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自ら選んだ罰

残酷描写と暴力表現があります。苦手な方は避けてください。

 降り注ぐ大量の花たちに、たちまち頭まで埋もれたエアリエルが花の海をもがいて這う這うの体で脱出しようと手を上げると、彼女の指からスルリと指輪が抜き取られる。

 慌ててそちらに目を向けると、皇太子が悠然と指輪をラインステラの細い指へ嵌めているところで、エアリエルの方を見向きもしないまま言い放った。


「これでわかった? この指輪はステラの呪文に反応した。つまりステラはリンドブルム王国王女で間違いないわけ。ちなみに私や君があの言葉を言っても全く反応しないからね」


 そう言うとアルフォンスは先程ラインステラが発した言葉を一言一句違えず復唱したが、全く何も起こらなかった。

 漸く花の海から逃れたエアリエルは呆然と佇む。


「そ、そんなわけないじゃない! じゃあ、私と一緒にこの国へ来たあの女は何なのよ!? 本物のラインステラは今頃「今頃、殺されているはず?」

「な、何を言って…」


 指輪をラインステラへ嵌めたあと、再び彼女の髪を撫でていたアルフォンスはその手を止めると、エアリエルの言葉に被せて冷たく言い放った。


「見苦しいぞ! リンドブルム王国ロッテリアム子爵令嬢エアリエル」

「!!」


 本名を明かされたエアリエルの顔が歪む。


「嫁いでくる王女付きの侍女のことなど事前に調査済だ。しかしステラとは似ても似つかないお前が、よくもまあ彼女に成り代わろうとしたものだな」


 アルフォンスが吐き捨てるように言った言葉にエアリエルの瞳が光った。

 似ても似つかないという言葉を自分にいいように誤解したエアリエルが、勝ち誇ったように開き直る。


「そうよ! 私は本物の王女より美しいんだから! 私が偽物なら、その女だって偽物よ! だって本物のラインステラは見るに耐えられないほど醜悪なんだか「控えろ!!」


 再びエアリエルの言葉を遮ったアルフォンスの声は明らかに怒気を含んでおり、エアリエルは無意識に身体を強張らせる。


「私のステラを蔑む発言は許さない!!」


 いつも柔和な笑みを湛えたアルフォンスの美しい顔に青筋が立っていることに、周囲の騎士が驚いたように皇太子を見つめる。

 初めて見る皇太子の表情に誰かがゴクリと喉を鳴らすのが響くほど、教会内は静まり返った。


「私の隣に立つ女性がリンドブルム王国第一王女ラインステラであることは、先程の花の魔法で証明できたはずだ。確かにお前が知っている王女と今のステラの見た目は違うかもしれない。だが事情を知らないとはいえ、見た目も心も醜くて卑しいお前がステラを蔑むことは許さない! ましてや一国の王女に成り代わり、剰え殺害しようとしたお前には極刑を命じる!」


 冷たくエアリエルを睨みつけ言い放ったアルフォンスだったが、隣にいるラインステラが心配そうに見上げると一転して破顔し首を傾げた。


「その指輪、たしかに花が降ってくる魔法だったね。想像よりすごい量だったけど…」

「ええ。私もここまで大量に降ってくるとは思いませんでしたわ」


 苦笑するラインステラの頬をアルフォンスが愛おしそうに撫でると、宰相の場違いな程に大きな咳払いが聞こえて慌てて手を離す。


「舅が過保護すぎるのだけが難点だな」


 そう小さくぼやいて再びエアリエルへ向き直ると、黒い笑顔を投げかけた。


「さて偽物の王女サマ、貴女の犯した罪に罰を与えましょうか」

「わ、私は隣国の貴族の娘よ! その私を勝手に捕らえていいと思ってるの!?」

「思ってるよ? だって君はもうこの国の国民だからね。今朝書類にサインをしただろう?」

「書類? …だってあれは皇太子妃になるためのものだって」

「呆れたな…中身を確認しなかったのか? あの書類はバスティーヌ帝国の国民になることを了承したものだ。確かに皇太子妃になるには我が国の国民になってもらう必要があるから、お前を王女だと思っていた文官たちの説明に嘘はないし、仮令偽名でサインをしても有効になるように書類には記載があった。アレにサインをしたからこそステラの真実の姿を見ることが出来た訳なんだけど。まあいい、どうせお前は罪人だ。衛兵!」


 皇太子の掛け声と共に遠巻きにしていた騎士が動き出すのを見てエアリエルは戦慄した。こんな筈じゃなかった。昨日までは全て上手く言っていた。昨日までは…。


「嫌ぁ! 助けて!ルドベック!!!」


 思わず叫んだエアリエルの前に不意に男が現れる。


「呼んだ? あれ? 俺、立ち位置、間違えましたか?」

「ルドベック!!」


 突然現れた男にエアリエルは形振り構わず抱きつこうとするが、ゴツンという鈍い音とともに地面に叩きつけられる。

 訳は解らないが頭を殴られたらしく耳鳴りがする中、地面に伏せたエアリエルの頭上から声が聞こえた。


「遅いぞ、ルドベック」

「はあ~これでも忙しい身なんですよ? 今も来賓客に紛れたネズミを掴まえて2人ほど遊んできた所なんですからね」

「殺ったのか?」

「いいえ? おもちゃはいくらあっても楽しいですから。やめられません、吐くまでは」

「そうか。雇い主を吐かせるまでは程々にな…」


 耳鳴りのする頭で会話を聞いていたエアリエルは、ルドベックが皇太子と親し気に話している様子に一縷の望みをたくす。もしかしたら助かるかもしれない、そう思ってじっと耳を澄ませた。


「ところで殿下、この女は約束通りに俺がもらっちゃっていいですよね?」

「ああ、構わん。その女が自分で決めたようだからな」

「これでやっと解放されたと思うと何だか感慨もひとしおですね。出会ってすぐに股を開いただけあって、こいつガバガバのユルユルで全く気持ちよくないんですよ。我儘だし自意識過剰だしで、かなり苛つきましたしね。でもそれも後で何倍にもして虐められるんだと思ったら、興奮しちゃいましたけど。クソみたいな女に奉仕した後でその女を拷問できるなんて、想像しただけで愉快じゃないですか?」

「お前の性癖の講釈はいいからもう下がれ…。私のステラに卑猥な言葉を聞かせるな」


 そう言いながらアルフォンスが慌ててラインステラの耳を塞ごうとすると、既に宰相が彼女の耳を両手で塞ぎ氷の微笑をたたえていた。

 そんな宰相の無言の猛吹雪の抗議を受けたルドベックが肩を竦め、倒れているエアリエルの腕を取る。


「さあ、行こうか。王女サマ…じゃなくって本当はエアリエルだっけ?」


 いつものルドベックの飄々とした声に、先程皇太子と話した内容は理解しかねるものだったけれど自分を助けるための方便かと、エアリエルは思った。だが自分の腕をグイっと引っ張るルドベックの力は強く、そこに優しさや労わりが欠片もないことに不信感が募る。


「ルドベック? 行くってどこへ?」

「どこって? 俺はこの国の重犯罪者専門の拷問屋だぜ? 拷問屋が連れて行く所といえば拷問部屋に決まっているだろ。まさか拷問が何なのか知らないわけじゃないだろう?」

「…え?」

「だって自分が言ったんだもんな?」


 心底可笑しそうにニヤリと口角を上げたルドベックを見て固まるエアリエルの耳に、淡々とした声音が響いた。


「ただ縛り首ってだけでは甘いわよね。…そうだわ、この際だからそんな女にはあらゆる拷問を受けてもらえばいいのよ。王女を騙る位だからきっと黒幕とかがいるんじゃない? 拷問をしてそいつを吐けば縛り首。吐かなければ永遠に死なない程度の拷問を繰り返せばいいんじゃない?」


 澱みなく朗々と言い放ったのは、いつもの無表情を湛えた侍女長だった。

 その科白は今朝自分が言った言葉と一言一句同じもので、今更ながらエアリエルは己が発した言葉の意味を考える。ゴクリと唾を飲み侍女長を食い入るように見れば、彼女は隣に佇む皇帝に軽く頭を下げていた。エアリエルの背筋に冷たい汗が伝う。それまでずっと静観していた皇帝は満足げに侍女長へ頷くと口を開いた。


「侍女長の話は楽しんでいただけたかな?お前は自分で自分の罰を決めたのだ」


 穏やかな声音ではあるが嘲りの色を含んだ皇帝の言葉に、漸く自分の置かれた状況を理解したエアリエルが絶叫を上げる。


「いやあぁぁああぁぁああぁああぁぁぁ!!!!!!」


 エアリエルの叫ぶ声を聞いたルドベックがさも楽しそうに声を弾ませる。


「さぁ、まずは両手の爪を剥いで毒蛇達と一緒に水風呂に入る初歩的な拷問から始めようか? 毒で死なないかって? 蛇達の毒は極めて弱い毒にしてあるから爛れる位だ。その後は逆さ吊りにして少し腸を引き摺り出して虫達に食わせよう。お前好みの色欲と快楽に塗れた拷問も念入りに用意してやるよ。囚人牢にはたまった奴らがゴロゴロいるからな。あ、念のために言っておくけど王女との入れ替わりを指示した黒幕を吐かなきゃ殺してあげないぜ?」

「ひぃぃ! い、いない!! そんなのいない!」

「それは俺へのご褒美ってこと? だって自分が言ったんだろ? 黒幕を吐かなければ永遠に拷問を繰り返していいって」

「うわあぁぁあぁああぁぁ!!」


 狂喜めいた瞳の歪んだ笑顔を向けたルドベックに引き摺るように連れられたエアリエルの姿を、その後見た者はいなかった。

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