対決です
「オリシア…奴が来たのか」
ジャックはいきなりのリティの報告に固まった。
それをジャックがその報告を受けたのは正午の王宮での定例会議が終わり、
帰りに遅い昼飯を終え、冒険者ギルドに帰ってきたあとだ。
帰ってくるなり必死の形相のリティに駆け寄られ、口頭でそれを伝えられた。
「はい。そして『渡り鳥』の情報開示を要求してきました」
ジャックは状況を呑み込み頭を抱えた。
オリシアと言えばSクラスの中でも三本の指に入る戦闘狂の性格破綻者だ。
強いという冒険者に片っ端から真剣勝負を売りまくる超問題児でもある。
中でも深刻なケースに発展したモノは冒険者ギルドの記録に残っているだけでも七件。
そのうち三名が戦闘不能となり、四名が死亡している。
それもAクラスやBクラスの上位である。
さらに消息不明になった有名な冒険者や名のある騎士も
人知れずオリシアの餌食になっているという噂まである。
「できるだけ引き延ばそうとはしたのですが…」
リティの顔は青ざめ、指先は震えている。
どうやらSクラスの殺気を向けられたらしい。
それはオリシアにとってはただの脅しだったのだろうが、
感知能力の高いリティにとっては劇薬だったのだろうと思う。
ジャックはリティを落ち着かせるために彼女の手を優しく握る。
「解ってる。リティに落ち度はない。ユウ君たちはAクラスに登録したし、
虚偽秘匿は罰則の対象になる。…むしろ逆らおうとしなくてよかった。
…あの戦闘狂でも一応Sランクだ。下手に対応すれば文字通り首が飛ぶ。
そこまでの権限をSクラスは与えられている」
問題はオリシアがその権限を躊躇なく使う相手だということだ。
オリシアは戦闘狂の勝負師だけあって対峙する相手の感情を読むという。
下手に引き延ばそうとするのは悪手だ。
(しかし…どういうタイミングだ。…ヤバいぞこれは…。もしかすると最悪どちらかが…)
将来が期待できるAクラス冒険者、十人しか存在しないSクラス冒険者、
どちらが失われても冒険者ギルドからすれば著しい損失になる。
いや冒険者ギルドだけではない。それは人類全体の損失である。
「少し出てくる。リティ、午後の予定はすべてキャンセルにしておいてくれ」
リティが落ち着くのを見計らい、ジャックは反転する。
「はい」
「何としても『渡り鳥』とオリシアの接触は避けなければ…」
ジャックは帰ってきたその足で『渡り鳥』の居るはずの宿に向かう。
後で聞いた話だが、俺とオズマが今いるのは大聖堂という場所らしい。
休日や式典で使われるとのこと。
天上は吹き抜けになっていて、少し赤みを帯びた西日がステンドグラスを通して差し込んでいる。
内部は中央の舞台を囲むように人の座る机と椅子が整然と並べられている。
元いた世界のヨーロッパの大聖堂のそれに近いと思う。
今日は何も催しがないのか人の姿は無い。
念のために魔族の六感で周囲を知覚してみたが人の気配はなかった。
俺は心の中でガッツポーズをとる。
ここならば人目を気にせずにあの魔族たちと存分に戦える。
「少しここで待っててくれ」
アルバとシエルを大聖堂の隅にまとめて座らせ、俺は彼女たちの周囲に魔石を割って結界を張った。
範囲を指定した硬めの結界である。
先ほどの魔力の塊なら二三発は耐えられるだろう。
「少し場所を借りるな」
俺は立ち上がると偶像にむけて小さく語りかける。
『天の眼』での位置情報では俺たちを追ってきた二人の魔族が大聖堂のすぐ近くまでやってきていた。
かなり離れた場所に反応があるのはさっき魔力の塊を放った小太りの魔族だろう。
…少し気にはなったが、とにかく今は目の前の二人の魔族を倒すことに専念することにする。
「オズマ。やるぞ」
俺は反転するとオズマの槍を指輪から取り出し、渡す。
「はい」
オズマもやる気である。
俺とオズマは二人で大聖堂の中央に陣取る。
魔族の二人が上空のガラスを割って降りてくる。
その態度や表情から読み取れるに、この二人の魔族は未だ自分たちの優位性を少しも疑っていない。
以前会ったローファン並の相手でないことを祈りながら俺はその連中と対峙する。
「なるほど結界か」
のっぽの男がアルバとシエラのほうを見て小さくつぶやく。
「俺を倒せば結界は消える。二人が欲しければ俺たちから戦って奪えばいい。
まあ俺たちと戦いたくないっていうなら話は別だけどな」
俺の挑発に、のっぽの魔族はプライドを傷つけられたのか一瞬表情を引くつかせた。
「いいだろう。青二才どもが、身の程をわからせてやる」
魔族二人は完全に人の姿をかなぐり捨てる。
体が膨張し、服が破け筋肉が盛り上がる。
のっぽの男は身長の倍近くまでその体躯を膨れ上がらせる。
もう一人の小さな方は爪を立て黒い体毛に覆われていく。
口には凶悪な牙が。そして目が赤く光る。
巨大な手の長い猿のような姿に二本の角を離している。
小柄な魔族も二本の角を生やし、全身灰色の毛で包まれた。
こちらは蝙蝠を連想させる姿である。
体は膨張しないものの、人間だった面影は全く見られない。
オズマの話だと魔族は本気で戦闘を行う際に自身の本来の姿になるという。
俺は挑発に成功したことに内心ほくそ笑む。
これでこの二人をこちらの土俵に引きずり込んだわけだ。
さて、次の問題は俺たちがこいつらに勝てるかどうか。
俺とオズマは目の前の敵に意識を集中させた。
クラスタとオリシアが移動した場所は近郊の森の中。
そこではその二人が距離を取って対峙していた。
「まさかその大きな剣を二本振るうというのかい?」
どう見てもクラスタの持つ両方の剣は長剣である。
オリシアは呆れた眼差しをクラスタに向けていた。
「ああ。それが俺の戦いのすたいるって奴だ」
クラスタの馬鹿げた答えにオリシアは鼻白んだ。
長剣は大の男が両手でようやく持てる代物である。
男の筋力の付き具合から見てもあの大きさの長剣を二本も振るうのは物理的に困難だろう。
オリシアは適当にあしらって終わりにすることにした。
「いいよ、どこからでもかかってくるといい」
構えも取らずにやる気のなさそうにオリシア。
「なら行くぜ」
クラスタは前かがみになり、間合いを詰められる。
クラスタの動作にオリシアの評価は改めさせられた。
移動速度は長剣を二本もってるというのにかなり早い。
片手だというのに意外と剣速もある。踏み込みもなかなか悪くない。
ただ僕の相手としては物足りない。
オリシアはクラスタの剣を逸らし、切り返そうとした。
直後、受けた剣から想像以上の衝撃を受ける。
オリシアは咄嗟に剣の振るう方向にジャンプし、威力を殺した。
目の前のクラスタは剣を振りぬいていた姿でそこにいる。
僕は今何をされた?
それが現実だということを手がしびれが示していた。
もし瞬間的に剣の進行方向に飛んでいなければ剣ごと叩き斬られていたかもしれない。
嫌な汗がオリシアの体中からあふれる。
片腕で振った剣はまるで大型の魔物の攻撃を正面から食らったようだ。
衝撃で口を切ったのか口からは血を流していた。
口に広がる鉄の味がそれが現実だと教えてくれていた。
それをした相手は少年の風貌をした男。
「おいおい。何してんだ?まじめにやれよ」
クラスタは二本の長剣を肩に不満を漏らしてくる。
「なぜ…」
オリシアは問いかけるも、その問いを呑み込む。
法力使いであろうと、呪術使いであろうと敵であることにかわりはない。
それは冒険者として本来秘匿するべき情報であり、聞くこと自体愚かな行為だからだ。
そしてオリシアは後悔する。
自身が勝手に人の能力を思い込み、見下していただけの自分を。
ああ、僕はいつから相手を見下すようになった?
ここで初めてオリシスは目の前の男に対しての認識を改める。
目の前の男は敵だ。
オリシアは侮っていた自身に喝をいれ、剣を握る手に力を込める。
「お、やる気になったか」
「一応謝っておく、ごめん。そしてありがとう」
「?頭でも打ったか?」
「僕は少しうぬぼれてたらしい」
オリシアは口元から流れる血をぬぐう。
「しきり直しだよ。さあ、始めようか」
剣鬼と呼ばれる男は静かに構えをとった。




