冒険者チーム黒豹(ブラックパンサー)2
「…囲まれているな」
背後からエリスが寝ている体勢のまま声をかけてくる。
俺は動じることなくすぐさま周囲に意識を張り巡らせる。
五人の人間が距離を取って俺たちの周りを囲んでいる。
気配を断っていることから敵であることは間違いはない。
俺はここまで接近を許してしまったことに内心ため息をつく。
「ユウ殿が見逃すのは珍しいな」
「俺は万能じゃない」
焚き木の火に目を向けながら俺は内心で動揺していた。
こちらの包囲をかいくぐって接近を許した。こんなことは初めてである。
魔族の能力で空間認識と視線を感じることだ。
実のところ、それ以外は素人と大差はない。そもそも魔族である前はただの人間だった。
そもそも長時間、周囲に注意を向け続けることは難しい。
戦闘訓練を受けたエリスの研ぎ澄まされた感がこの場合いち早く反応できたのだ。
『天の眼』は一定以上の速度で近づいてくる相手には反応しても
それ以下の速度で近づいてくる相手には反応するようには設定していない。
幾ら『天の眼』を持っていたとしても敵を意識から外してしまうことはある。
幾ら優れた道具を持っていようとも使い方次第なのだ。
だからこそその攻撃に反応できたのは俺ではなくエリスだった。
パン
乾いた音が森の中に響き渡る。鞭のようなものの一撃。
その攻撃を防いだのは俺ではなく、跳ね起きたエリスだった。
手には彼女の愛刀である魔剣『レヴィア』が握られている。
ベルガはその音で目を覚まし、目をこすりながら上体を起こす。
「すまない」
俺はベルガの前に立ち、剣を収納の指輪から取り出し、構える。
「漸くユウ殿から一本とれたような気がするよ」
エリスはそう言って口の端を釣り上げる。
「あたしの不意打ちを遮るなんてやるじゃないか」
正面からやってくる女に声をかけられ俺は押し黙った。
今攻撃を仕掛けてきたのはこの女だ。
俺以上の背にすらりと伸びた足。整った顔立ちで腰にかかるほどの真っ赤に伸びた髪。
一見するとかなりの美人だが、この場を支配するような存在感とちりちりと全身を焼く緊張感がある。
それは魔族とは違う、人間がもつ緊張感。
警戒しなくてはならない相手だと本能が告げている。
「先ずは自己紹介をしようか。あたしの名はヌービア。一応冒険者チームのリーダーをしてる。
あんたらは『渡り鳥』のユウとエリスだな」
別に隠しているわけでもないので俺は警戒し構える。
「…ヌービア・ベルクシス…『黒豹』…叔父上はそこまで」
背後にいるベルガは何やらぶつぶつとつぶやいていた。
「なんだそれは?」
「『黒豹』は巨大ユニオン『黒の塔』の中でも最精鋭の一つです。
ほぼAランクで構成されているトップクラスの冒険者チームだと」
「ぼっちゃん、良く知ってるじゃないか」
ヌービアはご機嫌の笑みを浮かべるが、ベルガの顔は真っ青である。
そのヌービアの笑みは獰猛な大型のネコ科を連想させる笑みである。
油断すればカプリと骨ごと喰われそうな印象である。
敵は三人見える場所にいるが。視覚外に二人いる。
二人で守りながらこの相手と戦うのはキツイ。
「…にしても対面してみると護衛の方も想像よりもずっと若いじゃないか。
あんたら二人で間引く前の魔の森を突破して、ガレリア爺の罠を看破するなんてさ。大したもんだ」
「…」
俺は意表を突かれ思わず顔をしかめた。
そもそもこいつらなぜ俺たちが魔の森を抜けたことを知っている?
「おやおや、なんで知ってるのかって顔してるね。
そりゃ、あれだけ魔の森から魔物が居なくなってりゃ馬鹿でもわかるさ。
まあ、コルベルの騎士様たちは気付いていなかったみたいだけどね。
気配感知の能力か、そっち系の魔道具でも持っているのかい?」
いきなりこちらの行動を言い当てられ俺は内心で動揺する。
「…まさかお前たちも魔の森を抜けてきたのか?」
エリスがヌービアに聞き返す。
「そうさ。あんたたちが倒してくれたおかげでずいぶんと楽だったよ」
俺は魔の森を抜ける前に、背後にいた五人の冒険者チームがいたことを思い出す。
「どうやってこちらの存在に気が付いたかは知らないが、今度は逃がさない。
悪いがこれも仕事でね。化けて出ないでおくれよ」
ヌービアから放たれる人とは思えぬ殺気。
ひゅんひゅんという空気を裂く音が聞こえてくる。
「ここは私が。ユウ殿はベルガを連れて先に行ってくれ」
俺と冒険者の間に立ちエリスは先に行くように促す。
「エリス…だが…」
エリスは魔の森を抜けて以降、ほとんど休んでいない。
幾ら法力の使え、人よりも力があるとしても疲労は蓄積されているはずだ。
明らかに万全ではない状況で五人の手練れの冒険者集団にエリス一人置いていくことは躊躇われた。
「私なら心配ない。それにユウ殿は動揺している。私の方が適任だ」
エリスに動揺しているとはっきり言われたことで自分が動揺していることに気付かされる。
こんなことは初めてのことである。
ただエリスにはっきり言われたことで自分が動揺していることを自覚できた。
「…わかった」
俺は自分へのいら立ちを呑み込み、ベルガと一緒にここから脱出する思考に切り替える。
今はベルガをこの場所から先ず離さなくてはならない。
相手の手の内がわからない以上、このままここに居続けるのは危険過ぎる。
「へー、あたしたちから逃げられると思ってるのかい?」
ヌービアが余裕を見せているのは仲間を伏せているためだろう。
俺にはすでに空間感知で伏せている位置は解っているが。
俺は背後に飛び、ベルガを推し倒す。
俺がベルガの頭を下げるとそばの木に人の指先ほどの大きさの石がめり込んでいた。
「ひっ」
俺の背後にいるベルガが背後の木を見て悲鳴を上げる。
背後の木を見ると石がめり込んでいた。この威力だと体のどこかに当たるだけで十分致命傷になる。
前の世界の拳銃よりもずっと威力が凶悪である。
俺は石の飛んできた方向をちらりと見る。
そこには一人の少年がいた。手に持ったは木にゴムが括り付けてある。
それを見て俺は納得する。
パチンコ(スプリングショット)と言う武器だ。
俺はこの世界にゴムに似た素材があることに少し驚く。
「へえ。気づいていたか」
ヌービアがこちらを嘲るように笑う。
ヌービアがさっきから鞭を使ってみせているのは自身に注意を向けさせるため。
この空間を俺の意識下に置く魔族の能力がなければ今のも見逃していたかもしれない。
気を抜けばベルガの命を取られて終わりだ。
「ひゅっ」
少年の放つ二波目を俺はベルガを抱え、ジャンプして躱す。
俺たちの立っていた場所に無数の石が突き刺さる。
次は散弾銃のような範囲攻撃。その上、狙いも正確。
「投石なら俺もできるぞ」
俺は反撃とばかりに収納の指輪から取り出し石を投げる。
俺の投げた石はホールズの頭上に飛んで行った。
「へたくそ」
ホールズは小さくつぶやくと再び石を込めてゴムを引きしぼる。
直後、人の腕ほどの木の枝がホールズの頭上に落下する。
「ぐあ」
無防備な頭上からの直撃である。ホールズは頭を抱えて悶絶している。
逃げるのなら今がチャンスだ。
俺はベルガを抱え、ホールズの前を突っ切って走り出す。
「ホールズ、なにをやっている」
セルスが怒鳴り声を上げる。
「逃がしはしないよっ」
間髪入れず、ヌービアから鞭の攻撃が放たれる。
「私を忘れてはいやしないか?」
ヌービアから放たれた鞭攻撃をエリスが剣の腹で遮る。
「エリス、八時の方向にもう一人いる。気をつけろ」
去り際に声を張り上げ、俺はエリスに警告した。
「…ばれてたようだね。コリット出ておいで」
ヌービアはつまらなさそうに言うとローブを着た女が木陰から姿を現す。
「気配消せてなかった?」
コリットは不服そうに頬を膨らませている。
「…いいや、完璧だった。あの男の感知能力想像以上だ。思った以上に厄介かもね」
ユウたちが逃げて行った方向を見つめながらヌービア。
「そう思うなら引いたらどうだ?」
エリスが剣を構えつつ語りかける。
「一度受けた仕事を引くってのはあたしのプライドが許さなくてね」
ヌービアはエリスに向き合う。
「あんたを捕まえて交換条件にするってのもありだし、ここであんたを削げるのなら悪くない」
「私はずいぶんと買いかぶられているようだ」
「評価しているのさ。あんたらは強い。
二人とはいえ、護衛任務抜きでならこちらも犠牲を覚悟しなきゃならない相手だ。
何せ魔の森を抜けてくるとかいう離れ業をやってくる相手なんだしね」
「それは犠牲抜きで私を倒すことができると言っているように聞こえるぞ」
エリスはその全身から闘気を放つ。
魔狼を千匹以上屠ってもその闘気にいささかの衰えはない。
その場にいる誰かがのどを鳴らす音が聞こえる。
「そう言っているんだよ。複数のAランク冒険者を相手に勝てる奴なんてSクラスぐらいしか知りゃしない」
エリスの前にセルス、パドック、コリット、ホールズが立ちはだかる。
「さあ、あがらってみるといいさ。せいぜい私をがっかりさせないでおくれよ。新人のAランクさん」
ヌービアは挑発的に笑う。
これが冒険者チーム黒豹との戦いの始まりとなった。




