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鏡の中  作者: 霞合 りの
第十二章
98/154

98 鏡の呪いの対策

「……申し訳ありません」


私が言うと、アンソニーはさらに笑った。


「気に病む必要はないですよ。チャーリーがいつかは通る道です。それより、鏡の調査はどうなってますか」

「はい?」

「ずっとしてたんでしょう、鏡の呪いについて」


それは……そうだけど。


「アンソニー様はどうして知りたいのですか」


すると、アンソニーはいたずらっぽくウィンクをした。


「もちろん、ニコラス様フリークで、現在の”伝説の令嬢”の利用価値に興味があって、ソフィア様を心配していて、リアンを気にかけていて、将来の国王として、国民のことはしっかり知っておきたいからですよ」

「国民? 私も?」

「当たり前です。鏡の中は治外法権かもしれませんが、この国で生活するからには、我が国民ですよ」


嬉しいお言葉だ。疑心暗鬼になっていても仕方ないけど、でも、そこまで信用できない。アンソニーは私が想像するよりずっと、先のことを考えているから。


「……利用するだけ利用するのでは?」

「それ以上に何かをお返しできると自負しています」

「まぁ自信家でらっしゃる」

「そうでなければ王太子など務まりませんよ」


それもそうね。


私は多少不満はあったが、洗いざらい話すことにした。最初から話しているのだし、何しろ、アンソニーは私の”伝説の令嬢”としての仕事の上司で、なおかつ、リアンの上司だ。むしろ知ってもらった方がいい。これまでだって、悪いことはなかった。……いいことだってあまりなかったけど。


「……アンソニー様は、最初、リアンが鏡の呪いを解いたのだとお思いだったのですよね? でも、リアンは、”呪いの鏡”に願いをかけただけだったんです。リアンは呪いのことも知っていたのですわ。デイヴィッドの日記に書かれていた方法が、私を取り戻す方法だって言っていました。でもデイヴィッドだって呪いの解き方は知らなかったんだし、リアンにだってそんな暇はなかったはずなんです。デイヴィッドは呪いの鏡に願いをかけ直すか悩んでいただけで、リアンはそれを承知で願いをかけた。リアンはその日記を見せてくれなかった。権利があるって言ったのに、嘘つきですわ」


私は愚痴っぽくなった口調に気づき、ハタと止めた。


リアンの話をしてる場合じゃない。


アンソニーは私の言葉を咀嚼し、首をひねった。


「負担をかけたくなかったんじゃないですか?」

「そうかも……しれません。リアンは優しいですから。……だから、リアンの願い事をなかなか見つけられないのかも。きっと私に遠慮しているんですね。私がこの呪いが解けないことを少し嬉しいと思ってることを……わかっているような気がします。だから、それはもう、やめようと思います」


喜んでいちゃダメ。リアンの体調が心配だし、リアンには元気でいてほしいから。だから、私は願いを叶える。


「そっ……それは……リアンの前から去るということですか? 別の国へ移住すると? ご希望なら、叶えますが……しかし……」


アンソニーが言い淀んだが、私は首を横に振った。


「いいえ、そんなことはいたしませんわ。呪いが解けない限り、リアンも呪いに影響を受けるんですもの。リアンが私と同じようになったら、困りますでしょう?」

「リアンも?」

「ええ。今のところ問題はないようですが、私のように鏡に命を削られるかもしれませんから。私が願いを叶えるまで影響を受けるのと同様に、願った者も影響を受けるはずだと、言われましたもの」

「まさか……その場限りではなかったのですか?」

「残念ながら。あの鏡には、……大きな影響力があるんです。私たちは、呪いが完了するまで影響を受けるのです。でも、……」

「それが嬉しい、と」

「私、変なのです。リアンが心配なのに、願いを叶えたいのに……」

「”叶えるのが怖い”?」


アンソニーは笑わなかった。


「えぇ、……そうですわね。私は……リアンから離れる覚悟をしなければ」

「ソフィア様……どうしてそんなふうにお考えになるんですか? リアンがあなたが自分から離れていくことを望むと思いますか? 呪いを受ける覚悟をしてまで、あなたをこちらに引き戻したのに?」

「リアンは……あの時、寂しくて孤独だったんです。でも、幸せになればきっと、私のことなど忘れますわ。むしろ、義務感の重みだけ増して……顔を見るのも嫌になるかも?」

「そんなことあるわけないでしょう」


ため息交じりのアンソニーの言葉は、おざなりでも温かかった。アンソニーには敵わない。国のことを考えれば、私のことなんて捨て駒にして利用したっておかしくないのに、一通り”伝説の令嬢”の影響を確認したら、”私”の幸せを手に入れていい、好きに暮らしていいだなんて言って。その上、私が”らしからぬ”ことを言っても、否定しないで聞いてくれた。


「アンソニー様はお優しいですね。でも私、鏡の中からたくさん見てきたんです。だから、リアンの本当の願い事を叶えて、関係が変わるのを怖がっていたんですわ。人って本当に、ころっと変わるんですのよ。リアンがそうであろうとそうでなかろうと、その時にならなければわかりませんから……それを怖がるのを、やめました」

「ソフィア様……」


アンソニーが心配そうに呟く。変ね。私、笑っているでしょう?


「それより、鏡については、興味深いことがわかりましたのよ。デイヴィッドは王宮の書庫よりたくさんの禁書を集めていましたの。知っておりましたか?」

「デイヴィッド様が?」

「ええ。今はまだ秘密ですよ。確認が終わりましたら、お納めしますから」

「それは……そうしていただけると助かります。ありがとうございます」


アンソニーが頭を下げた。こういうところはきちっとしていて、本当に王太子っぽい。いや、王太子なんだけど。


「それで、考えたんです。あの鏡は、一人分の魔力の結晶なのではないかと。あの中に力の強い魔法使い、一人分……それ以上の力が縛られているんだと思います。願いを叶えるために」

「……どうして、そんなことを」

「私が呪いにかかっているのはご存知ですね。リアンも、願い事が叶わない限り、呪いにかかっています。本人はもう免れたと思っているようですが、少し違っていて……私が鏡に体調を左右されるように、いつかリアンも左右されてしまうかもしれない。もしかしたら、私の命が削られているかもしれないのに、それをリアンにも味わわせるわけにはいきません。だから、……なんとしても、私はリアンの願い事を叶えたいし、鏡を……どうにかしたいんです」

「どうにかしたいとは、……消したいということですか? 鏡の力を?」

「もったいないと、お思いでしょうね。でも、知っての通り、あの鏡の力はとても大きいのです。何しろ、瀕死のノアを回復させることができ、その前には私をこの姿のまま、百年も閉じ込めておくことができているのですから。鏡ひとつの力としては、異常なくらいだと思いますわ。そして私は、鏡の中にいて、鏡が作った場所にいたに過ぎません。でも、こんなにも影響を受けている。生命を維持する力があるとするなら、あの鏡は、一貴族が持っていていいものではありません。そして、私が思うに、国が持っていても、争いの火種になるだけです。もし、……この国が魔法を平和的に使う先駆者だとしても」


私の言葉に、アンソニーは否定するように頭を振った。


「使うつもりは毛頭ありませんよ。もちろん、あなたのお家でもそうでしょう。ピアニー家で保管していただくわけにはいかないのですか」

「今までは、できました。鏡はただの象徴で、思い出で、誇りでした。ですが、私が戻ってきてしまって、鏡の存在意義は変わりました。畏怖の対象、強い力、そして、権力です。あの鏡を持つだけで、実力は関係なく手に入れられてしまいます。好ましいものではありません」


アンソニーは考え込むように黙り込んだ。私は話を続けた。


「アンソニー様は、強大な力を手に入れたいとお思いですか。鏡を使ってなんでもできますわ。もちろん、呪いは自分にかかりますけれど、そんなもの、跳ね除ける魔法を考えれば済むことです」

「私はそんな低俗な人間ではありませんよ」


ムッとしたアンソニーに、私は微笑んだ。


「わかっておりますわ。ですが、将来、いないとも限りません。常に正しいものだけが王宮にいると、お思いですか? 私の家だって、わかりません」

「ですが」

「いいタイミングだと思うのです。私が出てきたことで、鏡の力が失われた、そう思ってもらえるチャンスですから」

「あぁ、……そうですね。確かに……でも……」

「アンソニー様。この話は陛下には内密にお願いします。もちろんリアンにも。リアンには鏡の力の話はしていますが、私が呪われている話はしていませんし、するつもりもないのです」

「いい加減、言ったらどうですか? リアンも困惑している思いますよ。時々、あなたの行動は不可解に見える。……鏡のことを知らないとね」

「仕方ありませんわ。これ以上、リアンに、迷惑をかけたくないんです……」

「リアンは迷惑に感じることはないと思いますよ」

「だから余計に困るんです。リアンには幸せになってもらうんですから。私なんぞに拘っていては、幸せを逃してしまいますわ」

「幸せねぇ……」


そしてアンソニーは笑った。


「誰にとって何が幸せなのか、わかると思いますか? 私にとって、何が幸せなのか。私には、わかりませんよ。自分の幸せでさえね」


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