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神の水車

 重臣たちの視線の先にいた女性は流れるような銀髪に滑らかな肢体を持ち、この世のものとは思えないほど整った顔立ちは王国の宝石と讃えられた亡きリムステラにそっくりで、先程までいた骸骨のような女はどこにもいなかった。


「リムステラさ…ま?」

「そんな、今まで見えていた醜い女は一体?」


 唖然とする重臣たちに宰相がにこやかな笑みで答える。


「今、目にしているのがラインステラ様の真実のお姿ですよ。どうやら大変母君に似ておられるようですので、彼女が真実リムステラ様のお子だということが証明できましたね。ちなみに深淵なる海のような濃紺の瞳は、父君であるバスティーヌ帝国宰相ヘーゼル公爵ラインハルト様にそっくりでございます」


 宰相の言葉に重臣たちがざわめく。

 皇太子の隣に立つラインステラはその容姿から間違いなくリムステラの子供であることは明白だった。だが父親が帝国宰相とは寝耳に水だ。現国王の王位継承には、亡き王女リムステラと子を為している点も加味されたのだ。現国王がラインステラの父親ではないとすれば、虚偽の報告で王位を継承したことになる。ましてや前国王殺害教唆の嫌疑も晴れていない。


 重臣たちが混乱する中、国王が腰を上げる。

 その瞳には他の男に腰を抱かれたラインステラが我慢できないとありありと書かれていて、重臣たちの混乱など意に介した風はなかった。

 国王の動きを視界の端に入れたアルフォンスが身構える。しかしラインステラはアルフォンスの袖を引き頷くと一歩踏み出し、濃紺の瞳で挑むように国王を見据えて言い放った。


「リンドブルム国王、私は貴方の娘ではありません。私の父はバスティーヌ帝国宰相ヘーゼル公爵ただ一人。そして私の愛する伴侶はアルフォンス様だけです。私はお母様を殺した貴方を許さない。私は間違いなくリンドブルム王国第一王女リムステラの嫡子、そして()()()()()()()()()()()()()()()()、この国を貴方を見捨てます」


 ラインステラの言葉にアルフォンスは頬を染め侍従は肩を震わせたが、リンドブルムの重臣たちは絶句し今度こそ頭を抱えた。

 彼女が放った言葉は衝撃的な事が多すぎた。国王が前国王だけではなくリムステラまで殺害していたことにも驚いたが、彼女は確かに自らを()()()()()()()()()()()()()と言ったのだ。加護が国ではなく個人の力だとしたら、この国を襲っている災害にも説明がつく。敗戦の講和条件として喜々として王女を差し出した1年前を思い出し、重臣たちの間に苦い空気が漂う。

 自分達の国は加護がなくなったのではなく、みすみす加護を手放してしまったのではないかと思い至り呆然とした。


 重臣たちが呆然自失する中、国王は事の重大性を理解していないのかラインステラを手に入れるために必死なのか固まっている重臣たちの横をすり抜け、真っすぐ彼女の前まで進むと下卑た笑いを浮かべ手を伸ばす。


「ぎゃあああっ!!!」


 突如、絶叫が響き重臣たちが顔を上げるとそこには悲鳴を上げて転がる国王の姿があった。

 抜き身の剣を手にした侍従と、アルフォンスの背に庇われ蒼白な顔をしながらもじっと国王を見つめるラインステラの足元には、豪奢な飾りのついた袖に包まれた腕が無造作に転がっている。


「下衆が私の可愛いステラに触れるな」


 怒気を浮かべた侍従が剣の血糊を払い鞘に収める。その瞳はラインステラと同じ濃紺を宿していた。侍従は腕を斬られのたうち回る国王へ一喝する。


「腕の1本で喚くな! お前がステラとリムステラにした仕打ちに比べたらまだまだ不足だ!」


 侍従の言葉に喚いていた国王から表情が抜け落ちる。


「余のリムステラを呼び捨てにするな! 仕打ち!? リムステラと余は愛し合っていた! それなのに醜い娘など庇って死によって…そうだ! あの醜い娘がリムステラを殺したようなものだ! 余は悪くない! つべこべ言わずにラインステラを寄越せ! 邪魔をするなぁ!!」


 抜け落ちた表情から一転、また瞳に醜悪な色を灯し支離滅裂な言い分を始めた国王に侍従がポツリと呟いた。


「リムステラはこうなることが解っていたから、ステラに魔法をかけたのだな」


 目の前で狂ったように喚きだした国王に薄気味の悪さと怒りが湧いてくる。その時侍従と国王の視線がぶつかった。


「濃紺の瞳…!? お前ぇぇぇ! お前はぁぁぁ!」


 侍従の顔を見た国王が立ち上がり、憤怒の形相で迫ってくるのをサッと躱して何度も蹴りを入れ再び床に沈ませる。


「ラインハルト様、お怒りはごもっともですがこれ以上やると死んでしまいます」


 宰相の言葉に動きをとめたラインハルトだったが、リンドブルムの重臣達は慄いた。


「ラインハルトだと!? …まさか帝国宰相ヘーゼル公爵!?」

「あの濃紺の瞳、怜悧な相貌、言われてみれば確かに…」

「帝国の宰相が何故我が国に!?」


 騒めく重臣達にラインハルトは不敵な笑みを向ける。


「沈みゆく国へ断罪に行く可愛い娘を、ひよっこに任せるわけには参りませんので」

「ひよっこ…」


 ラインハルトの言葉にアルフォンスは不満げに呟き、宰相は苦笑する。

 腹部を中心的に蹴られ続け白目を剥いていた国王の髪を掴んだ宰相は、帝国から追随してきた兵士へ下知する。


「バスティーヌ帝国宰相ヘーゼル公爵閣下に対する暴行罪でこの者を捕らえろ」


 宰相の言葉で国王が帝国の兵士に捕縛されたが、リンドブルムの者たちの中でそれを遮る者は一人もいなかった。

 斬りおとされた腕の痛みのためかラインハルトへの憎悪からか、意識を取り戻した国王が再び喚き散らすが兵士ががっちり捕縛しているため動けず、視線だけを彷徨わせると視界にラインステラを捉え下卑た笑いを浮かべる。


「こちらへ来いラインステラ! お前の瞳の色は気に入らんがリムステラの代わりに愛してやろう! お前は小国の獣なんぞに絆されぬように足の腱を切り、愛する余以外との接触を禁ずるゆえ安心するが良い」


 国王の悍ましい言葉にラインハルトとアルフォンスは体から滲み出た黒いオーラが視覚できるほど怒りを顕わにしたが、そこへ淡々とした声が響いた。


「お母さまも私も貴方を愛してなどいません」


 ラインステラの言葉にすぐさま国王が反論する。


「そんなことはない! リムステラは余を愛していた!」


 その言葉にラインステラは侮蔑とほんの少しの憐憫が混ざった眼差しを向ける。


「滑稽ね。貴方が母に向けたのは愛情ではなくてただの自分勝手な執着心だけ。貴方だって母の愛が自分にないと気づいていたから、屋敷に監禁して暴力で服従させていたんでしょう? もう一度言うわ! 母は、リムステラは貴方を愛してなんかいなかった! そして私の愛する人もアルフォンス様だけ! 貴方ではない! 貴方だけはあり得ない!」


 リムステラそっくりな顔を嫌悪に染め言い放たれたラインステラの言葉に国王が目を見開く。その瞳に映るようにアルフォンスがすかさずラインステラの頬へキスをすると、ラインステラもアルフォンスの頬へ口づけて極上の笑みを見せた。


「嘘だ! 嘘だ! 嘘だぁぁぁぁ!!!」


 国王はそう叫んだ後、がっくりと項垂れると兵士に引き摺られるように連行されていった。

 その様子を横目に、国王が捕らえられても誰一人異論を唱えずただ呆然としていた重臣たちに、アルフォンスが笑顔を向ける。しかしよく見ればその碧の瞳には侮蔑の色が灯っていた。


「無知で無能なお前たちに教えてやろう。先程ステラが言った言葉に嘘偽りはない。まずお前たちが国王と崇めていた男は王妹を殺した犯罪者だった。しかも先程王妃が漏らした言葉によれば前国王の殺害にも関与している。そしてラインステラは『女神の加護』を持っており、その加護は既にバスティーヌ帝国へ施された。それがどういう意味かは腑抜けた頭でもさすがに理解できるだろう?

 ステラさえ手に入ればこの国に用はなかったのだが、ステラの父である我が国の宰相殿はやられたことはやり返さないと気が済まない性質らしくてね。娘がこの国で受けた仕打ちにも大層立腹しているが、意趣返しをしたいのは20年前の出来事かららしい。

 お前たちは今回の災害で何故どの国からも支援を断られるのか、何故隣国が軒並み国境を閉ざしているのか、疑問には思わなかったのか?」


 皇太子の言葉に数名が視線を逸らしたが、何のことだか理解できずに首を傾げる者が大半だった。

 そこへラインハルトの玲瓏たる声が降り注ぐ。


「虐げた者はそのことをすぐに忘れてしまう…。20年前にこの大陸で飢饉が起こった時にリンドブルムがした仕打ちを今、返されるのです。断言しますがこの国を支援する国はこの大陸には1つもありませんよ。貴方達が20年前に他国を見捨てたように、貴方達も他国に見捨てられるのです」


 ラインハルトの言葉に、漸く自分たちの置かれた状況が限りなく悪いことに気が付いた重臣たちが目に見えて動揺する。そこへ追い打ちをかけるように冷えた声音が響いた。


「ステラは自国で随分と虐げられてきたらしいな」


 皇太子の言葉に事情を知る何人かの者たちがヒュっと息を飲む。

 ラインステラを抱き寄せたアルフォンスが、絶対零度の笑みを重臣たちに投げかけた。


「私も我が愛する妃を虐げた国に援助など真っ平ご免だ。知っているか? 国境を閉ざしているのは既に心ある者は他国へ逃れていて、今この国に残っている者は不要と判断された者ばかりだからだ。なぁ? リンドブルムの宰相」


 アルフォンスの言葉に宰相がラインハルトを見ながら黒い笑みを浮かべる。


「まったく…可及的速やかに全国民の命の選別をしてこい、とは我が主ながらラインハルト様は鬼畜だと思いましたよ。尤も王宮に仕えるほとんどの方はラインステラ様から伺った通り心ある者がおりませんでしたから、秘密裡に進められて助かりましたけどね」


 宰相の言葉に1年前に帝国が宰相を寄越した真の意味を悟った人々が縋るように自分たちが虐げていたラインステラを仰ぎ見たが、彼女はその美しい濃紺の瞳を微かに伏せると冷たく言い放った。


「私は私の意思でこの国へ『女神の加護』を授けませんでした。私は母を殺した男と豊かさに驕ったこの国を救う気はございません。だって自業自得でしょう?」


 淡々と告げるラインステラに僅かな希望さえも無くなった者たちが膝から崩れ落ちる。

 その様子を蔑むように一瞥して、アルフォンスはラインステラに大きく頷くと彼女の手を取り踵を返した。


「神の水車はゆっくりと粉をひく。巻き込まれないうちに私たちは忌まわしいこの国から早々に立ち去るとしよう」


 そう言って宰相らと共に颯爽と退出する帝国の皇太子と元王女を、リンドブルムの者達はただ悄然として見送るしかできなかった。


 ◇◇◇


 その後、リンドブルム国王は側妃や愛妾とともに王都の広場で鎖に繋がれ晒し者にされた。

 災害に見舞われるようになった事情を知った国民は国王へ罵倒と罵声を浴びせ、石を投げ、爪を剥ぎ、目玉をくり抜いても尚許さずこと切れる寸前まで甚振り続け、死後も顧みられることはなく遺体は放置された。その国民も国境を封鎖されたため、やがて多数は飢餓で亡くなり、何とか他国へ逃れた者も惨めな生活を余儀なくされた。


 こうしてラインステラがバスティーヌ帝国へ嫁いで僅か2年後、『女神の加護』を受けた国として長らく繁栄したリンドブルム王国は呆気なく消滅したのだった。


帝国の宰相であるステラパパと王国の宰相が出て来て、ややこしくなってしまいました。

ステラパパは名前表記にしましたがわかりにくくてすみませんです。

当初ステラパパは登場しない予定だったもので…。

ここまでご高覧くださいましてありがとうございます。この後おまけがありますので、そちらもよろしくお願いします。

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