(6)居酒屋
藤原は、不案内の土地のため、集合時間よりやや早く親睦会の会場に行こうと思っていた。ところが、会場である居酒屋「長命館」の入り口がわかりづらい場所にあったので迷った。結局たどり着いたのは集合時間の午後七時半を少し過ぎていた。
藤原が座敷に通されて中に入ると、下滝とリサの二人だけが座っていた。
藤原は二人に詫びる。
「遅れて申し訳ない。蜂須賀さんと結城さんはまだですか?」
「お二人はまだ来てませんが、藤原さんは蜂須賀さんとご一緒ではなかったのですか?」
下滝が藤原に訊いた。
「私は松島で別れました。蜂須賀さんは仕事があったようで、仙台空港に行きました。親睦会には間に合わせると言ってましたが、長引いたのかもしれません。下滝さんこそ結城さんと一緒だったのでは?」
「四時半頃に仙台駅でリサさんと結城さんを降ろしました。そこから別行動です」
「二人共少し遅れているだけでしょうから――」
プルルルプルルルル。藤原の発言の途中で、着信音が響いた。リサのハンドバッグの中で鳴っている。リサが慌てて立ちあがり、座敷から出て行った。
「蜂須賀さんか、結城さんからの電話かもしれませんね」
下滝が藤原に話し掛けた。
「二人はリサさんの電話番号を知ってるんですか?」
「たぶん、知ってると思いますよ。僕もリサさんと電話番号を交換しましたから。藤原さんは交換してないのですか?」
「ええ。私はリサさんから嫌われているのかな?」
下滝は「そんなことないですよ」と言いながらも、優越感を見せる。
しばらくしてから、沈黙が続く座敷に、リサが戻って来た。
「迷子を迎えに行ってました」
笑うリサの後ろから、結城が顔を出した。
藤原は結城を見て、違和感を持った。浮ついた感じが薄まっていたのだ。原因はボリュームがあった髪が潰れ、ヘアスタイルが少し落ち着いた印象になっていたためだった。
「まだ初めていなかったんすか?」
立って話す結城に、藤原は隣の席のおしぼりを手に取って渡して答える。
「ええ、結城さんと蜂須賀さんが到着するのを待ってました」
「すんません。それじゃ、初めますか?」
「主催者の蜂須賀さんがまだですから、もう少し待ちましょう」
藤原は勝手に始めようとする結城をたしなめるように言ったところ、下滝が横から口を出した。
「時間が無くなるから始めましょう。蜂須賀さんには電話で『先に始める』と電話で伝えればいいではないですか。リサさん、蜂須賀さんの電話番号を知っていますよね。電話してもらえませんか?」
下滝が急に振ったためか、リサはあたふたし、「私が電話するの?」という態度を示した。
「嫌だったら、僕が電話するから番号を教えて」
下滝にそう言われて、リサは諦めたように答える。
「私が電話する」
リサはハンドバックからスマートフォンを取り出した。ペンホルダー付きのピンク色の手帳型ケースには、ヴィトンのロゴマークが散りばめられている。スマートフォンよりケースの方が高そうだ。
リサは何かに気が付いたのか、スマートフォンをテーブルに置き、ハンドバッグを膝の上に載せて中を漁り出した。
「無い、無い。お揃いなのに」
皆がリサに注目していると、「蜂須賀さんのお連れの方ですか?」との声がした。
いつの間にか座敷の入り口に、くたびれた感じの初老の男が立っていた。声の主はその男だった。
「そうですが、どなたですか?」
藤原が訊いた。
初老の男は、テーブルの周りに座る四人の顔を見据え、小さな声で答える。
「宮城県警捜査第一課の黒田です」
居酒屋の喧騒に掻き消されそうな声だったが、男は確かにそう言った。
藤原ら四人が固まっていると、黒田はスーツの内ポケットから警察手帳を取り出して見せた。二つ折りの皮のケースには、顔写真とバッジが付いていた。
「蜂須賀さんが亡くなりました」
「えっ、ええー」
リサがハンドバッグを膝の上から落とし、大きな声を出した。居酒屋の喧騒が一瞬静まった。
「驚かれるのは当然だが、お静かに願います。申し訳ないが、署の方で話を聞かせてください」
「任意なんですよね。任意なら……」
下滝が抵抗する素振りを見せた。
「もちろん任意です」
黒田は任意と言ったが、その声には有無を言わせない迫力があった。四人は承諾するしかなかった。