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鏡の中  作者: 霞合 りの
第十二章
99/154

99 小さな淑女の来訪

ピアニー家の正面の扉を開けると、可愛らしい淑女が声を上げた。


「お兄さま! ご無沙汰しております、デボラでございます」


駆け寄ってきた愛する妹に、リアンはこの上なく優しい笑顔を向けた。


チャーリーのお茶会に参加したデボラは、その前後で、田舎の邸より王宮に近い、ワグレイト公爵邸に滞在していた。環境の違いに慣れるためもあり、もちろん、どちらも大歓迎だ。その流れで、ピアニー家に遊びに来たのだった。


「よく来たね、デボラ。こちらにも来てくれてありがとう」

「お安いご用でございますわ。お兄さまもソフィアもノアもいるんだもの。お屋敷も素敵だし、帰るのが嫌になっちゃうくらい」


リアンの隣でニコニコと二人を見ていた私は、思わず口を挟んだ。


「それなら、泊まっていく?」


デボラの顔がパッと輝いた。


「いいの?! ソフィア!」

「もちろん、公爵様が了承してくださればだけど……どう、リアン?」

「……いいのでしょうか?」

「もちろん大丈夫よ、まずはノアに聞いてみないとならないけど、ヘンリーにお願いしましょう。いいかしら?」

「はい、もちろんでございます」

「ではよろしくね」

「リアンお兄さま! 私と一緒に遊んでくださいませ」

「あぁ、もちろんだとも」


リアンは頷き、デボラと手をつないで庭へ向かおうとする。が、一瞬手を離し、先にデボラを庭へ向かわせた。


「ありがとうございます、ソフィア」


リアンが耳元で囁いた。くすぐったく、少しざわりとした。でも、嫌な感じではない。なんとなく、心臓がドキドキとしてる気がする。


「こちらこそ、リアン。デボラと一緒に過ごせるなんて嬉しいわ」


私が微笑むと、リアンは少しためらいながら口を開いた。


「チャーリー王子とお会いしたそうですが」

「えぇ、アンソニー様の”リアンのいない時”っていうのは、チャーリー王子のためだったみたい」

「そうでしたか」


ホッとしたようなリアンを見て、私は思わずからかいたくなった。


「心配した?」

「それはもちろん……」

「ありがとうね。でも大丈夫よ。殿下は無理難題を言う方じゃないわ……私個人は足蹴にされたとしても、まぁ、よくお考えになられているから」

「信頼なさってるんですね」

「信頼……というとどうかしら」


もはや諦めに近い。


「お兄さまぁ!」


デボラが呼び、リアンが嬉しそうに破顔して追いかけていった。はしゃぎ声が庭を満たした。はたから見ても、とても幸せそうだ。


そういえば私、あんな風にリアンに無邪気に遊んでもらったことがないわ。もちろん、私は大人だし、他人だし、リアンが責任を持つ令嬢だから、いろいろ違うことはわかるけど。一緒にいたいと望んでくれても、いつも苦しそうで、切なそうだ。私は、それは、リアンが無意識に負担を感じているからだと予想している。


私とデボラとでは、やっぱり扱いが違うんだ。今更気づいてしまった。でも、そんなこと関係ないのに。リアンは私の友人で、兄で、弟で、……この世に引き戻してくれた、恩のある人。それだけなんだから。


デボラと仲直りすることがリアンの一番の願い事ではないのなら……やはり、爵位のことだろうか? 跡取りとしてのプレッシャーか……でもそれがデボラが継ぐことで解消されるのなら、デボラを後押しするか……でもそれでデボラが不満を抱くなら、リアンにとっても私にとってもそれは不本意な事だ。


あぁ、リアンは一体何を願ってるんだろう? 私はどうすればいいのだろう?


でも……こうしてそのことを考えていられるのが幸せだと、私はぼんやり思った。まだそれを最優先できていることが嬉しいんだわ。最初はあんなに嫌だったのに。


私はため息をついた。


わかってた。私はずっとわかってたんだ。


私がこの呪いが嬉しかったのは、相手がリアンだからだってこと。


誰かに必要とされたいのなら、ノアで十分だったはずだ。身内でないのなら、チャーリーだって。アンソニーたちからの政治的な”令嬢”役だって。年齢関係なく、必要とされるのであれば、私は嬉しく感じるはず。事実、嬉しかったし、できる限り要望に応えたかった。


でも、そばにいて欲しいと願われることは、誰でもいいわけじゃない。リアンがいなくても生きていけるのだと言いながら、リアンに離れて欲しくないと言われたかったんだ。


私は、リアンとデボラの姿を目で追いかけながら、頭を振った。


それでも呪いを解きたかったのは、自分がリアンから離れたくないからだ。助けたいとか、何があるかわからないとか、そんな大層なことではなくて、私がそばにいたいのだ。今、リアンにいらないと言われたら去らなければならないから。そのときが来る前に、私は自分の意思でリアンのそばにいられるようにしたかっただけ。


呪いが解けてもリアンのそばにいたいなんて。


私、すごいワガママだ。戻ってきただけで、生きていけるだけで、充分だったはずなのに。


私はひどく動揺してしまっていた。


アンソニーに言ったことは本心だった。でも言えてないこともある。


リアンが今、私を必要とするのは、きっと、”呪い”のせいなんだろうって。私がリアンの願いを叶える必要があるから、どうしてもいてもらわないと困るから。


でも私がリアンの願いを叶えたら、私は従うようにリアンのお誘いに乗る必要はなくなる。その時、リアンはきっと私に失望するんだわ。なんで”伝説の令嬢”なんかに固執していたんだろうって、不思議に思って、きっと私から離れていく。


でもこのままいけば、呪いが解けないまま、リアンは私を必要としなくなるんじゃないかしら。あの時のリアンの孤独は、デボラがアンソニーが両親が、そしてノアが、リドリーが、仕事が埋めてくれる。


だからこそ、私は、それを怖がってちゃいけないんだと、心に深く刻んだ。


私とリアンの関係が変わっても、リアンが私をいらないと思っても、受け止められるように。呪いに甘えていてはいけないんだ。


その時のために、やっぱり、鏡をなくして、呪いが消えるようにしなきゃならないわ。そうしたら、呪いは無効になるはずだ。


もしかしたら、私だって、リアンなんかどうでもよくなるかもしれないし。今だって、願いを叶えなければならないから、リアンのそばにいたいと思っているのかもしれないんだから。


「あんまり……そうは思えないけどなぁ」


だって、リアンはここにいる誰より最初に、私を必要としてくれた人なんだもの。どこにいても私を見つけるなんて言ってくれたんだもの。理由がどうであれ。


私が必要だと、面と向かって言ってくれた人なんて、どこにもいなかった。あのとんでもない悲恋の伝説を作ってくれたニコラスだって、そんなこと言ってくれなかった。


それだけで、私には充分な理由になる。


大きく手を振ってくるデボラとリアンに、私も手を振り返した。遠くてわからないけれど、きっと二人は笑っているのだろう。


私は笑えているのかしら。


この呪いがなければ、怖くなんかないのかしら。



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