観察(side:ジャック)
俺は彼らの前に連れて来られた。どうやら村からつけてきたことがばれている様子。
気配を断ち、一定の距離を保ちながら尾行していたというのに見破られていたらしい。
現役時代から今までに尾行を見破られ、その上捕まえたのはこれが初めての経験である。
俺自身の腕が落ちたのかと俺は思うがそれを即座に否定する。
あの距離で反応できた人間は今までにほとんどいなかったはずだ。
俺を拘束したのは五人の冒険者パーティである。
その五人の内三人が俺を取り囲んでいる。
その三人の内は黒い甲冑をつけた男、もう一人は俺を捕まえた男。
最後の一人は白銀の鎧をつけた女性である。
残り二人の先祖返りの女性は先ほどから昼食の準備をしている。
もう一人の双剣を身に着けた男は先祖返りの料理のの手伝いをしつつも、
こちらにちょくちょく視線を投げてくる。
やばいやばい。特に黒いのがとんでもない。さっきからこっちへの警戒を全く緩めない。
もしこちらが妙な動きを見せれば躊躇なく俺の首を刎ねるつもりだろう。
少し何か試してみる気はあったが、近くに来てそんな気も吹っ飛んだ。
オズマという名だそうだが、その名には一人だけ心当たりがある。
現在行方不明の隣国の七星騎士団のトップじゃないかと思われる。
オズマという男に目を奪われがちだが、エリスと言う女性の方もとてつもない使い手である。
凛とした感じの女性であり、先祖返りとはまた違った種類の美女である。
白銀の鎧に身を包み、その体にそぐわない大きな剣を持っている。
だが、剣を持つ柄は使い込まれている様子で、手には剣士特有のマメができている。
この女性の筋力のみで持っている剣を振り回すことは困難だろう。
だとすれば法術使いか、呪術使いが考えられる。
一人知っている女性に同姓同名がいるが…まさかな…。
そんな彼女が何でこんな場所にいるのかさっぱり見当がつかない。
次に双剣使いの男。名をクラスタと言うらしい。
近くにいるカラスは彼の使い魔かペットだろうか。
あっちで昼食の準備をしながらこちらに対する警戒を全く緩めない。
二本の長剣を背負っている。あの小柄な体で二本使えるのか?
どちらの柄も使った跡がある。戦闘スタイルが全く想像つかない。
動きから訓練を受けているのがわかる。間違いなくこの男もかなりのやり手だ。
もう一人、料理をしている先祖返りの少女。名をセリアと言うらしい。
この娘は料理当番役だろうか。伝説に聞くエルフに酷似した容姿をしており、一番目を引く。
ただし物腰や気配は一般人のそれであり、武術の経験があるようには思えない。
その特異な容姿を除けば一般人に近いのではなかろうか。
最後にユウという男。仕切っているのを見ると彼がどうやらこのパーティの長であるらしい。
評価は良くわからないの一言。収納の指輪を保有し、剣を出し入れしている。
他の三人と違って隙だらけのようにも見える。動作の節々から訓練を受けているようにも見えない。
ただ先ほどの俺の意表をついた動きを見ても、かなりの使い手と判断できる。
あの距離を一瞬で移動してなおかつ、俺の背後をとった。
たしかにオズマが木を叩いたのには少々驚かされたが、
背後を取られ、この俺が声をかけられるまで気付かないわけがない。
何が起きても動けるように細心の注意を払っていたのだ。
ひょっとしたら、この男がこの中でもっとも警戒するべき存在なのかもしれない。
あの場で身元を明かしていなければ確実に今頃倒されていただろう。
これでとぼけているのならば大した役者だ。
今料理をするのに離れている先祖返りを除いたメンバーは、
客観的に見て少なくとも俺より以上だと思った方がいい。皮膚がピリピリする。
この俺がまるで猛獣の檻にでも入れられたかのように感じる。
それも毎日Aランク以上の冒険者どもの相手をしているこの俺がである。
どうしたらこんなメンバー集められるのか。
サルア王国の王都のギルドマスター、ウーガンは自身の気に入ったものを過大評価する傾向がある。
正直なところ彼が評価を違えているのかと思った。
だが会ってみればそんなレベルじゃない。三人以上が少なくともAランク以上の手練れ。
尾行してみてはっきり分かった。この連中に敵対するのは間違いなく愚か者のすることだと。
ほんの少し様子を見るつもりがこんなことになるとは。
…まあ、この事態に使えるのならば越したことはない。
なら遠慮なく巻き込ませてもらうとしよう。
俺は小さく息を吸い込み切り出す。
「俺の名はジャック・リート。
ユウ君に話してある通りコルベル連王国、首都キャバルのギルドマスターだ」
「キャバルのギルドマスター…あんたが?」
クラスタと呼ぶ男が驚いた素振りで見ている。
自己紹介をしていないユウ以外のその場にいる者が動揺する。
「嘘はつかないし、君らもはめるつもりもない。俺も命が惜しいんでね。
君たちのことはウーガンから聞いている」
俺がウーガンの名を出したことで少しだけ空気が緩んだ。
ウーガンはサルア王国の王都カーラーンのギルドマスターだ。
彼らのことはウーガンからの手紙で知ったのだ。
「先祖返りを連れた五人組のパーティの噂はコルベルにも届いている」
「それがどうして俺たちを付け回す理由になる?」
ウーガンの名を出し、ギルドマスターと名乗った今でも、
オズマという男は未だ警戒を全く緩めていない。
「君らをつけていたのは君らが戦力になるかどうか見極める為さ」
俺は腹を割ることにした。もう相手の力はある程度計れた。
少なくとも彼らは自分の要求する水準以上の力を持っている冒険者だ。
この出会いは幸運とみなすべきだろう。
「俺たちのことを見極めてどうするつもりだ?」
「今俺はちょっと厄介な案件を抱えていてね。できれば君らにそれを手伝ってもらおうと考えていた」
「厄介な案件?」
俺の一言に皆驚いた表情を見せる。
「この付近のクタの村で第一級隔離指定生物オークの発生の可能性がある」