女性の買い物とオズマの話です
俺とオズマは正装をして貴族御用達の商店の壁際に二人並んで立っていた。
今着ている服はサルア王国で式典や謁見用使ったものを収納の指輪から引っ張り出してきたのだ。
収納の指輪は異界になっており、時が止まっているので虫食いなどの心配はない。
俺とオズマの両腕にはアルバとシエルが買った商品を抱えている。
収納の指輪に入れてもいいが、あまり人前で多用するのは控えたほうがいいと判断したためだ。
目の前ではアルバとシエルが服を選んでいる。
すでに一着で目が飛び出るほどのドレスを数着購入している。
旅で一カ月に使う金額がポンポンやり取りされているのを
横で見ていると何とも言えない気持ちになる。
ちなみにセリアとエリスにばれると怖いので時折、『天の眼』を使って二人の座標は確認している。
幸いなことにセリアとエリスと買い物するエリアが違うらしくかなり離れている。
もし見られていたらセリアからどんな叱責を受けるか…ちょっと怖い。
なんだろう…俺はやましいことはしてないはずなんだけど…。
「オズマ君、これなんかどう?」
アルバの着ているのはフリルのついたドレス。
ところどころに細かい花の刺繍が施されており、手が込んでるのが一目でわかる。
その装いからはどことなく気高くある反面、艶めかしさを感じさせる。
「よろしいかと」
アルバの問いにオズマはそっけなく返す。
「ユウ様…ど、どうでしょう?」
戸惑いながら上目づかいで俺を見ながらシエル。
シエルもシエルでピンク色のドレスを身に着けていた。
それはさながら地上に降り立った無垢な妖精を連想させられる。
「に、似合っているよ」
俺はにこやかに返すとシエルは嬉しそうにほほを染める。
前の世界での親戚の子供の子守りでもしている気分である。
二人はそのまま再び店の奥の方へ向かっていった。
アルバとシエルを遠巻きに見ている人間たちがちらほらいたが
オズマの眼光に射抜かれ、蜘蛛の子を散らしたように一目散に逃げていった。
…最高のボディガードだろう。俺ではオズマのようにうまくいかない。
俺はオズマから荷物をひったくる。
「それはわたしが…」
「オズマ、これは役割分担だ。俺は護衛は初めてだし、
オズマが見張っていたほうが変なのが寄り付いてこないだろ」
付け加えるなら俺は俺で護衛ではなく荷物持ちと思われていたほうが変な気を使わずに済む。
「ですが…」
「それにしてもかなり時間かかるな、オズマは平気なのか?」
オズマがすまなさそうな表情をしているので、俺は話題を強引に変える。
もちろん買い物をしているアルバをシエルをを視界に収めたままだ。
「私は慣れておりますから」
オズマは当然のように答える。
オズマの前にいた場所は七星騎士団と言うプラナッタ王国に所属する騎士団である。
プラナッタは狭い国土の中に魔の森を三つも所有しているという事情から、
それを定期的に討伐するために三つの強力な騎士団を所有しているのは有名な話らしい。
そのうちの一つが七星騎士団というオズマの古巣である。
要人警護などの経験をしていてもおかしくはない。
「…前の職場、七星騎士団か…」
「ええ」
その七星騎士団の中でもオズマは『黒獅子』と呼ばれ、結構な立場にいたという。
「…もうじき海を渡るからな。もし何か心残りがあるのなら片づけておいた方がいい」
カロリング魔導国の位置は海をはさんだ南の大陸のほぼ中央にあるという。
海を渡ればもうしばらくはこちらの大陸には戻ってこれなくなる。
プラナッタ王国とは出来る限りもめたくはないと思う反面で、
出来る限りオズマの心残りのないようしてほしいとも思ってはいた。
「…主殿、ご配慮ありがとうございます」
オズマは俺に向き合い頭を下げる。
「ほら護衛中。注意をそらさない」
俺は気恥ずかしさからオズマを叱咤する。
「すみません」
「…それでオズマは心残りとかはあるのか?」
「そうですね心残りですか…あるにはあります…」
横目で見るオズマの表情は少々複雑な表情をしている。
オズマのこのような表情は出会ってから初めて見る。
「やっぱり何かあるんだな」
初めて出会った時からオズマは前にいた七星騎士団にいたときのことを語りたがらない。
俺もその話題にはあまり触れないようにしてきた。
だた今は少しばかり状況が違う。
俺たちが向かう先はカロリング魔導国。
海を隔てた南の大陸の中央部に位置する場所にある国である。
この大陸を出てしまえばしばらくはこちらの大陸には戻ってはこれない。
もう一度この大陸に戻ってくるにしても数年はかかるだろう。
オズマが何か心残りがあるというのなら今のうちに晴らしておいた方が良い。
「実は…」
「あまり話したくなければ話さなくてもいいぞ」
オズマが何か言おうとするのを俺は遮った。
「いいえ。聞いてください、…今から大体二十年前の話です」
オズマは思い出すように語り始める。
「その頃、私はすでに人間界で武術等々を修得し終え、行きづまりを感じていました。
その時に私の前に一人の男が現れ、声をかけてきました。傭兵団に入らないかと」
「はじめは私はその申し出を断りました。
彼らの求めるモノは私の求める強さとはまた別のもの。
私にとってそれは一考にも値しないような提案だったのです
ですが断っても老騎士は私を勧誘し続けました。
あまりにしつこい勧誘に私は自身の本来の姿をその老騎士にさらしました。
その私の姿を見た老騎士は怯む様子すら見せず、それでも傭兵団に入ってほしいと」
「それでオズマは七星騎士団に入ったのか」
オズマは俺の言葉に頷く。
「はい…根負けしたとでもいうのでしょうか。
それから二十年の間、私は老騎士たち十数名とともに戦い続けました。
戦い続けるうちに一人二人と仲間が増えていき、気が付けば百を越える大所帯になっておりました。
そのころから我々の武勇は各地に広まるようになりました」
「冒険者ギルドには登録しなかったのか?」
「…その頃の我々は冒険者ギルドのない東方の地で戦っておりましたので。
あちらでは国から傭兵団が直接依頼を請け負います。
冒険者ギルドに登録したのは大陸西部に流れてきて間もなくのことです」
大陸の東部では冒険者ギルドがないのは俺は初めて聞いた。
あっちはあっちで別の体制がある様子。
「ここ大陸西部にやってきたところ、我々の噂を聞きつけプラナッタという国が
我々を召し抱えるという提案を受けたのです。
老騎士は元々プラナッタの貴族の出らしく、彼の国としても好都合だったのでしょう。
そして、傭兵団から国の騎士団に成りあがることのできる千載一遇の好機。
私たちはその提案を受け入れ、プラナッタの正式な騎士団の一つとなったのです」
オズマの話によればかなりの出世話だ。
国が傭兵団を雇うのは異例とも言ってもいい。
以前に冒険者は騎士団には向かないという話をサルア王国である男から聞いたことがある。
「そして正式にプラナッタの騎士団になって二年後…今から一年前に私を騎士団に誘った老騎士は
私に騎士団を頼むと言い残しこの世を去りました。
私はその老騎士との約束を護り、老騎士の孫を支え、七星騎士団を護ることにしたのです」
「それなら…」
どうしてオズマはその七星騎士団を出る必要があったのか。
「…それからほぼ一年後、私は背後から背中にナイフを突き立てられました」
オズマは俺の言葉を遮るように答える。
急な一言に俺は着いていけず言葉を失う。
「その男は老騎士の孫でした。そのものは涙を流しながら私にこう言いました
私はあなたにはなれない。と」
その言葉に俺は納得してしまった。
その男はオズマに憧れていたのだろう。
だが、オズマは人間からすれば根本から生物としての規格が違う。
いかに近づこうとしても人の身では魔族に近づくことは不可能だ。
その老騎士の孫はオズマという騎士に必死に向き合おうとしたのだろう。
だが、向き合おうとすればするほどその絶対的ともいえる埋められない差を感じた。
それゆえにオズマを殺す、もしくは殺される道を選んだのではなかろうか。
あくまで俺の想像でしかないが。
「その時、私は人と魔族との差違を感じひどく後悔しました。
私は魔でありながら人の社会に深く関わり過ぎたのだと。
そして本来なら関わり合いになるべきではなかったのだと。
その日、私は誰に断ることもなくひっそりと騎士団から抜け出しました」
そのあと俺の護衛をラーベから依頼されてここに至るということらしい。
「…」
俺にはオズマにかける言葉が見つからない。
「…いつまでも人間の騎士団に関わりを持つのは良いことではありません。
少しだけ後ろ髪をひかれることはありますが、彼らとは関わりを断ったほうがよいのでしょう」
オズマは悟ったような表情でそう呟く。
「オズマがそう答えを出したのなら…」
「オズマ君」
俺が言いかけるとアルバが紫色のドレスを纏いこちらにやってくる。
それは誰に見せてたくてやってきたのは一目で丸わかりである。
「ほら、オズマ。出番だぞ」
俺はオズマの背中を押す。
不意に俺は妙な視線を窓の外から感じ振り返る。
視線を感じた場所を見ればそこは屋根である。
ここは三階であり当然誰もいない。
俺は気のせいだったのだと首を傾げ再び視線を戻した。
「あぶねえな…。この距離で気づくのか」
屋根の影には三人の人影があった。
一人は背の高く腕を組んだのっぽの男。もう一人は小太りの男。
最後の一人は背が低い小柄な男。
それぞれは建物の陰になるようにしながら、ユウたちのいる場所を監視していた。
「アレが例の新入りか」
小太りの男がつぶやく。
「…あの新入り、思いのほか感知能力に長けているな」
続いてのっぽの男。
「本当に大丈夫なのか?あの新入りは妙な噂がある奴だぞ?
魔族の六柱と戦ったとか、原初の三女神の一柱を倒したとか…」
小柄な魔族が動揺した声を上げる。
「女神だと?でまかせにしては大きく出たな。
神の園に神霊としてのみ存在する連中がどうしてこの物質世界に出てこれるんだ?
現界するための媒介となるハイエルフは別の次元に封印されているんだぜ?」
小太りの男が声を上げる。
「その通りだ。それに一柱は我々が封印されている間に代替わりしてしまったらしいが、
あの方々一柱でも相手にして生きていられる存在などこの世界に存在するものか」
のっぽの男の言葉に二人は頷く。
「さらに俺の掴んだ情報によればその新入りは元人間だという。
元人間の魔族は元々の身体に縛られる。
魔族になって日の浅いモノが魔族の肉体を制御できるとは思えん。
確かに新入りの魔族については情報が乏しいが、
ブリオン様の配下の俺たちがぽっと出の若造ごときに負けるわけがない」
「…そうだな」
のっぽの男の言葉にに小柄な男と小太りの男は頷き、同意する。
「それにしてもこの二千年の間にあのひよっこのオズマが序列六位とはな。
かつての上位層もずいぶんと腑抜けたものだ」
腕を組みながらのっぽの男が笑い飛ばす。
「今のオズマは知らないが、二千年前の奴ならば知っている。
それに知らないと言っても高々二千年の間だろう?
まだ我々より齢半分以下の小僧に何ができるってんだ?」
一際小太りの男が卑下た笑みを浮かべる。
「その通りだ。計画通り隙があればそのまま奪う。なければ実力行使。
例えかつて同じ眷属だったとしても手心は加えるな。
今後の計画の遂行ためにもこちらの情報は可能な限り知られないほうがいい。
もし俺たちの存在が『北』に知られることになればブリオン様たちの計画の妨げになる」
のっぽの男のその言葉に二人は頷く。
「ブリオン様に栄光あれ」
三人は口々に唱えると再び四人の追跡を再び始めた。




