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侍女長の話

 迎えた結婚式当日。

 エアリエルは少々不機嫌であった。それというのも式は昼からだというのに、準備があるからと早朝からたたき起こされ支度をしたにも関わらず、随分前からこうして控室で待ちぼうけを食らっているからである。

 昨晩ルドベックと激しい情事を重ねたため、身体は怠く瞼は重い。こうして待たされるならもう少し眠っていても良かったではないかと、不満を隠しもせず頬杖をついていると侍女長に連れられ数名の官吏が書類を持って訪れた。


「これから婚姻を結ぶにあたり、皇太子妃となられるラインステラ様には正式にバスティーヌ帝国国民としての戸籍を作成いたしますので、こちらの書類へサインをお願いいたします」


 エアリエルがチラリと官吏たちへ目をやれば、その中の1人がルドベックなことに気づいて口角を上げる。彼が持ってきた書類であれば信頼できるだろうと、よく中身も見ないままサインをすると代表である官吏が恭しく受取り部屋を退出していった。出て行く際にルドベックと目があい、侍女達に気づかれないように小さく頷きあう。

 予定通りルドベックがこの後本物のラインステラを殺してくれることに安堵して微笑むと気分も上がってくる。エアリエルの機嫌が上向きになったところで、侍女長がスッと紅茶の入ったカップを差し出してくれた。


「これよりは式典のためあまり飲食はできませんので、今の内にどうぞ」


 そう言って出された紅茶に口をつけると、侍女長は時計を確認してエアリエルの方を思案気に振り向いた。


「まだ時間がありそうですし、何かお話でもいたしましょうか?」

「侍女長が? 珍しいわね」

「花嫁の緊張を解くこともお仕えする者の務めですから」

「そう? ならおもしろい話がいいわ」

「おもしろい話ですか…。そうですね、では皇帝陛下に伺った隣国の愚かな女の話でよければお話しいたしますが?」

「皇帝陛下の? ええ、お願い!」


 皇帝から聞いた話ならば是非知りたいと身を乗り出すエアリエルに、侍女長は僅かに口角をあげた。

『歩く冷静鉄仮面』と渾名される侍女長がこういった話をすることは珍しいと、他の侍女達が顔を見合わせる中で彼女は話しはじめる。


「昔、金髪の美しい少女が羊飼いとして雇われたそうです。一緒に働く羊飼いの少年は金髪など見たことがなく珍しかったため少女の髪がほしくなり、髪の毛を抜いてやろうと手を伸ばした時でした。突然少女が「風よ吹け」と唱えると羊飼いの少年の帽子が風に吹き飛ばされてしまったのです。少年は少女の髪を抜くどころではなくなって、帽子を追いかけて遠くまで走って行くハメになりました。そして戻ってきた時には羊の番をしていなかったとして、大人たちにこっぴどく叱られたそうです。少年は少女へ悪態をつき金髪を諦めましたが、それから少しするとキラキラと輝く金色の髪がどうしても欲しくなり、少女の髪へ手を伸ばしました。するとまた突風が吹き帽子が飛ばされてしまい、少年は大人たちに叱られました。少年はここで断念していれば良かったのでしょうが、また性懲りもなく少女の髪へ手を伸ばしました」


 そこで侍女長は一旦エアリエルへ視線を送ると、彼女はこの話にあまり興味はなさそうなものの一応聞いてはいるようで呆れた溜息を吐いた。


「その少年は随分頭が悪いのねぇ」

「ええ。私もそう思います」

「それで続きは?」


 紅茶のカップを傾け、続きを促したエアリエルに侍女長は頷く。


「3度目もやはり帽子を飛ばされた少年は大人たちに叱られるのが嫌で、王宮に魔法を使う怪しい奴がいると訴えに行ったのです」

「まあ、なんて図々しい。そんな訴えなんて門前払いされるでしょうに」


 不快感を露にしたエアリエルが眉を寄せる。


「普通ならそうですわね。ですが少年が訴えた時は丁度王太子が外出されようとしている時で、少年の話を聞いた王太子は好奇心にかられこっそりと羊飼いの少女を見に行ってみたのだそうです。王太子が影から覗いていることを知らない少女は、いつものように柵へ腰掛けると長い金髪の髪を梳りながら詩をうたいました」

「詩?」

「はい。その詩を聞いた王太子はすぐさま少女を王宮へ連れて行き自室へ匿うと、父王と共に先ごろ結婚したばかりの隣国の王女である自分の妃を呼び出しました。そして妃へ質問をします。私の知り合いに王女を脅してその地位を簒奪し成り代わった不届き者がいるのだが、その者はどう罰したらよいと思うか? と」

「…成り代わり?」


 カチャンと音を上げてカップをソーサーに置いたエアリエルに侍女長は一瞥だけして、淡々と話を続ける。


「王太子の質問に妃は喜々として答えました。そんな女は目玉をくり抜いて八つ裂きにしてしまえばいいと思います、と。それを聞いた国王と王太子は妃を取り押さえるとその罰を与えて、金髪の少女を王太子妃として迎えたそうです。実は少女の詩は自分の身に起こった悲劇を嘆く詩で、彼女こそ真の隣国の王女であったということです。王女を騙った偽物は王女に付き添ってきていた侍女で、自分で自分の罰を決めた愚かな女だったという話ですが、もしラインステラ様なら王女になりすました侍女にどういった罰をお与えになりますか?」

「え!? わ、私?」

「はい。今後バスティーヌ帝国皇太子妃として厳正なる処分を下す場面も出てくると思いますので、ラインステラ様のご意見を伺いたいと存じます」


 動揺したエアリエルだったが、侍女長の皇太子妃という言葉に内心安堵していた。侍女長の話はまるで自分の事のようで、先程まで生きた心地がしなかったのである。こんなことならもっと早くにルドベックをけしかけてラインステラを殺しておくのだったと後悔していたが、どうやら侍女長は自分が皇太子妃に相応しいかを確かめようとしているのであって他意はないのだと、ホッと胸を撫で下ろした。


「そ、そうねぇ? 私はあまり残虐なことは好まないのだけど…」


 そこまで言ってチラリと侍女長を伺えば、いつも無表情な彼女の眉間に皺が刻まれているように見えたので慌てて否定の言葉を加える。ここで皇帝や皇太子の信頼厚い侍女長から、自分に対する評価が下がるのは得策ではないと判断した。


「侍女が王女を騙るなんて不敬もいいところだわ。そんな女は地下牢へ幽閉したあとに縛り首かしら」


 そう言って侍女長を見たが、まだ眉間の皺が取れていない。残虐な処刑方法を何とか思いだそうとエアリエルは奮戦するが、どんなに頭を捻っても具体的な方法など元々知りもしないので、昨日ルドベックが言っていた拷問という言葉を使ってみることにした。


「ただ縛り首ってだけでは甘いわよね。…そうだわ、この際だからそんな女にはあらゆる拷問を受けてもらえばいいのよ。王女を騙る位だからきっと黒幕とかがいるんじゃない? 拷問をしてそいつを吐けば縛り首。吐かなければ永遠に死なないように拷問を繰り返せばいいんじゃない?」


 無知なエアリエルは本当の拷問がどれだけ残酷でえげつないことなのかを解っていなかったが、これでどうだとばかりに侍女長を見ると彼女の眉間の皺は取れ元の鉄仮面のような無表情な顔に戻っていた。それを見たエアリエルは自分の答えが侍女長の気に入るものだったと確信して胸を撫で下ろしたが、侍女長は素知らぬ顔で時計を眺める。


「あら、そろそろ教会へ行く時間ですわね。お目出度い結婚式につまらない話をいたしました。どうぞお許しくださいませ」

「い、いいのよ。結構楽しめたわ」

「然様でございますか」


 それはようございましたと告げ口角をあげた侍女長の表情は、結婚式を挙げる教会へ案内するために訪れた護衛騎士が扉を開けたことで、誰も見ることはなかった。



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