97 あなたの幸せを
「アンソニー様にはそう見えますか? 私は仲良くなって貰えばと思っただけで、他に思惑などありませんのよ」
「リドリーのために?」
私は微笑んで、首を横に振った。
「私のためです、王太子殿下。私にとってチャーリー殿下はあくまでメアリの子孫で、少々早いような遅いような、孫なのです。その孫に、同年代の友人が増える方が、闇雲に私を追うより健全ですわ」
「隙のない方だ。リアンも苦労するわけだ」
「リアン? リアンも喜ぶと思いますけど。デボラも元気になりましたし」
それで思い出したかのように、アンソニーは私を見た。
「鏡の呪いは解けましたか」
その言葉に、私はいささか大げさに肩を落とした。
「いいえ、全く。アンソニー様はデボラとリアンが仲直りすればとおっしゃいましたけど、違いましたわね」
「うーん、違ったねぇ。ま、そうじゃないかとも思ったけど」
苦笑いをするアンソニーを見ながら、私はノアの言葉を思い出した。
『まずは、リアンの問題をすべて解決してやろうと思ってそうで』
本当にそんなこと、思っているのかしら。
「……リアンに問題なんてあります?」
私が言うと、アンソニーは不思議そうに私を見た。
「そう思います?」
「いいえ。でも、……アンソニー様はご自分の腹心の部下として、リアンを重用しておられます。リアンが仕事に集中できるよう、問題は全て排除するつもりなのではないかと」
「うーん、そこまで無粋ではないつもりなんですけどね。私はあなたのことを気遣ってるだけですよ、ソフィア様。あなたは大変な運命を背負っておられる。だから、幸せになっていただきたいんです。ソフィア様の幸せは、なんですか?」
「私の幸せ?」
急に尋ねられ、私は思わず復唱した。
幸せ?
「私は……何をしていても幸せです。今、生きているのですから」
「リアンのそばにいたいと思いませんか?」
「リアンの役に立ちたいとは思っています。でも、……それがリアンのそばにいることなのかどうか、わかりませんもの」
「それでは、あなたがリアンのそばにいることが、リアンの幸せなら?」
「そんなこと……ありえないわ……」
言葉が小さくなってしまった。アンソニーはきっと気づいただろう。本当はそうであったらいいと思っていること。そして、でも、期待したくないこと。失望するのが怖い。
アンソニーが穏やかに口を開いた。
「ねぇ、ソフィア様。あなたはあなたの好きなように生きていいんです。もちろん、国家として、”伝説の令嬢”はとても大事な役割で、あなたのおかげで、法整備も進むでしょう。でもそれと、私が願う、あなた個人の幸せは別です。私はあなたにかなりの無茶を言っています。ですが、あなたが今後生きる上で必要だと思ったことだけですよ。そして、あなたが全ての決まりごとから解放されたら、あなたが望むように、生活して欲しいと思っています。街で暮らしても、チャーリーと結婚しても、リアンのメイドになっても構いません。あなたが本心でしたいことなら、私達がサポートいたしますよ」
「したいこと……」
「ソフィア様は、呪いから解放されたら……どうしたいんですか?」
呪いから解放される時。それはきっと、リアンが私を必要としなくなる時だ。私はそれでも、リアンのそばにいたいのかしら? どうして私はリアンがいいのかしら? リアンが私にこだわったように、私も誰かの信奉者なのかしら?
「アンソニー様。私はそもそも、呪いから解放されたいのか、わかりませんの」
「それは……どういうことですか?」
「リアンの望みがデボラとの仲直りじゃないとわかった時、私、嬉しかったんです」
私の口からポロリと出れば、それは驚くほど滑らかに流れ出した。
「そして、リアンが私と一緒にいたいと言ってくれて、ホッとしました。いついらないって言われるかわからないのに、逆らえないのに、嬉しかったんです。変ですよね?」
「ご自分で、わからないんですか?」
「わからないんです。こんな気持ちは初めてで、……すごくもやもやして、不思議な気持ちです」
すると、アンソニーは初めて柔らかく笑った。
「……そんなことはないと思いますよ。もっとご自分の気持ちに耳を傾けることです」
「自分の気持ち?」
「これ以上、私がお助けできることはありませんけどね」
嬉しそうにはしゃぐ声が、テーブルから聞こえた。見ると、デボラが両手を顔の前で合わせている。
「そうですわ、チャーリー殿下! まだまだ他に令嬢がいらっしゃいましてよ! 先日お会いした伯爵令嬢は、チャーリー殿下を素敵とおっしゃってましたし、周囲に目を向けてくださいまし」
まだその話をしてるの?
「でもわたくしが思いますに、コレット様が一番美しくて聡明な方ですわ! あっ……チャーリー殿下は、ご自分よりお美しく優秀な方は苦手でしょうか……?」
デボラが酷すぎる。
ちらりとアンソニーを見ると、吹き出すのをこらえていた。