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真実の姿

 ヘーゼル公爵邸に来て数日が経った頃、ラインステラは16歳の誕生日を迎えた。

 その日、宰相であるラインハルトは昼前に帰宅し、ラインステラと共に昼食を摂ると大きな姿見がある衣裳部屋へ彼女を誘った。


「ステラは今日は鏡を見たかい?」

「? はい。今朝身だしなみを整えるために見ましたけれど?」

「その様子だとそれ以降は見ていないようだね」

「あまり鏡を見るのは好きではないので…」


 鏡を見ると、どうしても自分の醜い容姿が目について気落ちしてしまう。リンドブルム王国では侍女や国王の愛妾などに散々貶されてきたのもあって、あまり鏡を見ないようにする癖がついていた。

 ラインハルトは会う度に可愛すぎて心配だと零していたが親の欲目だろうと思っていたし、魔法のせいだと思っても、王国の宝石と言われた母にも、齢をとってもいつまでも貴公子然とした素敵な父にも、少しも似ていない自分が嫌で仕方がなかった。それにこんな自分に優しくしてくれる父に申し訳ない気持ちでもいた。

 俯いてしまったラインステラの手をとりラインハルトは姿見の前に娘をエスコートすると、全体の姿が映し出される位置にまで彼女をそっと押しやった。


「今日の午前中に漸くステラの戸籍を帝国へ移すことができた。これでステラは晴れてバスティーヌ帝国民だ。さぁ、鏡で自分の姿を見てごらん?」


 ラインハルトに促されるまま鏡を覗いたラインステラは、自分の姿に呆然とする。


「…!! これが…私?」


 鏡に映し出されたのは、星屑を纏わせたような輝く銀色の髪と深い海のような穏やかな濃紺の瞳をした美しい女性であった。真っ白で滑らかな肌は象牙のようで、縊れたウエストは以前のままだったが骨ばってはなく、その上には豊かな膨らみがある。今朝着た時には似合わないと思っていた淡い水色のドレスが、今はしっくりとラインステラに似合っていた。


 驚くラインステラが口元に手をやると、鏡の中の美女も同じように手をあげる。目の前で起こっている事実が信じられなくて、鏡の前で何度もぎこちない動作を繰り返すラインステラに父は渋い声で呟いた。


「リンドブルムの者達に君がどう見えていたのか私は知らないけれど、ステラのその様子を見るとリムステラのかけた魔法は完璧だったようだね」


 娘が醜い外見のせいで王女として顧みられることのなかったリンドブルムでの生活に、複雑な面持ちを見せるラインハルトへラインステラは困ったように笑った。


「でもお母様のその魔法のおかげで私はこうしてお父様の国へ来ることができました。きっとこの姿のままに見えていたら国王に何をされたかわかりません。あの人はお母さまに酷く執着していましたから」

「そうだね。君は瞳の色は私譲りだが顔立ちや髪色はリムステラにそっくりだ。辛い想いをさせてしまったが、無事にステラをこの国へ迎えることができてよかった。リムステラとの約束を果たすことができてよかった…」


 ぎゅっと愛娘を抱きしめたラインハルトを、労わるようにラインステラが父の背を撫でた。そうして暫く抱擁したのちにポンポンと娘の頭を叩くと、ラインハルトは茶目っ気たっぷりにラインステラへ囁く。


「ところで、これで私が何度もステラを可愛いと言っていたことが真実だと気が付いてくれたかな? 尤も我が娘は中身も外見に負けないくらいに可愛いけれど」


 娘の顔を覗き込みながらラインハルトが訊ねると、ラインステラは自分そっくりな濃紺の瞳を瞬かせて呟いた。


「お父様が私を可愛いと仰るのは親の欲目だと思っていましたから。この屋敷に来てから執事さんや侍女さん達に綺麗だ美人だと褒めていただいて嬉しかったけれど、鏡で自分の姿を見るたびに全然信じられなくて…きっと彼らは優しいから私を憐れんで言ってくれているんだと思っていました」

「そんなことはないと解っただろう?」

「ええっと…。そうみたいです…。自分で言うのも何ですが鏡に映る私はとても…その、キレイダトオモイマス…」


 そう言って真っ赤な顔をしたラインステラを、ラインハルトはさも愛しいというようにまた抱きしめる。

 そこへ呆れたような声がかかった。


「いつまで抱擁しているつもりですか?」


 ラインハルトが振り返ると、そこには侍女長がいつもの無表情で公爵家の侍女と共に入室してくる所だった。


「皇帝陛下と皇太子殿下がお待ちです。お嬢様のお仕度をしますので公爵は退室をお願いいたします」


 ピシャリと言われたラインハルトは名残惜し気にラインステラから手を離すと、普段の怜悧な表情に戻り声音を固くする。


「ステラ、これから例の儀式のために着替えて中庭へ来てほしい」

「! 承知いたしました」


 父親が言った例の儀式が『女神の加護』のことだと悟ったラインステラの顔に緊張が走る。

 ラインハルトはそんな娘に大丈夫だというように頷くと、彼女を侍女長へ任せて退室して行った。


 ◇◇◇


 バスティーヌ帝国ヘーゼル公爵邸の中庭の中央には小さな泉を模した噴水があり、その周りは木々が生い茂り外部の目を完全に遮断していた。

 人払いをした中庭にはこの国の皇帝と皇太子が並んで立っており、その前を侍女長に手を取られた美しい女性がゆっくりと歩いて噴水の前で待つこの館の主である公爵の所まで向かっている。


 シンプルな白のワンピースを身に纏ったラインステラは、女神の化身かと思うほどに美しく清浄でアルフォンスは瞬きを忘れるほどだった。

 長かった前髪は公爵邸へ着いた時に短く切り揃えられて、彼女の美しい顔を曝け出している。


 程なく公爵の元までたどり着いたラインステラは父親に軽く頷き噴水の傍らへ膝を折ると、胸の前で手を組み大地へ平伏した。


「あまねく大地を統べる女神よ。我は御身の加護を授かる者の末裔なり。願わくば我が声を聞き届け、この地へ豊穣なる恵みを与えんことを」


 遠い昔に母から教えてもらった儀式の言葉、リンドブルム王国へ使用することに抵抗があったため薄らとしか覚えていなかったその言葉は、父から真実を聞かされたあの晩から何度もこっそり練習したので、澱みなくラインステラから紡がれた。


 ラインステラの言葉とともに、天空から一筋の光が射す。

 それをラインステラの身体が纏うと光はすぐに四方へ弾け飛んだ。

 心配そうに娘に近寄ったラインハルトへ顔を上げたラインステラが、にっこりと微笑む。


「お父様、女神様は応えてくださいました。これでこのバスティーヌ帝国は天災に見舞われることがなくなり、鉱山では希少な鉱物が採掘できるようになるでしょう」

「ステラ、お疲れさま」


 労わるように娘の髪を撫でる宰相の元へ、皇帝と皇太子が歩み寄る。


「ラインステラ、バスティーヌ帝国皇帝として礼を言う。ありがとう」

「さっきの君は神々しくて本当に女神みたいだった。ラインステラが私の婚約者なことを誇りに思うよ」


 皇太子の言葉にラインステラは微笑み、宰相は笑顔を引き攣らせた。


「殿下はこのままあの偽王女と結婚してくださってもよろしいのですが?」

「宰相! それはないだろうが!」

「そういえば偽王女との茶会を悉く断っているとか? 断罪するまでは婚約者として接していただかないと。いくら脳内がお花畑といっても変に警戒されたら困るのは殿下ではありませんか? 確かあの侍女への断罪は殿下自ら下すと豪語されたと思ったのですが?」


 宰相の言葉にアルフォンスはムっとしたが、すぐにニヤリと黒い笑みを浮かべると後ろに控える侍女長を振り返った。


「その点ならば問題ない。例の虫は接触に成功したのだろう?」

「はい。花は虫を誘いこむものですから。後宮の警備の者達にも、虫を見ても追い払うなど無体な真似はしないように言い含めておりますわ」

「虫が花に引き寄せられるのは仕方ないものな。その虫が被虐趣味なのか加虐趣味なのかはわからんが…」


 侍女長の答えを聞き瞳に仄暗い色を灯した皇太子に、宰相は溜息を吐きつつもどこか楽しそうに皇帝を仰いだ。


「陛下、どうやら殿下は何かよからぬことを企んでいるようですよ」

「そのようだな。我が息子ながらえげつないことを考えそうで楽しみ…おっと…心配だ」

「本音が漏れておりますわよ、陛下」


 キョトンとするラインステラを他所に黒い笑顔をした3人が嗤い、侍女長は窘めつつも口角をあげた。



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