赤と白の双子がやってきました
俺たちがAランクの昇格についてジャックから話を受けて
ジャックの部屋をノックする音が聞こえる。
「書類をお持ちしました」
そう言ってリティが部屋の中に入ってくる。
「そうそう。換金の話はつけておいた。セポイ商会の商会長アルマーダを訪ねてくれ。
本来なら歓迎会でもしたいのだけどな…」
そう言ったジャックをリティが横から冷めた目で見つめている。
ジャックは横にある書類の山に視線を向け苦笑いを浮かべる。
「オークの一件で出払っていた際に仕事が溜まってしまっていてね。
キミらが滞在する一週間以内には終わりそうにないんだ」
「気持ちだけ受け取っておくよ」
そう言うとユウとオズマは部屋から出ていった。
「今日から正式にAランク冒険者ですか。
これで面倒な仕事が少しでも減ってくれればありがたいのですが」
ジャックは机に戻り、書類に目を通すとサインをペンを動かし始める。
さらさらと途切れない音が部屋中に響き始める。
「リティらしいね。それで君から見た彼らに関しての君の感想は?」
ペンを止めることなくジャックはリティに問う。
「危ういといったところでしょうか」
「危うい?」
ジャックはペンを止めることなくリティに問う。
「理由は二つあります。
通常でありればAランクに至る過程において自然と有力者とのつながりを持つことになります。
それらは時に冒険者自身を護る盾にもなりえます。
サルアには王族とのつながりもあるのでしょうが、距離が離れすぎています。
昨日既にマルフィナとカルバンのチームから彼らについての問い合わせがありました」
「やれやれもう目をつけたか。目ざといな。連中の目的はいうまでもなく引き抜きだな。
…連中には手を出さないように僕から言い含めておく。それで二つ目は?」
「二つ目は『黒獅子』と『勇者』の存在です」
「…さすが僕の右腕。国の諜報機関、顔負けだな」
「…二人の存在を知れば中堅の冒険者パーティ、巨大ユニオンは黙っていないでしょう。
中でも三大ユニオンの『黒の塔』辺りは脅迫じみた勧誘をしかけてくるかもしれません」
「『黒の塔』か。ユニオンリーダーであるファイ・リタラは貪欲な男だ。
だからこそわずか半世紀足らずで『黒の塔』を三大ユニオンにまでに
「その上知っての通りAランクに任命されたという情報は国家間ですぐさま共有されます。
デリスもプラナッタも二人の消息を追っているという話もあります。
最悪、国家間の火種に発展する恐れもありますよ」
リティは険しい表情でジャックに訴える。
「…どうだろうな。もし彼らが真に勇者、黒獅子ならば
この程度の難題解決なら彼らだけでできるんじゃないか?」
「この程度といいますか。
一介の冒険者集団が国家規模の組織を相手にできる話など聞いたことがありません」
「…前例ならなくはない。
リティ、最後にSランクの追加があったのはいつだったか知っているか?」
ジャックの質問の意図が読めずにリティは眉をひそめる。
「…私が生まれるはるか以前だと聞いています」
「Sランクの追加があったのはおよそ五十年前。僕らがこの世に形すら存在していなかったころだ」
「…まさかジャックは彼らがSランクに届き得る存在だと?」
リティは表情をこわばらせる。
「…僕はね。立ち会ってみたいのさ。Sランク冒険者が生まれる瞬間に」
ジャックはペンを止めることなく楽しげに口元を緩めた。
ジャックから金を渡されたあと俺ははればれとした気分で廊下を歩いていた。
ギルド職員らしき人と何度かすれ違った。
会釈をすると会釈を返された。ここには結構な人数が勤務している様子。
窓の外からは太陽の光が差し込み、外からは雑踏音が聞こえてくる。
換金の件は後回しにして少しキャバルを散策してみてもいいかもしれない。
こんな日に都市を散策できると言うのは贅沢な話だ。
俺は背伸びをしてこれからのことに思いを巡らせる。
「オズマ、今日の用事は済んだ。もう一度言うが、別に俺についてくる必要はないぞ」
「実は…今日の朝からわずかですがキャバルに入ってから我々以外の魔族の臭いを感じます」
オズマが俺の脇で囁く。
いきなりのオズマの言葉に周囲を見渡す。
「…オズマ、人間界に出ている魔族に心当たりとかあるのか?」
その言葉に俺は頭を抱える。人間界にいる魔族と言えばいい思い出は無い。
真っ先に思い出されるのはローファンという魔族である。
わずかな時間で千人規模の貴族の私兵を壊滅させている。
一応話ぐらいはしたほうがいい気がする。
「…ここは多くの臭いであふれかえっています。…ただ感じるとしか」
廊下の脇の窓から見下ろすサルアの都市カーラーンよりも人通りは多く、
さらに季節は春で人々は活気付いている。
オズマが優れた嗅覚をもっているとはいえ、この多くの人でにぎわう大都市で
対象を見つけだすというのは困難だろう。
「近づけばわかるか?」
「はい」
「…ならオズマ、俺と一緒にキャバルを見て回るか」
俺は嘆息して肩を竦める。
ローファンクラスとの戦闘になった場合、
自身の魔力が使えない自分一人では対処するのは厳しいだろう。
それに俺は魔族になって日も浅いし、知っている相手も魔族の六柱とオズマ達数名である。
魔族であるオズマが近くにいたほうが話し合いに持ち込める可能性が高い。
また武力の面においても俺とオズマであればよほどの大物でもない限り、
最悪戦闘になったとしても対応は可能だろう。
相手の意図が読めない以上こちらも警戒しておくことにこしたことはない。
もちろんできる限り戦闘にならないようには立ち回るつもりだが。
…のんびりするつもりがうまくいかないもんだ。
「はい」
気のせいかオズマは少しだけうれしそうに見えた。
花のない野郎二人で街を歩き回るというのはちょっと考えものだが。
オズマも機嫌がいいのでまあこういうのもたまにはいいだろうとか思う。
俺たちが階段を下りて一階にやってくるとギルドの受付フロアには人だかりができていた。
通りに面する窓に見物人が群がっている。
何ごとかと思い、人だかりの中心に視線を向けると身綺麗な恰好の女性が二人並んで座っている。
一人は赤と黒の基調のドレス。
髪は燃えるような赤で、滝のようなロールが胸元まで届いている。
顔立ちは整っているが、その力強い瞳からは内面の気の強さが外ににじみ出ているような印象があり、
周囲の人間は興味はあっても近寄れない様子。
もう一人は白と黒の基調のドレスである。
もう一人とは違って違い白い髪が肩までしかない。
顔立ちは整っているもののどこかふんわりとして眠そうな印象をうける。
二人とも姿はこそはにているものの雰囲気が全く違う。
共通しているのは圧倒的なまでの存在感とその身に纏う貴族のような雰囲気だろうか。
しずめ白と赤のバラと言った具合だろう。
俺は関係ないなと思い通り過ぎようとすると、
二人を目にしたオズマの足がぴたりと止まっていることに気づく。
「どうした?」
俺は疑問に思いオズマに声をかける。
「まさか…あの方たちは…」
オズマの視線は確かにその二人に向いている。
俺はそのオズマのしぐさに頭を抱える。
オズマがこう反応するということは間違いなくうちらの関係者であることは間違いない。
こうなるともはや嫌な予感しかしない。
座っていた二人の女性がこちらを見つけると、立ち上がりこっちに向いて歩いてくる。
俺とオズマの前に立ち一瞥すると、俺の前でスカートをたくし上げ、一礼する。
「ごきげんよう。あなたがユウ様ですね。私の名はアルバロア・ファ・ヴィスカリオ。
アルバとお呼びください」
「私はシエルミルス・ファ・ヴィスカリオ。シエルとお呼びください」
「以後お見知りおきを。ユウ様、本日はよろしくお願いいたします」
言い終えると二人は微笑んだ。
ヴィスカリオというのは『北』の魔神の一柱であるはずのラーベの性である。
いきなりの出来事に俺は混乱する。よろしくって何?
そのオズマは頭を下げていて視線をあわせられない。
「それにしても…待ち合わせの時間と場所を決めていなかったのはこちらの落ち度でしたね」
アルバは周囲を一瞥し答える。
周囲にはこちらを囲むように人だかりができている。
「ん?待ち合わせ?」
「おや…?今日、私たちのエスコートしていただける話…ゲヘル様から聞いておりません?」
アルバが首をかしげる。そう言えば昨日、ゲヘルがなんか言っていたような…。
最後の方は上の空で全く聞いていなかったが。
「…そうだ、言われていたな。それにしてもどうやって俺たちの居場所を?」
俺は笑顔を取り繕い、アルバに話を合わせる。
「それは秘密です」
アルバはそう言うと口端を釣り上げると一瞬だけ目が怪しく金色に光る。
俺はその瞬間アルバから魔力を感知する。
これは俺にわざわざ見せたという感じである。
一部の魔族は魔力を隠ぺいする技術に長けていると聞く。
俺も魔力の隠ぺいはある程度できるがこのアルバほどうまくは行えない。
さすが魔族の一柱のラーベの娘だろう。
「すげえ、貴族の娘と対等に話してやがる」
「あの男、たしか昨日二人の美女を侍らせていたよな」
「なんて節操のない」
「羨ましい」
周囲の男どもからは俺に嫉妬の視線を向けられる。
女たらしの印象を持たれた様子。俺の評価がダダ下がりである。
まあ、最も別に評価など俺は気にはしていないがギルド内でのことだ。
あのジャックにも当然耳に入るだろう。
…なんだろう。すでに頭が痛い…。
オズマに視線を移せば要らぬ俺への誹謗中傷に不穏な空気を醸し出している。
ここにいるのはいろいろとまずい。というか俺の精神衛生上よろしくない。
人だかりもできているし、冒険者ギルドの業務の邪魔になりそうだ。
「と、とにかく外に出ようか」
俺たちは二人の手を取って人垣をかき分けてギルドの外に向かった。
この時俺は突然の予期せぬ出来事にオズマの言葉を頭の隅に追いやってしまっていた。




