96 アンソニーとの語らい
「どう?」
「ヒッ……アンソニー様?!」
私が振り返ってぎょっとすると、アンソニーは人差し指を唇の前に立てた。だいぶキラキラっぷりが増している。これは……何か”素敵な”ことを考えている予感……想像したくない。
「やだな、おばけじゃないのに」
「そんなこと言ってません」
おー、怖い。背筋がまだゾクゾクしてる。
アンソニーがにっこりと微笑んだ。
「どうかな、チャーリーは」
私は肩をすくめ、テーブルに視線を戻した。するとデボラと目があった。なるほど。彼女は先にアンソニーを認めたのだ。そして、テーブルに来るのを阻止した。さすがリアンの妹だ。
「年下の女の子に翻弄されております」
「なるほど。……美人が三人もいたら、大変だな」
「二人の間違いですわ」
アンソニーの目が私を見て細くなり、口元を歪ませた。笑いをこらえなくたっていいでしょうが。
「アンソニー様、お世辞は要りません」
「そう? 私は常にそう思っているのだけどな……」
しらじらしい。
「私の信奉者なのでしたら、私をご利用なさろうなんて思いませんわ」
「もちろん信奉者さ。ただ、あなたは少々特殊だ」
「なんのことです? どうせあなたもニコラスフリークなんだから、”少々特殊だ”のあとに、”伝説の令嬢なんだから”がつくのでしょう?」
「そうでもありませんよ?」
「それでは、”伝説の令嬢”というのでなければ、実際、私のことをどうお思いで?」
「なくてはならない人ですね、もちろん」
私が白い目で彼を見ると、アンソニーはクックッと笑った。
やっぱり。策略家として、かなぁ、それとも、諜報員かなぁ……
私、スパイなんてしたことないんだけど。
「それより、夏離宮のカタが付きましたよ」
話が変わり、私は思わず声を上げた。
「本当ですの?」
「はい。正式に、国から、ピアニー家へ依頼が行くことになります。『夏離宮で働く従業員を選ぶように』と」
「それで……選ぶのは、執事を筆頭に、使用人達、ということですね?」
「まぁ、だいたいはそうです。実際には『”伝説の令嬢”が選んだ使用人が選ぶ』ですけどね」
「えぇ? 何それ……」
「将来的にはその役職者が選ぶことになります。責任重大ですね!」
「な」
「いやぁ、助かりました。これで、国から要請がピアニー家に出され、国内外で有名な”伝説の令嬢”が定められた使用人が選び、その栄誉に預かった者が夏離宮で勤める。ちょうどいいでしょう?」
確かにそうだ。なんだかんだ、最も自然な流れに思える。
「……最初に選べば、それ以上、私がすることはありませんよね?」
「時々夏離宮へ来ていただければ、いい宣伝になりましょう」
「いきませんわ、絶対に。でも噂くらいなら、どうということはありません」
「ありがとうございます」
素直に頭を下げるアンソニーは胡散臭さ全開だが、彼は私の上司のようなものだ。機嫌を損ねるわけにもいかない。私は肩をすくめた。
「国のお仕事はいいでしょう。でもその裏の用途はどうします? もう知ってらっしゃいますでしょ」
「同じ機能を持たせるかどうか、ですか?」
アンソニーは考え深げに言い、私は首を横に振った。
「でも、そういうわけにはまいりませんでしょう?」
「そうですね。国としては認めるわけにはまいりません」
「私も望んではおりませんわ。でも、……考えていることがあります」
「なんでしょう?」
私は声を低め、音が周囲に漏れないようにアンソニーに近づいた。
「会員制の秘密クラブです。夏離宮には、様々な部屋があります。会議に使わないような、空いている部屋の使用権、ということではどうでしょう? 貸切権付きの。使い方は自由、誰が使っているかはわからない、会員も誰かはわからない。規則も厳しい。でも使える、それで充分ではないかと。彼らからは、会員費を取ればいいでしょう」
「その費用はどう使うのです?」
「夏離宮の建物の維持費と、慈善事業は? それならきっと、悪いイメージはつかないでしょう」
「なるほど……」
「ただ、自分の会員権を貸すのはナシです」
あれはトラウマになったので、絶対にナシ。ジョルジョに使わせた貴族、許すまじ。
「その他、諸々、使い方は熟考してくださいませね」
「つまり君のところの使用人を数人、借りていいということかな」
図々しいと言っていいのか、当然と言っていいのか、それだけのことがピアニー家にできるとでもいうの? ……場所が変わってもできるのかもしれない。今まで長いこと、やってきたんだから。
「一度にはお貸しできませんが、少しずつなら。あ、そうだわ、後ででも、それにつきましてはご相談したいことがあります」
使用人を育てるのが趣味らしい子爵家の話をしてもいいだろう。でもそれはまた今度だ。
「全体のことはヘンリーとデイジーに聞くだけで良いと思いますわ。実際、私の部屋はあの二人が……主にデイジーが回しておりましたから、他の者は知らないんです」
「半信半疑でしたが……そういうことでしたか。ま、私が放蕩者なら知っていたのでしょうが、生憎、性格的にも告発してしまいそうな人間ですからね。曖昧な部分も必要ですね、王になるには……この件で、より深くそう思うようになりましたよ」
私はにっこりと微笑んだ。
「それは嬉しいことです。王太子妃になられる方には、それも理解していただける方がよろしいですわね」
「それはご自分を推薦しておられますか?」
おっと、笑顔が引きつりそうだがそれは我慢だ。
「そんな風に聞こえてしまうとは、心外ですわ。私、清廉潔白な方が好きなんですの」
「ご自分の部屋を今でも使った輩を、訴えることなく見逃してあげたご令嬢の言うこととは、とても思えませんね」
「それでしたら、それは、私以外でお似合いの方を探してらっしゃる王太子殿下のお戯れには、付き合いきれませんと、暗に伝えられたということではないでしょうか」
「それは手厳しい」
アンソニーが笑った。
「私には分がありません。チャーリーがこちらを睨んでいるし、私は誰からも恨まれる運命にあるようだ」
「コレット様はアンソニー様に憧れているようですけど?」
「いいや。例えそうでも、あなたがそれを歓迎しているようには思えませんね。憧れと実際に気の合う相手は違う。……本当に、よく思いつかれたものだ。コレット嬢とチャーリーは実に息が合っている」
さすがにバレたか。でも、息が合ってるって、本気? 未だに喧嘩しているようだけど。