神に挑んだ人間
オリシアはSクラス冒険者、『十天星』の一人である。
オリシアという男は彼の師にして『闘仙』ジルド・アベージから百万人に一人と言われる逸材だった。
その剣術は比類ないとも言われ、ある者は剣聖と、ある者は剣鬼と評価が二分する。
彼の話をする前に二つのことについて書かなくてはならない。
人の個人が国家を相手にすることはできないのと同様に
人の個の力には限りがある。それ故に組織というものを生み出す。
それは互いの欠けた部分を補い合う。
そして、個人ではなしえないような事を行う。
ただし、その組織が正しいかどうかは別の話だが。
そんな人間の中にもいくつか例外がある。
その中の一つが人間の中でもSクラスとされる人間たちである。
彼らは単独で大型の魔物を狩れる能力を有し、その力は国家の軍事力にも匹敵するとまで言われている。
もう一つは『先祖返り』と呼ばれるものについてだ。
『先祖返り』と呼ばれる者は人ならざるモノを祖先の系譜に持つものたちである。
極稀に一般の人間にその特徴をもって生まれてくるという。
オリシアもまたその一人であり、彼の場合は魔族の先祖返りだった。
(このことは一部の人間しか知らされていない)
彼は先祖返りという理由で親から捨てられ、見世物小屋に売られた。
彼はそこから逃げ出し、魔族の特徴である角を強引に剣で切り取る。
冒険者くずれの浮浪者にぼこぼこにされ有り金を巻き上げられたこともある。
物乞いと間違われ、街から追い出されたこともある。
一人で生きぬくには強さが必要だった。
どんな者にも何も奪われぬ力が。
『先祖返り』の特徴としてオリシアの身体的な能力は人という枠組みから大きく外れていた。
やがてオリシアは若くして凄腕の冒険者とまで言われるようになる。
あるとき、そんな彼の噂を聞きつけ、ゼームスという男が彼の元を訪ねてきた。
その男、ゼームスは文字通り怪物だった。
若い見た目とは裏腹に練られた武術、人の枠を大きく越える力。
オリシア自身の持つどんな力も、どんな技もゼームスには通用しなかった。
あるのは誰もが焦がれる強大な力。それからオリシアはしばらくゼームスにつきまとう。
あわよくばゼームスの力の秘密を得るために。
ゼームスとの旅は彼にとっての光明だった。
自由でありながらも、破天荒であり、好奇心の赴くままに動く。
それでいてゼームスの周りには気が付けば人が集まっていた。
オリシアに問ってゼームスは知れば知るほどわからなくなる未知の存在だった。
それは薄暗い部屋の中に差した一筋の光。その太陽を思わせる光は彼の心に消えぬ焼き付けを残した。
そして、自身もまたゼームスのように成りたいと切望するようになる。
ゼームスの勧めもあり『闘仙』ジルド・アベージの下で武術を学ぶ。
オリシアの才能はジルドの弟子たちの中でも抜きんでており、
オリシアはすぐさまジルドの高弟たちに肩を並べるようになる。
順調かと思われたが、オリシアは大きな壁にぶつかる。
その当時、オリシアはAクラスの冒険者。
大型の魔物と戦ったこともある、邪法の輩とも戦ったこともある。
だが、どれだけ強者と戦ったところでこれ以上の向上は見込めなかった。
Aクラスには一つを究めた人間たちがひしめいている。
天才オリシアの力をもってしてもその中からさらに先に踏み出すことは容易ではなかったのだ。
オリシアは必死だった。オリシアはあきらめなかった。同時にオリシアは人一倍貪欲だった。
それは時を経るにしたがって狂気にすら近いモノに変質していく。
思索の果てに、オリシアは忌み嫌う自身の魔族の血に向かい合うことを決めた。
魔力という力を使うことをオリシアは選択したのだ。
魔力を宿したその剣技はオリシアをさらなる高みへと押し上げた。
かくして人類最強と称されるSクラスの冒険者に到達したのである。
オリシアにとってSクラスは通過点にしか過ぎなかった。
自身の憧れた者はこの先にいる。
オリシアの目標はゼームスただ一人。
皮肉なことに、近づこうとすればするほどその背中は遠くなる。
彼は彼はなぜ力を求めたのか理由も忘れ、ただひたすらに力を求め続ける。
夜の闇の中、篝火に飛び込む蛾のように。
ラーベはシエルを背負い、夜の空を飛びながら移動していた。
ラーベの傍らにはアルバが寄り添うように飛んでいる。
「空の散歩も悪くはないな」
「そうですわね」
「それでアルバ、あの方への君の評価は?」
「一言でいうならば異質ですわね」
「普通なら元人間は視界に頼った動きしかしないはずですのに
我々と同じ範囲知覚を行っていましたわ。まるで今まで知っていたように。
大抵の元人間の魔族ならば緊急時には五感に頼った動きをします」
「ふむ…」
「人間ベースの肉体だというのに身体能力だけで中堅クラスの魔族並でした。
…あの方本当に元人間なのですか?」
「…そう聞いている」
「…にわかには信じられませんわね」
「さておしゃべりも終わりようだ。少し待ってくれるかい?客人をもてなさなくてはならない」
ラーベはシエルをアルバに渡し、足元の草原に降り立つ。
「お父様は本当に悪いお方ですね。私たちに見せる為に猟犬に臭いを残して追跡させたと?」
アルバはシエルを抱えながらラーベの後を追う。
まだ草木はそれほどの高さにはない。
一人の男が草木をかき分けラーベの前に現れる。
オリシアである。
全身から濃い殺気を放ち、顔にはぞっとするような笑みを浮かべている。
その身からあふれ出る狂気を隠そうともしない。
「まるで誘っているように見えたのは僕だけかな?」
「私の残した残り香を追ってきたこと、まずは及第点と言わせてもらおう。
それで何の用かな。まさか世間話というわけではないだろう」
優雅に応対するラーベとは対照的にオリシアは剣を抜き放ち構えをとる。
「僕の名はオリシア。魔神の一柱とお見受けする。是非とも僕と立ち会っていただきたい」
オリシアが殺気が周囲にまき散らされる。森の野生生物が鳴き声を上げその場から遠ざかっていく。
彼は『十天星』の一人であり、人類最強の一角。
「ふむ。私と立ち会いたいと。いいだろう。どの道、拒んでもしかけてくるつもりだろう?」
「誘っているあんたがどの口が言う?」
「ふ、フハハハハ、初めから本気でくるといい。うっかり殺してしまうのではつまらない」
ラーベは凄惨な笑みを見せる。同時に周囲にとてつもない圧がまき散らされる。
周囲の森にいる野生動物が鳴き声を上げ、逃げ出す。
どちらも常軌を逸した化け物同士。
「満足しすぎて食あたりしないようにな」
直後、オリシアはラーベの前に現れる。彼の編み出した独特の歩法。
並の人間では視界にとらえていても反応すらできないだろう。
一対一の戦闘においてもっとも重要なモノは間合いである。
自身の得意とする間合いに相手をどう引き込むか。それに尽きると言ってもいい。
オリシアは果てしない鍛錬の果てにそれを無用のものにすることに成功した。
「なかなかだ」
ラーベは当然のようにそれを魔力の膜で受け止める。
二人のぶつかり合いで草原に暴風が吹き荒れた。
「まだまだっ」
オリシアはラーベの前に立ち、突きが繰り出される。
全身を使い、魔力と闘気を合わせた一撃。
だが、オリシアの剣は宙で止まる。
「ブラックコアタートルの甲羅すら貫く『千霜』で貫けないだと?」
オリシアの最も威力のある剣技である。
それをラーベは自身の魔力のみで受け止めたのだ。
魔力の膜を貫けない。いや、これは圧縮されたただの魔力だ。
オリシアはそれを感覚で悟り、戦慄する。
「これだけというわけではあるまい?」
ラーベは余裕綽綽の表情でオリシアに視線を向ける。
「言われずとも。もうあんたは僕の間合いにいる」
オリシアとラーベを囲むように蒼白い無数の剣が出現する。
「ほう」
「それは闘気と法力と魔力で形作った剣。百年の修業の果てにそれの成功した。
これらの剣は私の想像した剣だが、その剣は分厚い鋼鉄の壁すら切り刻む」
それぞれの剣が意志を持ったかのように一斉に切っ先を上げる。
直後、オリシアは背後に飛び、ラーベと距離を取る。
「天剣最秘奥、天想殺界陣」
斬撃がラーベのいる場所に溢れる。
オリシアの技が発動した直後、ラーベのいる草原が消えさり地肌が露出する。
ドーム状にある範囲内の空間にある存在をすべて切り刻む、問答無用の斬撃。
彼の闘気を纏った斬撃が前後左右からラーベを襲う。
オリシアがラーベと距離を取ったのは剣の斬撃はオリシアの反応速度を上回っているためだ。
空間内を無慈悲に切り刻む全範囲攻撃。
オリシアが扱う技の中でも最大のものであり、この技を耐え抜いた人、魔物は今まで皆無である。
「なるほど。これは興味深い」
そこには先ほどとは変わらない姿の魔神の姿があった。
手には光の剣が三本握られている。ラーベが握るとその光の剣は粉々に砕け散った。
「まさかアレを食らって無傷なのか」
信じられないという面持ちでオリシア。
「これで終わりかね?」
ラーベは腕を組み、見下ろす。
「まださ」
オリシアは手にした魔剣ヴリラに力を込める。
ヴリラの能力は威力は数倍になるが、生命力を食らい過ぎる。
自身の編み出した技を使いつつ、稼働できる時間はおよそ一分ほど。
時間的な制限ができてしまうため、クラスタとの戦いの際はその発動を見合わせた。
これなしには目の前の魔神に勝てる見込みはない。
オリシアは魔剣ヴリラが発動させる。
草原には春の夜の風の音しか聞こえない。
周囲の動物たちはそれによりまき散らされた殺気により逃げ出していた。
「『北』の魔神…まさかこれほどまでか…」
クレーターの中心でオリシアは仰向けに倒れつぶやく。
周りにあった草原は隕石が落ちたような跡がいくつもついて地肌がむき出しになっている。
「時を緩めて若さを保ち、修練を繰り返しているのだろうが、
私と対峙するには君では…いや人と言う種族はあまりに脆弱過ぎる」
オリシアを見下ろすラーベの服には汚れの一つすらない。
自身が生涯をかけて研鑽してきたすべてをぶつけても目の前の魔神には届かない。
そこにあるのは絶望的な力の開き、分厚い何層にもわたる分厚い壁。
オリシアは自身が信仰しているものがどれほど脆弱なものだったのかを知る。
「どうかな、私の眷属の一員にならないかね?」
「…脆弱な人間の僕が魔族の手駒になれと?」
オリシアはラーベを睨みつける。
「人間は種としては脆弱だが君自身にはなかなかに見どころがある。
私の手駒になり、人間の肉体を捨てる代わりに、君は膨大な時間と強大な魔力を得ることができる
君が求めるものもそちらの方が手に入れやすいのではないかね」
寝転ぶオリシアはラーベの言葉を聞いてピクリと反応する。
「なにすぐにとは言わんよ。もしその気があるのなら『北』までくるといい。
門番には私の名を出せば通すように言いつけておこう」
ラーベは反転しその場から立ち去る素振りをみせた。
「はは…僕を生かしておくつもりかい?そのうちあんたの寝首をかきに行くかもしれないよ?」
「…私にとってキミは道端に転がるただの綺麗な石ころに過ぎない。
私は石ころ如きに腹を立てるほど愚かではない」
ラーベは歩きながらそう言い放つ。
「待たせたね。私の戯れのために待たせてしまってすまない」
ラーベがぱちんと指を鳴らすと白い扉が現れる。
「見逃してしまってもいいの?パパ?あのヒト、今日の三人よりもはるかに強いんだけど。
人間にしてはあんないい素体めったにみることもない。パパがやらないなら私が…」
アルバの手に昏い魔力が宿る。
「やめておきたまえ。私は傀儡が欲しいわけではない。同士が欲しいのだ。
それに私が欲するモノならば必ず我々の門をたたくさ」
ラーベはアルバに黒い笑みを返す。
「パパがそういう考えだからブリオンみたいなのが現れるのよ」
「ハハハ、我が娘ながら手厳しいな」
甲高い笑い声とともに三人がその門に入ると門は消える。
その場にはオリシアと静寂が残された。
仰向けのままオリシアは地面に拳を叩きつける。
「奴等にとって僕は路傍の石と一緒か…」
オリシアは血が出るほど唇を噛みしめる。彼にとってこれほどの屈辱は初めてだった。
どんな強者だろうと自身の手が届かないと思った者はいない。
自分ならば状況次第ではかつて憧れていたゼームス・シシルにも手が届くと思っていた。
だがその考えは今日完全に否定された。
彼は今日、自分が届きえない高みを知る、そして絶対的な現実の壁を目の当たりにする。
彼は内から溢れる感情のままに絶叫した。
そして、その日一人の男が夢から醒めた。




