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(4)仙台市博物館

 オフ会の一行は、支倉常長像の近くにある仙台市博物館に入った。下滝が先頭に立ってエントランスホールを横切り、受付に向かう。

「この発券機で入館料を払い、券を受付に渡してください。展示室は二階ですから、横の階段を上ってください」

 下滝の指示に従い、次々に入館手続きを済ませ、一行は二階へ向かった。頼まれもしないのに率先して案内をする下滝は、まるでガイドの様だ。


 下滝、蜂須賀、リサに続き、藤原が展示室の入り口に入った時、後ろでプルルルプルルルルという音がした。結城のスマートフォンの着信音だった。

 結城は展示室の入り口から少し離れた廊下へ移動し、小声で電話に出た。

「はい、湯川です」

 藤原は、結城が湯川と名乗ったことを不審に思い、展示室の入り口近くで聞き耳を立てた。

「はい……申し訳ありません。……近いうちに必ず何とかしますから、少し待ってください。お願いします。……本当です。当てがありますから、もう少し待ってください。……逃げません。約束します。……ありがとうございます」

 結城は電話を終えたらしく、足音が入り口に迫ってくる。

 藤原は急いで下滝らの元へ向かうと、下滝らは支倉常長も年表を眺めているところだった。藤原もそれに加わり、年表を黙読し始めた。


●一五七〇年(元亀元年):支倉常長が出羽国置賜郡立石村で誕生。父は支倉常成。

●一五七七年(天正五年):常長が伯父・支倉時正の養子となる。

●一五八二年(天正十年):本能寺の変。

●一五九三年(文禄二年):常長は政宗に従って文禄の役に参戦。

●一五九九年(慶長四年):常長の子(常頼)が誕生。

●一六〇三年(慶長八年):江戸幕府成立。

●一六〇八年(慶長十三年):政宗、常長が正宗から小山村に知行地を与えられる。

●一六一三年(慶長十八年):十月(西暦)、常長が慶長遣欧使節を率いて月浦からサン・フアン・バウティスタ号で出港。

●一六一四年(慶長十八年):一月(西暦)、サン・フアン・バウティスタ号がメキシコのアカプルコに入港。

●一六一四年(慶長十八年):二月(西暦)、徳川家康が禁教令を発布。

●一六一四年(慶長十九年):十月(西暦)、使節がスペインのサンルカール・デ・バラメダに到着。

●一六一五年(慶長二十年):一月(西暦)、使節がスペイン国王フェリペ三世に謁見。

●一六一五年(元和元年):十一月(西暦)、常長がローマ教皇パウロ五世に謁見。ローマ市公民権が常長らに授与される。

●一六一六年(元和元年):使節がローマを出発。

●一六一七年(元和三年):使節がスペインを出発。

●一六一八年(元和四年):四月(西暦)、使節がサン・フアン・バウティスタ号でアカプルコを出港。

●一六一八年(元和四年):八月(西暦)、使節がフィリピンのマニラに到着。

●一六二〇年(元和六年):八月(西暦)、使節が長崎に到着。

●一六二〇年(元和六年):九月(西暦)、常長が仙台に到着。

●一六二一年(元和七年):常長が死去。享年五十二歳。

●一六四〇年(寛永十七年):家督相続した常頼の家臣にキリシタンがいたことから、常頼が切腹させられる。常長の家系が断絶。


「常長さん、帰って来て直ぐに死んじゃったんだ。かわいそー」

 リサがそう言うと、下滝が得意気に語り始める。

「公式には、常長は元和七年に死んだことになっていますけど、三十三年後の承応三年まで生きていたという説もあるんです。常長が帰国した年に、仙台藩内で禁教令が出されていることから、正宗は幕府の禁教令に屈し、疑いの目を向けられないようにするために常長を死んだことにしたとも言われています」

「まさか、ほんなことがあるとは思えーせん。常長は帰国後に上楯城で蟄居させられ、亡くなったはずだがや」と、蜂須賀が信じられないとの反応を示した。

 すると、下滝が根拠を話し出す。

「常長の墓は三つあるんです。一つ目は仙台市内にある光明寺。二つ目は川崎町支倉の円福寺。三つ目は大郷町の『支倉常長メモリアルパーク』にあります。光明寺は『北山五山』と呼ばれる伊達氏の菩提寺の一つで、常長の没年を元和七年にしています。円福寺は常長が育った上楯城にあり、没年は元和八年になっています。メモリアルパークは常長の墓の周辺を公園整備したもので、没年が承応三年です。なぜ、死亡時期がバラバラな墓が三つもあるのでしょうか? 原因はダミーの墓を作ったためと思いませんか? それに大郷町には、政宗の指図によって常長がこの郷に隠れ住んだとの言い伝えがあるんです。僕は大郷町で亡くなった可能性が高いと思います。だから、常長が宝を埋めたとしたら、その地は川崎町の上楯城ではなく、大郷町のように思います」

 蜂須賀は腕を組んで考え込んでいる。そんな蜂須賀にお構いなしに、結城が下滝に訊く。

「メモリアルパークっていうのは、どの辺にあるんすか?」

「仙台と石巻の間で、松島の北西の方にあります。山の中ですから、近くに何もありません。公園になっていますが、訪ねる人はあまりいない寂しい所です」

「下滝君は、宝がメモリアルパークに埋まってると思ってるんすか?」

 君付けされたことに気を悪くしたのか、下滝はムッとした表情で答える。

「常長がヨーロッパから持ち帰った物は、藩に取り上げられています。だから、宝を埋めた可能性は低いと思いますが、もし埋めたとしたら、亡くなった地と言われる大郷町でしょう」

 蜂須賀の秘宝の話が出まかせような雰囲気になった。藤原は蜂須賀を気の毒に思い、下滝に向かって異論を唱える。

「年表には、一六四〇年に常長の嫡男が切腹したとあります。常長が隠棲していたとするなら、嫡男が切腹した時、常長はまだ生きていたことになります。常長が危機感を抱いて宝を埋めた可能性は十分にあるのではないですか? その場合は、見つからないように居住地から離れた場所に埋めたことも考えられませんか? 蜂須賀さんは古文書から埋蔵場所を上楯城と推測しているのですから、それを否定することもないでしょう」

 これ以上の議論を嫌ったのか、リサが移動してケースの中に展示されている黄金のブローチを指差した。

「見て見て。このブローチ、伊達政宗の墓に埋まっていたんだって。支倉さんのヨーロッパ土産らしいよ。埋まっている秘宝って、こんなのかな?」

「どうかな? どんな物か全くわからんで、何とも言えへんがや。もしかして、こんな物かもしれんよ」

 蜂須賀はガラスで隔てられた壁に掛けてある油絵の「支倉常長像」を指差した。

「えー、こんな絵だったら嫌だなー。宝物っていう感じがしないし」

「この絵は国宝なんだわ。売るとしたら億単位の値段が付くんでにゃーか」

「そんなに高いの!」

 リサは蜂須賀が億という高額を口にしたことに驚き、常長がモデルの油絵を穴が開くように見つめた。

「支倉さん、指輪をしてる。結婚指輪かな?」

 左手の薬指に黄金の指輪が描かれている。

 リサの指摘を聞いた藤原が指輪を確認し、記憶の引き出しを開けた。

「結婚指輪が日本で普及し始めたのは、明治の頃だから違うんじゃないかな。常長は洋服を着ているでしょう。現地のファッションに合わせ、装飾品として嵌めていただけだと思うよ」

 リサは納得していない様子だ。リサは、油絵の隣に展示してあるアルファベットが書かれている文書について質問した。

「これは結婚証明書じゃないの?」

 藤原が沈黙していると、下滝が横から口を出した。

「これは『ローマ市公民権証書』です。常長がローマを訪れたときに、ローマ市議会から与えられた証明書なんです。ローマ市民権を与え、貴族にするという内容が書かれているそうですよ。左上に『交差する二本の矢の上に逆卍』が描かれているでしょう。それが常長の紋章で、その右隣がローマ市の紋章です。この証書も国宝なんですよ」

「なーんだ。違うのか」

 リサは、自分の考えが外れたことで興味を失ったようだった。証書の前から移動する素振りを見せた。

 下滝はそんなリサを押しとどめるように喋り出す。

「この証書の冒頭には『フィリップ・フランシスコ支倉六右衛門』と書いています。常長とはどこにも書かれていないんです。実は、常長の本名は支倉六右衛門長経なんです。自筆書状の署名も『支倉六右衛門長経』となっているので間違いありません。長経が常長に変わったのは、長経が死去してからずっと後のことです。子孫が家系図を作ったときに、先祖にキリシタンがいたことを隠ぺいするため、偽った名を家系図に記したと言われているんですよ」

 蜂須賀が時計を見る。

「あまり時間がにゃーで、次に行こまい」

 蜂須賀は、下滝の話がまだ続きそうだったので、他の展示室へ行くように促したようだ。


 オフ会一行が展示室を一通り回り、仙台市博物館を出たのは、正午になる三十分ほど前だった。

 作中に登場する「支倉常長像」「ローマ市公民権証書」「黄金のブローチ」については、下記のサイトで確認できます。

●黄金のブローチ=【瑞鳳殿のホームページ】内の「三藩主の墓とその遺品」

●支倉常長像、ローマ市公民権証書=【仙台市博物館のホームページ】内の「主な収蔵品(慶長遣欧使節(1))」

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