兆し(side:ジャック)
二部になります。今回は冒険者ギルドに焦点を絞った話になります。
もしよろしければお付き合いください。
街道沿いの街ヒューリック。コルベル連王国の街道沿いにある街である。
そこは街道の要所の一つとなっている。
北に向かえばヴォルゲン渓谷があり、そこを抜ければサルア王国に出る。
南に向かえばコルベル連王国の王都キャバルに向かう。
街道を覆う雪が解けるこの時期、コルベルからサルア王国に向けて商隊が次々と通る。
ヒューリックの街の中の冒険者ギルドにひょろっとした優男がやってくる。
身長はそれなりに高く、表情には笑みを絶やさない。ひょろっとした二枚目である。
そんな彼が冒険者ギルドのゴロツキの中を我が物顔で歩いていく。
その慣れた物腰にギルドの面々の視線が集まる。
「どんなご用件でしょうか?」
ギルドの受付嬢が来訪者にいつもの対応を見せる。
「悪いが至急エルゴにつないでくれ。例の件でやってきたと言えば伝わる」
その男は胸に付けたギルドのバッジを見せる。
「まさか…王都キャバルのギルドマスタージャック・リート様?」
受付の女性が驚き、頭を下げる。受付嬢の声に周囲がざわめく。
普通王都のギルドマスターがやってくることなどまずないからだ。
受付嬢が奥の部屋に走っていく。
しばらくするとその受付嬢は息をきらせて戻ってきた。
「どうぞ、こちらへ」
受付嬢は立ち上がり男を奥の部屋に案内する。
「ようこそおいでくださいました。ジャック・リート様」
案内された部屋では恰幅の良い男が、ジャックを出迎える。
「エルゴ、いきなり来て悪いな」
ジャックはヒューリックのギルドマスターであるエルゴと握手を交わす。
都市のギルドマスターと街のギルドマスターでは明確な立場の上下がある。
コルベル連王国の王都のギルドマスターといえば、それ以上の立場の者は本部の数人ぐらいだろう。
大きな裁量や人事権を持ち、王国の重鎮にも顔が効くという。
「手紙を読んだよ」
ジャックは客用のソファーに腰かける。
「昨日手紙を送ったばかりだというのに対応が早いですな」
エルゴは机から数枚の書類をジャックにそっと手渡す。
「手紙を受け取ってからすぐさま馬を走らせてここまで来た。体がばきばきだ。
現役を離れたことを思い知るな」
ジャックは苦笑いを浮かべながら、差し出された書類に手をのばす。
「…私もその報告を受けたとき驚きました」
「ああ、さすがにこれは放置できない。目先に迫る一番の厄ネタだ」
ジャックは差し出された茶を飲みながら書類に目を通す。
「…場所はここから東のクタの村か。対応はどうしている?」
「はい。目撃した商人には口止めし、ここの周囲を警護している領主、騎士団には伝えてあります。
大きな混乱がないように疫病が発生しているということで
クタの村に商人や渡航者に向かうのを禁じております。
加えて念のために数人の腕利きの冒険者をギルド待機させております」
「見事な対応だ」
ジャックは微笑む。
「恐れ入ります」
エルゴは頭を下げる。
「問題はこの冬の間にどれほど連中の規模が増大したのかだが…。
…こればかりは自分で見てきた方が早いか」
ジャックは厳しい表情で告げる。
「まさかお一人で向かわれるつもりですか?」
「ああ、直に見たほうが早いからな」
「幾らあなたでも単独では厳しいのでは?何ならうちのギルドから…」
「大丈夫だ。付き添いはいらない。こういった仕事は現役の頃から得意でね。
万が一俺が三日以内に戻らなかったときはこの書状をキャバルに送ってくれ」
ジャックは懐から書状を取りだす。エルゴはその書状を見て顔色を変える。
「これは国王に対する軍の派遣要請…まさか軍を動かすつもりですか…!!」
軍を動かすとなればそれこそ戦争ものである。
エルゴは一介のギルドマスターがこれほどの裁量を持っているということに驚愕する。
「事態は一刻を要する。早急に対処しなくては最悪この周囲一帯の村や町は全滅するぞ。
幾つかの有力なユニオンにはもうすでに声をかけてある」
「…はい」
緊張を帯びたジャックの声にエルゴは頷き返す。
「それじゃ、そっちはよろしく頼む」
にこやかな笑顔とともにジャックは部屋を出ていく。
「ジャック・リート…噂以上のお方だ」
残されたヒューリックのギルドマスターは一人つぶやく。
ジャックはヒューリックの街を一人歩く。街は平和なもので多くの人が行きかっている。
クタの村まで距離的にそれほど遠くない。ジャックは走って向かうつもりだった。
「この場はエルゴに任せておくか。彼なら大丈夫だろう」
アレが溢れ出せば被害は最悪のものになる。
今平和なこの街も数日後にはその様を激変させるだろう。
ここに先ずやってきたのはここのギルドマスターがどんな人間か。
有事の際に頼れるかどうか把握しておくのが目的であった。
偵察から戻ってきた後には必要兵力の算出、周囲の村々への避難勧告、防衛ラインの構築。
さらにコルベル連王国への報告。考えるだけでもぞっとする仕事量が待ち受けている。
「…まったく、厄介ごとは重なるものだな」
ジャックはため息をつく。他にもかなりやばい案件が二つだ。
どれもコルベルを根幹から揺るがしかねない。その処理中にこれだ。全くやってられない。
ジャックは一人愚痴る。
気が付けば周囲の人々がざわついていた。
見れば街道にいる人々の視線が道を歩く冒険者の一団に向かっている。
その冒険者集団の中の金髪の先祖返りが人々の目を引いているのだろうか。
ここでいう先祖返りというのはエルフの先祖返りである。
この世界ではエルフという種族はかなり昔に絶滅したと言われている。
稀に辺境の地にその特徴を受け継いだ人間が生まれるのだと言われている。
「…先祖返り?へえ、驚いたな。伝承に聞くハイエルフと同じ容姿じゃないか」
ジャックは遠目からその先祖返りを観察する。
輝くような金色の髪に、エルフ特有の長い耳、エメラルドを思わせるような深い緑の瞳。
それでいて透き通るような白い肌に整った顔立ち。
まだ幼さは残るがもう三年もすれば絶世の美女と言えるぐらいの存在になるだろう。
もし人買いに売りに出せば金貨十万枚以上の値がついてもおかしくはない。
ジャックはそれを囲うようにしている四人の冒険者に目を向ける。
ジャックはそこで友人からの手紙を思い出す。サルアで噂になった五人のパーティ。
春にはコルベルにやってくると書いてあった。
友人の話してくれた方角、人数、背格好すべて一致する。間違いないと思うべきだろう
彼が冒険者の中で一番目を引いたのは黒い鎧をつけた男だ。
明らかに黒い鎧を着た男は遠目から見ても訓練を受けた人間であるとわかる。
歩いているだけなのに体の重心の移動がスムーズである。
その上、隙がまるでない。相当鍛えられている。ここまでの逸材はいつぶりか。
他のメンバーも二人ヤバいのがいる。
銀の髪に白銀の鎧をつけた女騎士。
二本の剣を両脇に差し、カラスを肩に乗せた若い男。
二人とも気配の鋭さが尋常じゃない。
もう一人いるが…その者からは何も感じられない。一般人だろうか?
その一行とジャック自身の向かう方向と一緒である。ジャックは内心喜んだ。
「…うまくいけば戦力になるかもしれない」
ジャックは淡い期待を抱き、そのパーティの後をつけることにした。