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結婚式は断罪の香り

 護衛騎士に手をひかれ到着した教会のチャペルには、人気があまりなかった。

 祭壇の前に立つ牧師と皇太子、それに皇帝と数名の騎士と侍女長だけである。

 式は身内だけで行い、後の披露宴を盛大に行うという帝国の風習を事前に侍女長から聞いていたとはいえ、何だか寂しい結婚式に派手好きのエアリエルは内心溜息をついた。だが祭壇へ近づくにつれ、久しぶりに会う皇太子の流麗な顔立ちがはっきりと見えてきて頬を緩める。


 アルフォンスは初めて目にした時と同様に、いや花婿の衣装を纏った彼はそれ以上に輝いていて、長い間放っておかれた怒りも霧散し留飲を下げることができた。ルドベックも捨て難いが、やはり皇太子の顔は自分好みな上に身分も財産も権力も申し分ない。エアリエルはこの婚姻の儀さえ終われば、自分が皇太子妃になる事実を疑いもしていなかった。

 そのために邪魔なあの王女も始末したのだからとほくそ笑む。

 にやりと口角が上がりそうになるのを押しとどめ、エスコートしてきた護衛騎士の手を解き輝くばかりに麗しい花婿を見上げると、思いもよらぬ言葉を告げられた。


「王宮の暮らしは楽しんでいただけたかな?偽物の王女様」

「は? な、何を仰っておりますの?」


 狼狽えるエアリエルには構わず、アルフォンスは長い指を突きつけ高らかに宣言する。


「お前はラインステラではない!」


 アルフォンスの言葉にエアリエルが狼狽する中、彼は唯一愛しい人の名を呼んだ。


「ステラ!」

「はい!」


 アルフォンスの呼び声に凛とした返事をしたのは、皇太子の目の前で驚愕の眼差しをしている女ではなかった。


 返事と共に教会の扉が開かれ先程エアリエルが護衛騎士に手を引かれ歩いたその道を、純白のドレスを纏った女が宰相にエスコートされながら歩いてくる。

 薄いベールで隠れてしまっているが、輝く銀色の髪が少女が動く度にキラキラと光を反射している。華奢な身体に纏ったドレスはシンプルなマーメイドラインだったが、刺繍もレースも豪奢なものだ。何より純白は結婚式では花嫁だけが着ることを許された色であった。


 エアリエルが唖然とする中、宰相から皇太子へと引き渡された女のベールが上げられる。

 その顔を見たエアリエルはあまりの美しさに後退った。


 銀色の長い睫毛に彩られたパッチリとした濃紺の瞳、陶磁器のように真っ白な肌は緊張のためか僅かに上気していて、ほんのりとバラ色に染まっている。小ぶりな唇は可愛らしいのに潤いがあり艶めいて煽情的で、顔の造り一つ一つがまるで人形のように見事に整って配置されている。まさに神が創った芸術品のような女性であった。

 女神の化身なのかと疑いたくなる程の美貌の女性に、麗しい皇太子が極上の甘い笑顔で微笑む。

 皇太子の笑みを受けた美女はその女神のような顔を優しく緩ませると、にっこりと微笑み返した。

 そのあまりに美しい光景に周囲の騎士はみな、物語を見ているように見入っていたが1人の女の金切り声に我に返る。


「あ、あんた誰よ!?」


 わなわなと震えて指を突きつけるエアリエルから少女を庇うように、アルフォンスが間に立つ。


「彼女こそ我が花嫁でリンドブルム王国第一王女ラインステラだが?」

「そ、そんなわけないでしょう!? あの女はもっと醜くて…はっ!」

「墓穴を掘ったな。偽物め」


 アルフォンスの酷く冷たい低い声が響き、会場はしんと静まりかえった。

 自らの失態に気づいたエアリエルは口元を抑えワナワナと震えていたが、その灰色の瞳をぎらつかせると嘲笑い叫んだ。


「ち、違うわ! 私は本物よ! リンドブルム王家の指輪だって持ってるわ!」


 指輪を高々と翳しながらエアリエルは歪んだ笑みを浮かべる。

 目の前の美しい女が王女であるはずがないことは自信を持って断言できた。咄嗟のことで思わず口がすべったがいくらでも誤魔化しはきくはずだし、自分には王家の指輪があるのだ。仮令ラインステラ本人が訴えようとも王家の指輪は自分の手にあり、本物が本物だという証拠はどこにもない。指輪以外に証拠があれば、成り代わりを実行したあとに本物が訴えでた事だろう。それがないということは本物が王女だという証拠がこの指輪しかないという証だった。だからエアリエルは強気だった。



「敗戦国とはいえ『女神の加護』がある本物のリンドブルム王国王女である私を陥れようとするなんて、バスティーヌ帝国はなんて野蛮なの!」


 臆面もなくシラを切り続けるエアリエルにアルフォンスはやれやれと首を竦めると、いかにも面倒くさいように溜息を吐いた。


「本物、本物って煩いなぁ。だから本物はここにいるんだけど?」

「何言ってるのよ!? その女が本物なわけないでしょう!」

「そうなの? ステラ、君はリンドブルムの王女じゃないの?」


 アルフォンスは優しい声音で隣に立つ美しいラインステラに首を傾げる。

 それを受けてラインステラはキョトンとした後、無言で首を横に振る。

 ラインステラの答えに頷いたアルフォンスは彼女の腰をぐっと抱き寄せると、さも愛しそうに銀色の髪を撫でながらエアリエルへ吐き捨てた。


「ステラはリンドブルム王国の王女だそうだよ」

「だからその女に聞いても無駄だって言っているでしょ!」


 金切り声をあげるエアリエルにおずおずと言った体で、アルフォンスの隣に立つ美しい女性が口を開く。


「あの…私が王女だという証拠ならあります」


 その鈴を転がすような軽やかな声音の清浄さに、エアリエルに向いていた周囲の視線が一気に集まる。

 皇太子が連れてきた美女の言葉を理解したエアリエルは素っ頓狂な声をあげた。


「何ですって!?」

「貴女のしている指輪は王家の指輪ではなく、代々リンドブルム王国縁の特定の女子のみが持つことを許されたものです。その指輪には魔法がかかっていて、その呪文は正当なる所持者が唱えたときにしか発動しません」

「魔法ですって? そんなものあるわけないでしょう!」

「あるんだよ。女神に愛されたリンドブルム王国の加護持ちには代々伝わる魔法がね。ステラ?」

「はい。現指輪の主ラインステラの名において命じます。女神の指輪よ、偽りの所持者に花の祝福を」


 ラインステラが言い終わった途端に、何もない空間から花たちがドサドサとエアリエルへ降り注ぐ。そうドサドサと、それはもうバケツをひっくり返したように大量に。

 バラや菫やガーベラにデイジー、タンポポ、シロツメクサといった多種多様な花たちが一斉に降り注ぐ有様に、事の成行きを見守っていた騎士達が呆気にとられている。

 どんな魔法か事前に聞いていたアルフォンスさえ、その余りの量に顔を引き攣らせていた。

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