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その頃侍女だった女は

 ラインステラことエアリエルは不満を覚えていた。

 何故ならこの国に来た初日以降、婚約者である王太子にちっとも会えていなかったからである。会った瞬間に恋に落ちたアルフォンスの容姿を思い出して、ニヤニヤと下品な笑顔を浮かべていたのも数日。

 全く会いに来ない彼は結婚式の衣装合わせも顔を出してくれなかったし、お茶会へ誘っても多忙を理由に断られ続けていた。

 元々政略結婚であり、しかも戦争に負けた人質として嫁いできた身であるのに、そんなことをエアリエルは少しも理解していなかった。

 婚約者である自分を蔑ろにしていると露骨に喚き散らし、終始不機嫌な様子を隠しもしない彼女は侍女達に横柄な態度を取り、八つ当たりで暴力まで振るっていた。

 そのため怯えた侍女達は用事のある時以外彼女の部屋へ行くのを嫌がり、エアリエルの不満は益々募っていった。


 そんなある昼下がりのこと。

 漸くアルフォンスが茶会の誘いを受けてくれたので、指定された後宮にある庭園の四阿へ向かう途中だった。皇太子と2人きりになりたくて、付き従う侍女を庭園の入り口に待機させ咲き誇る薔薇の生垣を抜けて1人四阿へ向かっていると、お茶の用意をしている侍女達の会話が聞こえてきた。


「ねえねぇ、今日アルフォンス殿下は来ると思う?」

「来ないわね」

「そうだよね~。あーぁ、また癇癪起こすのかしら。本当ウザいわ」

「敗戦国の王女の分際で何様ってかんじよね」

「それなんだけど、あの方って本当に王女様なのかしら? 何というか気品がないのよね」

「あ~それ私も思った! 所作もイマイチだし、本当にあの女神の加護の国リンドブルムの王女なのか疑問だったの!」

「見た目もなんか華やかさがないのよね? 良くて中の上ってところ?」

「なんかやたらと自分がキレイなことアピールしてくるけど貴女、並ですよって言いたい」

「言えてる~!!」

「アルフォンス殿下が会いにこないのも当然だよね~」


 王女なのかと疑われたことにサッと顔色が悪くなったが、それよりも自身に魅力がないからアルフォンスが来ないと言われたことにエアリエルはカッとなって、怒鳴りつけるべく姿を現そうとしたがその手をグイっと引っ張られた。


「美しい王女様、彼女達は侍女とはいえこの国の貴族の令嬢だ。叱りつけて恨みを買われたら、どんな嫌がらせを受けるかわからないぜ?」


 貴族の令嬢が行儀見習いのために王宮に上がるのは自国でもよくある話だった。

 かくいうエアリエルだって子爵令嬢だ。だがいくら貴族の令嬢とはいえ、今は王女である自分に対する不敬を容認することはできないと、腕を掴んできた目の前の男を睨みつける。


「皇族に対し不敬な物言いをする者を叱りつけて何が悪いのです?」

「我が国の皇族ならな。でもアンタはまだ皇太子の婚約者の身分でしかも敗戦国の王女だ。言いたいことは正式に皇太子妃になってからの方がいいと思うが? それとも彼女達の言い分に何か痛いところでもつかれたか?」


 一瞬眉を顰めたエアリエルだが、男はそのことには気づかずに自分の姿を舐めるような目つきで見ていた。その視線にエアリエルは覚えがあった。

 初めは子爵家へ出入りしていた商人の息子、見習いの庭師、貴族学校の教師に先輩、友人の婚約者、エアリエルをそんな目で見てきた男たちに身体を許すと、彼らはみんな自分の言いなりになった。気に入らなければ自分に触れるのをお預けにすると大抵どんな我儘も通った。


 それならばとエアリエルは値踏みするように男を眺める。

 そこでこの男の容姿がやけに整っていることに気が付く。

 不敵な笑みを浮かべているが、切れ長の目元と端正な顔立ちで黒髪を無造作に後ろへ撫でつけただけの髪型をしており、服も着崩してはいたがよく見れば高級素材でできた物で下品に見えずこの男のワイルドさを引き立てていた。

 男を見たエアリエルは、悪くないと思った。

 この男を篭絡してラインステラを葬ってしまえば、とりあえず最大の憂いはなくなる。王女に成り代われて浮かれていたのか放逐するだけに留めたが、やはり本物が生きてこの国にいると思うと不安になってきていた。だから掴まれた腕にわざと胸を押し付けて妖艶に微笑んだ。


「ところで貴方は?」

「俺?」

「ええ。後宮の庭園にどうして男性がいるのかしら? それといい加減、離してくださらない?」


 そう言って扇の端でトントンと掴んでいる腕を叩けば、男は少し顔を赤らめて手を離し優雅に跪いた。


「私はこのバスティーヌ帝国で伯爵位を賜っておりますルドベック・インセクトと申します。こちらの庭園へは皇太子殿下の遣いで参りました」

「アルフォンス殿下の?」

「はい。殿下からラインステラ様へ伝言があります。『本日の茶会は諸事情により行けなくなった』ということです」


 先程の粗野な口調から一転して丁寧な物言いになったルドベックを揶揄うように見つめていたエアリエルだが、彼の言葉を聞いて一瞬で形相が険しくなる。苦虫を潰したような表情になったエアリエルは、思わず側にあった薔薇の枝をむしり取っていた。


「痛っ!」

「大丈夫か?」


 エアリエルの指に刺さった棘をルドベックが慎重に引き抜くと、途端に赤い血が染みだす。ルドベックはじっとエアリエルを見つめたままその血をペロリと舐めとると、ニヒルな笑みを浮かべて耳元で囁いた。


「俺ならこんな美人な婚約者を放っておいたりはしないけどな」

「あら、そう?」

「そうだな。この勝気そうな顔もいやらしそうな腰も俺好みでそそられる」

「皇太子妃に向かって不敬よ?」

「まだ婚約中だから妃ではない。それにアンタ寂しいんだろ? ずっと触れられたくて仕方ないって顔してるぜ」

「なっ! んっ!!!」


 抗議の声をあげようとしたエアリエルは後頭部を抑えつけられ、強引に唇を奪われる。エアリエルが抵抗を見せたのはほんの僅かだけで、ズルズルと繁みの奥へ引き摺られる頃にはルドベックの激しい口づけに自ら答える有様で、そのまま快楽を貪った。


 それからは何度も逢瀬を重ねた。

 敗戦国の王女で皇太子妃になるにも関わらず、エアリエルにはあまり監視の目が多くなかった。それをいいことに中庭や自室、果ては暗がりの廊下の隅などで享楽に溺れた。見目麗しく帝国の貴族であるルドベックが自分に夢中になっていることに、優越感が満たされエアリエルはどんどん傲慢になっていった。

 ルドベックは口は悪いがエアリエルの望むことを叶えてくれた。口づけもそれ以上のことも、ルドベックはエアリエルが欲するままに楽しませた。

 そして結婚式の前日、ついにエアリエルはルドベックへラインステラの暗殺を強請ることにして、逢瀬の前に焦らすように彼へ話をした。


「エアリエル? あぁ、リンドブルムから一緒に来たっていう侍女か?」

「ええ、そうよ」

「その侍女がどうかしたのか?」

「殺してほしいの」

「は!?」


 唐突に殺人の依頼をしてきたエアリエルに流石のルドベックも眉を寄せたが、エアリエルは間髪入れずに捲し立てる。


「だって、あの娘ったら酷いのよ?」


 そう言って、自分がこの国へ来る途中でいかにあの侍女から嫌がらせを受け惨めな気持ちになったかを、怒涛の如く吐露した。


「あの娘、私が醜いと言ったの!」


 実際、醜いと言ったのは自分だがそんなことはおくびにも出さない。


「本当は不敬罪で捕らえたかったのだけど、可哀想だから放逐するだけに留めたの。でも侍女の話だと宰相の家で幸せに暮らしてるって聞いて…私のこと侮辱したのに、何の罪にも問われないなんてやっぱり許せない!」


 うるうると瞳を潤ませて上目遣いにルドベックを見上げる。ここで胸の谷間を強調することも忘れずグッと寄せ上げ、更にルドベックの腕へしなだれかかる。


「ね? お願い」


 このお願いで陥落しない男はいないとエアリエルは過去の経験から学習していた。

 そしてそれは目の前で渋面を作っているルドベックも例外ではなかった。殊更に胸を押し付け彼の手をとり指へ口づければ、待ちきれないとばかりにルドベックがエアリエルのドレスの紐をほどきはじめた。


「わかった。きっと宰相は明日の結婚式には終日外出しているだろうから、公爵邸へ忍び込んでお前の憂いを取り除いてきてやるよ」

「本当!? さすが私のルドベックね。ご褒美に今夜はいつもより激しくさせてあげる」

「そんなこと言っていいのか? 式は明日だろ?」

「だから痕はつけないようにね」

「皇太子はお前が初めてじゃないって気づいて激怒するんじゃないか? 最悪、拷問されるかもしれないぞ?」

「拷問? 何それ? 心配しなくても大丈夫、上手くやるわ。皇太子妃になってもルドベックとの関係は続けてあげる」

「拷問を恐れないとは、俺のお姫様は随分と強かだな」

「そうかしら?」


 うふふと笑って身を委ねたエアリエルに、ルドベックは不敵な笑みを浮かべた。


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