この日
彼女と別れてからも僕は生きていく。
そりゃ飯も食うし、寝るし、遊ぶし、仕事だっていく。
1年も経てば、彼女を思い出す日は少なくなる。
そうさ、僕は自由なんだから。女だっていっぱいいるし!別にあれさ、落ち込んだり、泣いたり、怒ったり、色々あったけど、気にしたら負けよ日々紀!って感じだからね。
話は急に変わるんだけど、明晰夢って知ってる?
夢を夢と意識して見るとコントロール出来るようになる(要訓練)ってやつ。
あれでさ、彼女との生活を疑似体験出来たらよくない?いや別に引きずってるとか、そういうんじゃなくて純粋にさ、ほらいいじゃん?
てな訳でやってみてるんだけど、
僕には子供のころからよくみる夢があって、真っ暗なデパート、止まったエスカレーター、黒くて大きな何か、から必死に逃げる夢で。今日もタイミング悪くその夢で、しかも明晰夢の訓練のおかげでリアルさながら、走って逃げる足音や、化け物の気配までちゃんと感じとれてしまう。
いつもなら逃げてる途中で起きて、事無きを得てるんだけど、今日はどうやら様子が違うみたいで目覚める気配がない。しかも、もうあと一歩の距離にまで詰められている。化け物の呼吸すら感じられる距離、床を踏みしめる音、泡立つ肌、振り返りもせず全力で走る。
そして、捕まってしまった。肩を押さえられた瞬間、全身が氷の様に冷たく固まる。一歩も動けない。そんな中でも、気配を感じる力だけは妙に強くなって、化け物が自分になにをしようとしているのかはだけは嫌でもわかってしまった。
こいつ、俺を食う気だ。
一切音を立てずに開かれた口は奈落まで続いているのかと思うぐらい深く暗い。ゆっくりと近づいていく口に歯はなく、舌もない、ただの穴のように見える。恐怖感は最早なく動かない体はむしろ救いなのかもしれないと思った。だって、自分では終わらせる事の出来ない悪夢を恐らくこれで終えられるから。
そんな事を考えているうちに視界は闇に包まれて、意識は遠く、どこかに飛ばされていった。