95 ご褒美のお茶会のはずだったのに
第十二章です。
よろしくお願いします。
王宮の庭園で、満面の笑みの私とは対照的に、王子であるチャーリーは不満そうに口を尖らせていた。
「兄上に伝えておいたのに……」
確かに、リアンのいない日だった。詳細はよくわからないけど、以前、リアンが言っていたアンソニーのお誘いは、チャーリーのおねだりの賜物だった。勉強を頑張ったので、そのご褒美らしい。
なるほど、リアンがいない時に、とはよく言ったものだ。
だから私もご褒美(と言っていいのかわからないけど)を持ってきた。
デボラと、リドリーの妹、コレットだ。
初めて会ったコレットは、リドリーによく似た、たいそうな美人だった。キラキラの金色の髪が腰まで輝き、翡翠色の瞳はこれでもかというくらいに大きい。そしてその物腰の丁寧なこと。この年齢でこれだけ目をひくなら、将来どうなることやら……
ちなみに、デボラはリアンには似ていたが、不思議とアンソニーには似ていない。だから思う存分、かわいいと言える。
デボラとコレットは、お互いにチラチラと相手を見ては目をそらしている。いい傾向。これで、チャーリーとコレットがいい感じに知り合ってくれると嬉しいのだけど。
「コレット様、今日はお会いできて嬉しく思いますわ。よろしくお願いいたしますね」
一通り、紹介が終わった後、私が笑顔を向けると、コレットは小さく頷いた。
「よろしくお願いいたしますわ……わたくしのことは、……コレットでよろしいんですの。ですから、わたくしも……」
「ええ、もちろんです。ソフィアとお呼びください」
「ありがと……ありがとうございます。えぇと、その、ワグレイト公爵令嬢も、その、わたくしをコレットと呼んでいただける?」
「もちろんです! ……ですわ! で、デボラも、ええと……デボラと、呼んでくださいませ!」
これは困った。チャーリーが置いてけぼりだ。私は手持ち無沙汰にしているチャーリーに向き直った。
「チャーリー殿下、今日はお招きありがとうございます。このような場を設けていただき、本当にチャーリー殿下は寛大な方だと感謝しております」
ネタをバラせばアンソニーが設けた席なので、チャーリーは何もしていないんだけど。でもまぁ、チャーリーのための席だ、そこに参加させてくれたのはありがたいことだった。
聞いたところによると、周囲からは、チャーリーはまだ、ごく親しい友人以外の客を呼べる立場にないと厳しく言われているらしい。だが、私との文通で元気付けられ、チャーリーは勉強に勤しんだので、ご褒美をもらえることになった。それがこの席だ。そして、この席を円満に、納得のいく形で終わりまで持たせることができれば、自分で客を呼んでいいと言われている。
私はといえば、アンソニーに相談し、リドリーに打診して、彼らの妹を連れて来てもらうことにしてもらったのだった。安直な”伝説の令嬢”の思いつきのように。
”デボラとチャーリー様が帝王学の勉強を一緒にするなら、公爵令嬢だし、コレット様も一緒にどうかしら? 友達も増えるんじゃないかと思うの”
軽い言葉で誘ったので、私の意図は伝わっていないだろう。
伝わってたら、連れて来てくれなかったかもしれない。リドリーはコレットをたいそう可愛がっているみたいだから。敬愛するリアンになら差し出しても、まだまだ未熟なチャーリーには渋い顔をするだろう。立場的にはチャーリーの方がいいのに、信奉者というのは不思議なものだ。
チャーリーが少し照れ臭そうに私を見返した。
「私は……ソフィアに会いたかったのだから、会えて嬉しいです。デボラ嬢も、姉上と親しいからよく知っているし、今度一緒に勉強をするんだよね? これを機に親しくできたらいいなと思うよ。でも、えぇと、コレット嬢も一緒に勉強するんですかね? どうしてです?」
なるほど。コレットはチャーリーにとって少し邪魔らしい。自分より目立つからかしら……?
私は笑った。
「リドリー様は、ぜひご一緒していただきたいと言っておりますわ。チャーリー王子は、コレット様のもう一人のお兄様、デジレ様とは、ご一緒に剣術の練習をなさっているそうですね。ですから、全く縁がないというわけでもないでしょうし」
と言っても、仲がいいかは知らないけど。デジレは優秀で、机上の勉強は既に一通り終わっていて、先に進んでいるが、遅れているチャーリーの方が、剣術では上らしい。
「そうですけど……うん……コレット嬢……君は……」
チャーリーがコレットをじっと見つめた。
何を言うのかしら……変なこと言わないでくれるといいけど。
「目が、リドリーやデジレと同じだな! すごく澄んだ、綺麗な緑だ! 川の反射みたいで、私はその色が好きだから、会えて嬉しいと思う。妹がいるとは聞いていたけど、いつもうやむやだから、本当はいないのかと思っていたところだ」
コレットが目を丸くしてチャーリーを見た。
真正面からこれほど率直に、褒められたことなどないのだろう。兄のリドリーは輝くほどの美貌だし、デジレも剣術が突出して得意な美男子として有名らしいし、コレット本人は幼いが将来の美しさを彷彿とさせる顔立ちだ。三人ともきっと、褒める余地もないほどに、きっとそれが普通だ。だから、賞賛されている理由も、美の基準もわからないに違いない。
公爵令嬢は、特にお世辞と本音のないまぜな言葉の世界だ。褒められても、それがお世辞なのか本心なのか、はたまた影で蔑んでいるのか、わからないものだ。単純に立場が圧倒的に上なのは、王族しかいない。その彼が褒めたのだから、それは真実と言えるだろう。
コレットは頬を赤くしたが、プイと視線を逸らした。
「……王子は……榛色の瞳が……髪と同じで……とても素敵ですわ……」
「へ?」
おそらく、自分も褒められるとは思っていなかったのだろう。チャーリーは顔を真っ赤にして照れ始めた。
「え? いや、そりゃそうだよ、でも私は、……あれ?」
動揺しすぎ。何この茶番めいた空間は……
すると、空気を読まずデボラがはしゃいで言った。
「まぁ、チャーリー殿下、本当にコレットが言うように、髪と瞳の色が同じですのね。とてもかっこよく見えますわ。ソフィアは知ってた?」
「……えぇ、アンソニー様と同じ色ですね」
私が微笑むと、チャーリーはぐっと詰まった。
「やはり、ソフィア様は、兄上の恋人なのですか? 結婚を予定しているから、簡単に約束してくれたのですか? でもソフィア様を姉と思うことなどできませんよ! 出会った時から私の心はあなたものです! ソフィア様、私が兄上をお助けできるほど成長するまで、さほどお待たせすることもないでしょう。それに、私は王子なのですから、私以外に求婚はさせませんよ」
「まぁ!」
私が口を開く前に、なぜかコレットが立ち上がって猛抗議した。
「なんてことを! こんなことで権力を行使なさるなんて、なっておりませんわ。それにチャーリー殿下、リドリー兄様が言うには、ソフィア様には決まった相手がいらっしゃるんですもの」
「それが私の兄上ということなのでは?」
「いいえ、違いますわ。わたくしもお兄様に聞きましたの。でも、違うというだけで、答えてはくれませんでした。ソフィア様は”伝説の令嬢”としてお忙しくなさっていて、注目度も高いのですから、そういったことは軽々しく言ってはなりませんのよ。それが”配慮”というものです。チャーリー殿下は王族であられるのに、ご配慮が足りないのでは……?」
十歳なのに辛辣。やや身びいきだけれど、それなりに的確。そしてこの落ち着き。
コレットは思った以上に聡明そうな令嬢だ。
それにこの、物怖じしなさは、地位と本人の魅力が自信になったものだ。この年齢なら王子の気を削いでも戯れで済むけれど、だとしたって王子に言い返すなんて、なかなかできるものじゃない。
ぜひデボラと友達になってもらいたい。デボラの表情からすると、大丈夫そう。
だが、本命のチャーリーはムッとした顔をした。
「な、何を言う! 私は王子だぞ」
「まぁ、この場でも権力をお使いになられますの? そのような使い方を、国王陛下や王妃様はお許しなのですか?」
鋭い。このことを私が報告すれば、今後しばらく、チャーリーはお茶会開催のめどさえ立てられないだろう。
「コ、コ、コ、コレット嬢! 君は! 兄上のリドリー殿とは違って生意気なのだな!」
「私は兄とは違いますのよ。ただ、言わせていただきますと、ソフィア様にはチャーリー殿下より、リドリー兄様の方がお似合いですわ。年齢的にも、お人柄的にも……家柄的にも」
「何を根拠に!」
「そういうところです! ソフィア様だってお困りですわよ!」
「なんだって!」
……喧嘩になった。
相性が悪かったのかしら?
思わずデボラに目を向けると、デボラはいたずらっぽく微笑んだ。そして、席を外すように私を促した。
どういうことかしら? 不思議に思いながらも、私は促されるまま席を立った。そして、近くの木陰で三人の様子をじっと見た。
可愛い。なんにしろ、可愛いわ。将来が楽しみな三人が眩しいわ。
その時、肩に何かがふわりと乗った。