山ほどある。
俺は収納の指輪から魔石を取りだすとそれを割る。
魔力が溢れ出したそれを使い、俺の両足が地面から離れる。
「さてと行きますか」
俺は飛行し、キャバルの方角に向かった。
時はユウがデリスの国境から出た二日前までさかのぼる。
『黒豹』は『魔眼』の命令から解放されていた。
それぞれが一斉に目を覚まし起き上がる。
「寝てたのか?」
セルスが声を上げる。
「なんだ、ひどく喉が乾く」
パドックはそう言って水筒を取り出し水を飲む。
「みんな無事か?」
セルスが全員に向けて呼びかける。
「ああ。大丈夫だ」
「怪我はないが何故か体の節々が痛むぜ」
「ない」
「大丈夫」
「取りあえずは皆無事のようだな」
全員の反応が返ってきたのを確認しセルスは胸をなでおろす。
「なあ、セルスの旦那、俺たちはあの女騎士と戦っていたはずだよな。
戦いの最中に寝ちまうなんてあり得るのか?」
「わからない。とにかく現状の確認だ。どのぐらい時間が経った?ホールズ」
セルスがホールズに声をかける。
「少し待ってて」
ホールズは機材を取りだすと星の位置を確認する。
旅をする場合、自身の位置を確認するために必須の用具である。
ホールズはそれを使って正確な時間を算出する。
「…信じられないことに丸一日経過してる」
「おいおい、俺たちはここで丸一日寝ていたってことか?」
パドックがホールズの言葉に信じられない顔をする。
「あの『渡り鳥』のリーダーが助っ人に来たところまでは覚えてるんだが…」
「俺もだ」
「皆と一緒」
「コリット幻術の場合、何か考えられる魔法とかはあるか」
「…全くわからない。こんなケースは初めて」
コリットは軽く混乱していた。
今まで多くのことを経験してきているし、多くの書物を読んだがこんな手段は知らない。
体に外傷と言うようなものは無い。外からの攻撃で受けた可能性はほぼない。
このパーティで魔法関連に関してはコリットに一任されている。
幻術を使ったとしてもこれは異様である。
戦いの緊張状態の環境の中で魔法という可能性も考慮し、空気対流や魔力の流れには細心注意を払っていた。
一番納得のいかないことは皆きっかり同じ時間に目を覚ました。
術にかかりやすいとかは個人差、環境、魔力容量にも影響される。均一にかけるなんて考えられない。
まして魔法使いであるコリット自身には魔法の耐性がある。
魔法以外では何らかの薬も考えられるが、それこそ効果は魔法よりも個人差が顕著だ。
同じ『黒の塔』の冒険者である毒の専門家のマルドーもそう言っていた。
無味無臭の遅効性の毒も考えられるが、幾らなんでも同時に意識を奪うと言うのはあり得ないのだ。
さらに同時に目を覚ましている。
それにここにいるのはAランク冒険者が複数いる。戦闘中で異変があればすぐに感づく。
もう一つ、前後の記憶が飛んでるのが納得がいかない。
幻術魔法はそういう効能は無いはずである。少なくとも直前の記憶は残るはずだ。
それがきれいさっぱり消えている。不可解この上ない。
だとすればこれは魔法や薬物ではない。直接使用者の体や脳に働きかける類の何かだ。
コリットは考えたうえで、そう結論づける。
「…強制命令」
ヌービアが小さくつぶやく。
コリットはヌービアの言葉にしっくりくるものを感じていた。これはまさに命令だ。
それも強制的に人に命じる何か。
「ヌービアさん、何か知ってるの?」
「まさか…もう一人存在したのか…」
ヌービアは驚いた表情でぶつぶつと何か独り言をつぶやいている。
「姐さん、何か心当たりがあるのか?」
パーティの視線がヌービアに向けられる。
「すぐに戻ってファイ様に連絡をするよ。今回の任務は放棄する」
ヌービアのいきなりの放棄宣言に一同は騒然とする。
「放棄する?重要な命令じゃないのか?」
「もう一日経ってる。かなり距離は離されたはずだ。
この距離だ、これから追いかけてももう奴等はデリスに到着していてもおかしくない。
それにまた同じのを使われたらあたしたちは防ぐ手段がない」
「くそっ、なんだってんだよ」
苛立ちを隠そうともせずにパドックは地面を叩く。
「ヌービア。もう一度聞くが、お前はこれが何か知ってるな」
セルスがヌービアにもう一度聞く
「…」
「これは幻術の類なのか?」
セルスが聞いてくるのを見てヌービアは首を横に振る。
「これは幻術なんて生易しいものじゃないよ。…これは『魔眼』だ」
ヌービアは首を横に振りぼそりとその言葉をつぶやいた。
俺の知らないところで事態は良くない方向へと進み始めていた。




