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王女の秘密

「お初にお目にかかります。リンドブルム王国第一王女ラインステラ・リ・テ・リンドブルムでございます」


 バスティーヌ帝国王宮へ通されたラインステラとなったエアリエルは帝国皇帝と皇太子へ挨拶を交わすと、目の前で繰り広げられる歓迎の宴の華やかさに頬を紅潮させ興奮を抑えるのに必死だった。

 チラリと皇族席を伺えば金髪碧眼の皇太子と目が合い、恥ずかしさのあまり目を伏せる。


 引き合わされた婚約者であるアルフォンス皇太子は物語から出てきたと思われる程の美貌の持ち主だった。後ろへ流された金髪は艶めかしく輝き金を帯びた碧眼の目元は涼やかで一見冷たい印象を受けたが、笑うと蕩けてしまいそうな優しい顔立ちになった。背はスラリと高く体躯も引き締まっているが細すぎというわけではなく、立ち居振る舞いも優雅で美しく、ラインステラことエアリエルはたちまち虜となってしまっていた。

 醜いラインステラを妃にと望む位だから皇太子の容貌については諦めていたエアリエルだったが、これは嬉しい誤算であった。


 皇太子だって本物のラインステラを娶るより自分の方が何倍も嬉しいだろうと勝手に思い込み、ラインステラに対する罪悪感は微塵もなかった。当初は人質だろうと皇太子妃として多少贅沢な暮らしが送れればいいと思っていたが、こうして歓迎の宴も開いてくれていることからきっと自分が考えているより数段上の生活を送れる上、あんなに素敵な伴侶まで手に入りゆくゆくは皇后となれるなんて、あの時リスクを冒して入れ替わりをして正解だったと扇の下でほくそ笑んでいた。


 ◇◇◇


 一方、本物のラインステラは侍女のエアリエルとしてこの国へやってきていた。

 ラインステラになったエアリエルは王宮へ到着早々、挨拶へ来た侍女長に自分の侍女の至らなさを詰った。せっかく父王がつけてくれた侍女だが、若いばかりで気が利かず虚言癖まであるので辟易してしまったから自分付から外して平民として城外へ放逐してほしい、と言いだした隣国の王女に侍女長は目を丸くしたがその場は一度エアリエルを連れて退出し、自分の部屋で待機させると自身は宰相の所へ向かった。


 現在バスティーヌ帝国では皇后は亡くなっており、皇帝が側妃も愛妾も娶らなかったため侍女長が後宮の管理をしていた。しかし今回は他国の王女に係わることなので、宰相に話をしておいた方がいいだろうと侍女長は判断したのだった。


 帝国がまだ王国と呼ばれ小国だった頃から公爵家として国の中枢へ仕えていた宰相は、元近衛騎士団長の経歴を持つ武断派の人間だったが文官としての能力も優秀だった。

 小国だったバスティーヌ王国がここ十数年で大きく版図を拡大し、帝国と称するようになったのは彼の功績によるものと言っても過言ではなかった。


 侍女長の話を聞いた宰相は一瞬眉を寄せたが、すぐに元の怜悧な顔つきに戻ると侍女長に向き合った。


「あの王女は自分が人質としてこの国へ来たことを理解しているのだろうか? 王国の侍女を付けてこさせたのは1人では心細いだろうからという配慮だったのに。それともよっぽどその侍女の態度が酷いのだろうか? リンドブルム王国はそんな者を王女の付き人に選んだのか?」

「私が拝見したところエアリエルと申す侍女の容姿は、まるで女神のように美しく所作は優雅で王女への対応も多少臆しているようでしたが、そこまで酷いものではないように見受けられました。どちらかと言えばラインステラ王女の方がエアリエルを目の敵にしているというか…ただ王女いわく虚言癖があるとのことだそうですので」

「虚言癖ね…どっちが嘘を吐いているのやら…」

「え?」

「いや何でもない。そうだな…不要というのであればその娘は我が屋敷で引き取ろう。王女付きの侍女としてきた者を市井へ放り出すわけにはいくまい。職務が終わり次第迎えに行くからそれまで侍女長の所で預かっておいてくれ」

「さようですか。では早速そのように手配いたします」


 退出した侍女長を見送った宰相が怜悧な顔を一変させ、特大のガッツポーズを作った後に黒い笑顔を浮かべていたことなど誰も知るよしもなかった。


 ◇◇◇


 王女を歓迎する華やかな宴が終わり、招待客が引き上げ使用人達が後片付けを終えた王宮はひっそりと静まり返っていた。


 その王宮の回廊にコツコツと足音が響き、後宮に近い一室の前で止まると宰相はコンコンと扉をノックする。

 部屋の中から返事が聞こえ扉が開かれると、そこにはエアリエルのお仕着せを着たラインステラが侍女長の後ろに屹立していた。

 宰相は侍女長の脇をすり抜け一直線にラインステラへ近づくと躊躇いなく彼女を抱きしめる。抱きしめられたラインステラも堪え切れないように宰相の背中へ腕を回した。

 突然のことに『歩く冷静鉄仮面』と呼ばれている侍女長が、開いた口を塞ぐことができずにアワアワしながらも声を荒げた。


「な、な、何をなさっておられるのです!? 帝国宰相ともあろう貴方が、何故隣国の王女付きの侍女にそのようなことを!!?」

「…あ…ごめん。つい」

「つい!?」


 絶句する侍女長に宰相が照れたように頬を掻く。その顔はどうしようもない位に緩みきっていた。

 いつも怜悧な面持ちで並み居る美姫達を寄せ付けない宰相がいきなり女性を抱きしめただけではなく、こんなに蕩けた顔になっていることに侍女長は悪夢を見ているようだった。


 バスティーヌ帝国宰相ヘーゼル公爵ラインハルトは40歳を超えた今でも独身だ。アッシュブロンドの髪に濃紺の瞳の端正な顔立ちで、壮年となった現在でも彼と結婚を望む令嬢が大勢いるほど女性に人気があったが、彼は自分が愛した女性は生涯1人だけだと豪語し、どんなに好条件な女性でも近寄らせなかった。

 地位も身分も容姿でさえも優れている彼がたった1人の女性に生涯をささげている姿を侍女長としては、貴族の血を残す義務の放棄はともかく、好意的に思っていた。だからいくら美しいとはいえ、宰相の想い人である女性がこんな若い小娘だったという事実にショックを受けた。

 侍女として奉公に上がって30年、敵国に王宮が侵略されそうになっても、皇后が亡くなり皇帝が暫く引きこもってしまっても、皇太子がお忍びで城下へ行って怪我をして帰って来た時も、毅然とした態度を崩すことがなかった侍女長は遠くなる意識を懸命に繋ぎ止めながら呆然と呟いた。


「宰相殿はロリコンだったのですね…」


 ポツリと零した侍女長の言葉にエアリエルと名乗った侍女が慌てて口を開く。


「侍女長様! 違うんです! 父なんです!」

「ち…ち、乳?」

「いえ、そうではなくて父です! 父!! お父様なんです」

「お父様!? パパ!? パトロンってこと!?」

「違くて!! あぁ! お父様、どうしましょう…」

「あはは。侍女長のこんな姿を初めて見たよ」

「お父様! 呑気に笑っていないで侍女長様の誤解を解いてあげてください」

「碁会? 東洋の? そこで知り合ったのですか…」

「侍女長様~!! 戻ってきてくださいー」

「ちょっとお邪魔するよ~」


 ラインステラが宰相の腕から離れ、混乱を極めた侍女長を軽く揺すっていると不意に部屋の扉が開かれ呑気な声がした。

 ノックもなく入室してきた人物を見た侍女長が急激に現実に引き戻される。


「こ、皇帝陛下! な、何故このような所に!?」

「俺もいるのだが?」


 皇帝陛下の後ろからひょっこりと顔を出したのはアルフォンス皇太子だった。

 その姿を見た侍女長が盛大に眉を顰める。


「アルフォンス殿下!? 殿下はラインステラ王女の元へ就寝の挨拶へ行っている筈では?」

「こんな深夜にあんな女の寝所へ行くのは御免被る。今日の式典の間中チラチラチラチラこっち見てて気持ち悪かったから、目の前のパイでも顔面に塗ったくってやろうかと思っていた位だ! パイをぶつけた顔を想像したら今度は笑いをかみ殺すのに苦労したけどな。ともかく俺はあんな女との結婚なんてクソくらえだから挨拶なんて行かない!」

「まだそのような我儘を言っておられるのですか? 政略結婚とはいえラインステラ王女は単身敵国だったこの国へ嫁いできたのですよ? 殿下が婚約者である王女を労わってあげなくてどうするのです!」


 ピシャリと皇太子を注意した侍女長に、皇帝と宰相は目配せしゆっくりと頷いた。


「侍女長、貴女のその真っすぐな気性をリアナは良く褒めていた。亡くなる直前にもアルのことを貴女に必死に頼んでいたのを昨日のことのように思い出すよ。貴女のお陰でアルはとてもいい子に育ったと思っている。猫を被っていない時の言葉使いが少々悪いのが残念だけれどね。だから私達は貴女には秘密を打ち明けてもいいと思ったんだ」

「陛下?」


 リアナとは亡くなった皇后の名でアルはアルフォンスの愛称である。

 亡くなる直前まで1人息子を気にかけた皇后のために、侍女長はアルフォンスを厳しくも優しく育てた。美辞麗句だけを並べて養育しても皇太子のためにはならないので、周囲から不敬に当たるのでは? と眉を寄せられても、アルフォンスのためになることなら躊躇なく叱咤しその分深い愛情を注いだ。

 その甲斐あってアルフォンスは今や完璧な皇太子として立派に職務を熟し、言いよって来る貴族の令嬢たちのあしらい方もスマートだった。だからアルフォンスが「捌け口」と称して、皇帝と侍女長の前では途端に子供っぽい態度と模範的とは言えない言葉遣いになるのは大目にみていた。


 それにしてもこんな時間に皇帝と皇太子、宰相まで揃ってこんな部屋で密談するなど有りえないことだ。密談なら普通執務室で行う。それに皇帝が発した「秘密を打ち明ける」という言葉にゴトリと心臓が鳴る。この面子での秘密とは国家レベルのことだとは容易に推察された。

 ただこの場にそぐわない者がいることに侍女長はチラリと彼女を見やった。

 侍女長の視線を受けて所在なく目を伏せたエアリエルの頭を宰相が優しく撫でた。

 その様子に先程は気がつかなかった親愛のようなものを感じて、侍女長は眉を寄せる。

 宰相は髪を撫でていた手を離すともう一度エアリエルを抱きしめた。


「おかえり、私のラインステラ」


 そう言った宰相はラインステラと呼ばれたエアリエルに極上の笑みを浮かべた。


「ラインステラ?」


 混乱する侍女長の肩を皇帝が優しく叩く。


「彼女がリンドブルム王国の本当の第一王女ラインステラだよ」

「…は?」

「そして我が国の宰相であるヘーゼル公爵ラインハルトは彼女の実の父親だ」

「…へ?」

「少し昔話をしようか…」


 固まる侍女長に苦笑した皇帝は、彼女を椅子に座らせ自分も長椅子へ腰掛けると瞳を閉じてゆっくりと話し始めた。


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