魔族の襲撃者です
昼飯も終わり、午後のひと時、俺たちは道端にあるベンチに腰かけていた。
傍らには山のような商品が積まれている。そのほとんどが帽子、靴、衣類関連だ。
ちなみに収納の指輪を使ってすべて収納していない。
それというのも周囲からの視線があるためだ。
人間社会に流通する収納の指輪は大きくても武器一つか二つを収納できるぐらいである。
対して俺がつけている魔族からもらった収納の指輪は村とか豪邸が一つ丸々入る。
知られるといろいろとまずい。
「これ、おいしい…」
手に屋台で買った丸いパンケーキのようなものを片手にシエルが舌つづみを打っている。
「たまにはこういう食事も悪くないね」
アルバもまんざらでもなさそうに口にしている。
シエルはそう言って一口サイズのパンケーキを口に入れる。
魔素の濃度が低い人間界では食事による補充をする必要がある。
ただ例外として『極北の地』は魔素が大気中に高濃度で存在している。
人間にすれば魔素は毒だが魔族にとってはそれは食事に他ならない。
魔族は『北』の地でならば何も食べずに何年も生活できるという。
それゆえ『北』の魔族は食事という概念自体が希薄なのだという。
二人は超がつくほどの美女のために周囲から視線をかき集めている。
当然、声をかけようとする男もいるが、射殺すようなオズマの視線がそれをさせない。
睨まれた男は一目散に逃げていく。
「人間の衣服は気に入った?」
俺は食べ終わるのを見計らって二人に声をかける。
「そうですね。気に入ったというより、人間の衣服には興味があります。
『北』にいれば魔素には事欠かないために食事も住居も必要もありません。
衣類も数千年も生きる私たちにとって人間の作るものはすぐに痛みます」
「ならなんでアルバは服を買ってるんだ?」
「人間の作るものはとても興味深いのです。流行とかいう発想自体、私たちにはありません。
お金を出して購入しているのは作り手への純粋な敬意です」
「…」
アルバの魔族としての考え方は人とは全く異なる。
永遠に近い時間の中を生きる彼ら魔族にとって、流行などというものは刹那的なモノだろう。
「魔族の中には数百年同じ服を着続ける者もいます。
一方で人間の王族には衣服は一度着れば二度と着ることはない者もいると聞きます」
「どちらも極端な例だな」
「そうでしょうね。人間のその変化を許容する考え方は、
長い時間の中で停滞してしまいがちな魔族の考え方とは対極にあります。
停滞と衰退は同義。この世界を生かすため、
そして次の次元に進めるためにも変化は許容しなくてはなりません。
…これも創造主が人を生かす理由なのかもしれませんね…」
「…可能性」
「…とはいっても私の服選びは半分は趣味みたいなものですけど」
アルバは苦笑いを浮かべる。
「ところでこれだけ買ってお金のほうは大丈夫なのか?」
俺は手にした袋を見てアルバに問う。魔族は人間社会と関わりを持たないはずである。
どうやってその資金を調達しているのか非常に興味がある。
感覚的にすでに家が一軒建つほどの買い物をしているが、アルバは全く気に留める様子はみられない。
「金?ああ、貨幣のことですか…それなら心配ありませんわ」
アルバは当然のように手に大量の金貨の入った袋を空間から出して見せる。
「どうやって…」
「人を操作して手に入れていると言ったらどうします?」
アルバは試すような眼差しを俺に向けてくる。
「…それは…」
俺は思わず返答に困る。
「ふふ…冗談です。そういう私たちはアンフェアなことはしません。
人間界ではめったに取られない魔物の部位を売り払うとか、
私たちに興味を持つ人間と取引するとか手段はいくらでもあります」
楽しげにアルバは語る。
「そんな価値のあるものが『北』にあるのか?」
「そうですわね…。たとえば失われし古代王国の興亡が事細かに描かれた歴史書、
人が禁忌と呼び封印し、膨大な時間の中で忘れ去られた魔術、
西の果てにある大陸にしか存在しない重力を受け付けない金属とかですか。
どれも人の世に出れば相当な価値があるのではないでしょうか?」
聞くところによればどれもとんでもない値打ちモノではなかろうか。
「この指輪やイヤリングみたいに?」
俺はゲヘルたちからもらった道具をアルバに見せる。
「ユウ様の持つものはその中でも特注品。私たちの持つ秘術が用いられています。
私たちの中でもそれらを持つモノは限られます。
例え殺されてもそんなものを一介の人間になど与えはしませんわ」
アルバの一言に俺は内心驚く。
俺はゲヘルたちからもらった道具を思い返してみる。
村すらも入るというとてつもない容量を持つ指輪。
この世界を上空にある衛星を操作することのできるイヤリング。
あらゆるものに変身することのできるタトゥ。
そして、神すら切り殺すことのできる剣。
今まで意識していなかったがどれもが規格外といっていい代物である。
アルバの話を聞けば聞くほど人間と魔族の社会は隔絶しているのだと感じさせられる。
人間と時間の流れる感覚の違う彼女たちと一般の人間とでは埋めようもないずれがあった。
『北』の魔族と言う閉じられた世界。
「魔族からは人間とはあまり関わりを持とうとしません。
一方で人間は私たちの持つ技術や秘術に興味がある連中が多いのです。
そのモノに何かを教える対価として私たちはそれ相応の何かを支払ってもらうことにしています」
「対価がひどくあいまいだな」
「私たちに人間の物の価値はわかりません。そもそも欲しいと思うモノすらありません。
ただそれをただ同然で与えてしまえば求める者が殺到してくる。
だからこそ、彼らが最も大事に思うものをいただくことにしているのです」
前の世界でいう悪魔の取引といったところか。
「ある者は築いた富のすべてを。ある者はその手にしたコレクションすべてを。
またある者は最も大事な一人娘を。ある者は自身の魂を。
ただ人間の貨幣は『北』では使わないから増える一方なのですよ」
アルバはそう言ってポーチの中から金貨を一枚とって俺に手渡した。
それは今現在コルベルで流通しているノルド金貨でも、サルア王国で使っていたカルネ金貨でもない。
俺はそれを注意深く見つめる。
かなり細かな場所まで装飾がなされている。
骨董品に出せば相当な値段がつきそうだ。
「それは千年前にこの地方で流通していた金貨です。
人間の貨幣って国家が変わっただけですぐ変わってしまうでしょう?」
アルバさん、国家が変わるとかそれは数百年単位なんですけどね。
悠久の時を生きる魔族にとって物の価値は全く違うようだ。
「フフフ…気に入ったならユウ様に今日の記念に差し上げます」
金貨を見つめているとアルバが笑ってそれを数枚差し出してくる。
「いいのか?」
「良いも何も、まだいくらでもありますもの」
「ありがとう。もらっておくよ」
俺は礼を言ってそれを受け取った。
その金貨の価値よりもその由来に興味があった。
時間があれば調べてみるのも面白いかもしれない。
「さあ、ユウ様、オズマ、次に行きましょう。シエル?」
俺たちが話している横でシエルはうとうとしていた。
「…ユウ様、少し眠いので…眠らせてください…」
シエルはうとうとしはじめた。
オズマと一緒に先行し活発な姉とは対照的だなと思う。
俺はシエルを背負う。
「しょうがないですわね」
「ユウ殿、私が背負いましょうか」
「いいや、オズマはアルバの方を頼む」
俺は笑いながら、シエルを背に乗せる。
その直後、三人の人影が俺たちを取り囲むように現れた。
ヒトではない魔族の第六感。
それがそれが人ではないものだと教えてくれる。
俺とオズマは無言でアルバとシエルを護るようにして立つ。
「…」
前に小太りの男と背の低いひょろっとした男二人、後ろにのっぽの男が一人姿を現す。
今日の朝から感じていた奇妙な気配はこれだったのかと今更ながら気づく。
ついさっきまで気付けなかった気配の消し方から結構な実力者だろうと思い、俺は身構える。
「悪いな。そこの新入りの感知力がなかなか鋭いもんでな。少し強引な手段を取らせてもらう」
俺たちの前後の物陰から三人の人影が現れる。
隠しているのを解いたのかその男たちの内部から魔力の圧を感じとる。
普通の人間が保有するにはあまりに多い量。
見た感じは人間だが、三人とも間違いなく魔族である。
「魔族の新入りにしてはなかなかだ」
三人の男たちが俺を見て馬鹿にしたように笑う。
俺はこの男たちになめられている様子。
新入りって。なぜかなめられている様子である。
「一般的に魔族の強さは一部を除いてその生きた年齢に比例すると言われています。
…まあ、何事も例外はありますが」
オズマは俺の表情を見て察したのか補足してくれた。
なるほど。俺はこいつらの基準だと俺は魔族の一番下っ端になるらしい。
「おいおい、そんなことも知らなかったのか?
俺たちのいない間に魔族の質もとことんまで落ちたもんだぜ」
小太りの男が額に手を当て、卑下た笑い声を上げる。
「オズマよう、そういうお前、この二千年の間でずいぶんと出世したみたいじゃねえか?」
小柄な体躯の男が囃し立てるようにオズマに語りかける。
そこにあるのは羨望である。
「…なぜあなた方がここに?」
オズマはまるで幽霊を見るかのような目で三人を見ていた。
「言っておくが化けて出てきたわけじゃないぜ。俺たちは…」
そう言うと三人はアルバとシエルに視線を向ける。
「やめろ。答えてやる必要はない。それに俺たちの目的はそいつらじゃない」
のっぽの男が俺たちの前に進み出る。
「相変わらず麗しいですな。ラーベ様の御子息。赤の薔薇と白の薔薇の姫君」
のっぽの男がアルバとシエルに頭を下げる。
「お前たちはそれを知りながら我らの前に立ちふさがるつもりですか?」
アルバの態度には全く怯えなど感じられない。
「我々の大望のために少しばかりその身を預からせていただきます。
自ら来ていただけるのならば、礼を持って丁重にもてなしましょう」
「断りします。あなた方が言っていることはおのれの願望でしょう。
自身の役割を全うすることなく、力に溺れる者がどんな大望をふりかざすというのです」
「やれやれ、できれば穏便に済ませたかったのですがね」
のっぽの男がそう言うと三人の魔族の気配が変化する。
その圧に当てられたのか周囲の通行人が数人倒れた。
「貧血か?」
「大丈夫か?」
周囲にいた人々が倒れた人間に集まっていく。
一方で魔族たちはにやにやと笑みを浮かべている。
この魔族共、ここを戦場にするつもりらしい。
こんな街中が戦場になればどれほどの犠牲が出るか見当もつかない。
ドス
俺は咄嗟に収納の指輪から、少し大きめの石を三人の男たちの背後の足元に出現させる。
石が地面に落ちる音により、三人の魔族の視線がほんのわずかにそちらに引き付けられる。
アルバの返事と同時に俺が収納の指輪で荷物を消し、
俺とオズマはアルバとシエラを連れて一息に屋根に駆け上がる。
こんなことができるのも魔族ならではのふざけた身体能力の賜物である。
注意が逸れていたために、俺たちの行動は通りの人間には気付かれずに済んだようだ。
屋根の下から人間の姿をした三人の魔族たちが感心した様子でこちらを見上げている。
「ひゅー、やるな新入り」
三人の魔族たちは自分たちの優位を疑っていない。
相手の実力がどうあれ、このままの方が隙が生まれやすい。
それに魔族たちに余裕がなくなれば、最悪街の人間を人質に取られる場合もある。
そういう意味で見くびられ、追われている今の状況は俺たちにとって好都合ではある。
俺はオズマと視線を交わし、反転し、走りだす。
俺は走りながらすぐさま今見た『ルート』に三人の魔族を追跡の対象とした。
これで『天の眼』を使って上空から奴らの居場所を視認することができる。
操作に慣れてきたためにシエラを背負ってもこのぐらいの操作はできるようになった。
「オズマ君、大胆」
オズマにお姫様だっこされたアルバはまんざらでもない様子。
ここは泣かれたり、怖がられたりするよりずっとましだと思うべきか。
シエラは魔族の追跡などどこ吹く風でずっと俺の背中で寝息を立てている。
このまま眠っていてくれている方が俺としてもありがたい。
相手の力がわからない上に誰かを護りながら戦うのはかなりきつい。その上相手は魔族だ。
三人から脅威は感じないものの人間の力をはるかに超えているだろうし、
魔力を使った攻撃は規模は人間の比ではない。
それに上位の魔族であるほど力の隠し方がうまい。
万が一、あの三人がローファン並みの力の持ち主だった場合、
このキャバルにどれほどの犠牲が出るのかわからない。
俺たちは屋根の上を縫うように飛びながら移動していく。
街の光景が流れるように過ぎていく。
これも魔族の出鱈目な身体能力の賜物である。
「オズマ、あいつらを知っていたな。あいつらは何者だ」
「ラーベ様の元部下です」
「またか。ローファンの奴と言い…オズマ、とにかく城壁の外まで逃げるぞ」
直後、俺とオズマは左右に飛び退く。
背後から魔族たちの放つ魔力の塊が、爆風を伴い俺たちの居た場所を破壊した。
魔族の放った魔力の塊の爆発により、建物の屋根が無残な姿に変わる。
さすが魔族、呼吸するように魔力を使う。
「やるな新入りの魔族」
背後のボーロンと言うのっぽの魔族が俺を称賛してくる。
平時の俺とオズマなら振り切ることも可能だろうが今はアルバとシエルもいる。
速度を上げることは彼女たちの負担にもなるし、
三人の魔族相手には俺たちはいつでも狩れる兎と思わせておいたほうが都合がいい。
「…けど幾らなんでも乱暴にし過ぎだろ」
俺は破壊された民家の屋根を見て苛立ちを口にする。
この魔族連中はこの街の被害も全く考えていない様子。
そして、アルバとシエルへの被弾も。
うん、ラーベの元部下だろうが街の外に出たら少し痛い目にあってもらうことにする。
俺たちを見下ろすように頭上では日が山際に近づきつつあった。




