94 デボラの決意
どうしてなのか、一晩寝ても、よくわからなかった。
翌日、私は庭でデボラと二人、お茶を飲んでいた。
「わたくし、まだこちらにいるんですけど、そのうち、またお父様とお母様と、一緒の家で暮らそうって話になっているのです。ソフィアのおかげです」
デボラの愛らしい笑顔が胸に響いた。
「まぁ……私は何もしてないわ」
「いいえ。リアン兄様のことをたくさん教えていだだきましたわ。それで……あの……その時には、ソフィアのお屋敷に遊びに行ってもいい? 兄様にもお会いしたいし……」
「でも……リアンも一緒に暮らすのでしょう?」
私が首をかしげると、デボラも首を傾げた。
「いいえ? リアン兄様は、そちらのおうちにいらっしゃるでしょう? いつかは戻ってらっしゃるだろうけど、いつかわからないから……兄様は、そうおっしゃってましたわ」
何言ってんだろ、この子は……
「いやいや。ノアが元気になって、サポート体制が落ち着けば大丈夫だから……多くてもあと、一、二年でしょう。その前に帰って、通いでノアの相手をしていただいても充分のはずだわ。いつかわからないなんて……」
「でも、わたくしがデビューする時はエスコートするけど、家にいるかわからないって」
何それ。
「……呆れた。六年も七年も先の話じゃない、さすがにそれはないでしょ」
「でも、ソフィアはずっと家にいらっしゃるんでしょう?」
「ええ、もちろん。ノアが良ければ、だけど」
すると、デボラはホッとしたように笑った。
「兄様は、ソフィアには責任があるって、だから世話をするんだって言ってらしたわ」
「やだ。一生するつもり? 結婚はどうなってるのよ」
意味がわからないわ。半分憤った私に、デボラは首を横に振った。
「わかりませんわ。でもお兄様が好きでもない方と結婚するのは嫌だし、……お兄様の事を、本当の意味で好きになって下さらなければ、嫌です」
恥じらうデボラは可愛らしい。この笑顔を曇らせてはならないわ。私は慌ててフォローした。
「リアンを好きになる人なら、たくさんいるわよ。最初は地位や容姿に惹かれるだけかもしれないけど、結婚すれば、リアンのいいところを知って、きっと好きになってくれるわ。そういう、優しい方に出会えるといいわね」
そうなると、自力で結婚は難しいかも。そしたら、やっぱり、見合いになるのかしら……?
「慰めはよろしいのですわ、ソフィア……」
「え?」
「だって……兄様はモテないのでしょう……?」
「そんなこと……」
そこでふと、キースとアンソニーの言葉が蘇った。
『リアンはそれなりにモテるのに最後の最後でだめになる』
ん……? モテるモテないで言ったら、これはどっちになるのかしら?
もちろん、見た目も条件もいい人柄もいい、舞踏会ではみんなの視線を集めてお茶会に顔を出せは注目の的。令嬢とも会話もできるようになってる。でも……
なかなかいい出会いがないから諦めようって言ってなかった? デボラに譲ってもいいとか何とか……
「だからね、わたくし、勉強することにしたのです」
デボラが目を輝かせて言った。
「お兄様が次期当主を辞退するようなことがあれば、わたくしがなるしかありませんものね。ならなくても、勉強をしておくに越したことはないと、リアン兄様が」
「え、ちょっと待って。それはいいことだけど、……なんで?」
その考え、リアンに洗脳されてない……?
「ですから、兄様が家を継がない時には」
「どうしてそうなるの。リアンがそう言ったの?」
「えぇ、でも、最初に言ったのはわたくしなんです」
そう言われ、私は一瞬で慌てていた気持ちが元に戻った。
「どうして?」
「アーロン兄様がなくなって、わたくしたち、途方に暮れてしまいました。だって、何でもかんでも、アーロン兄様にお任せしてしまってたんですもの。わたくしもリアン兄様も、もう少し、アーロン兄様のことをお手伝いできるように、家のことを勉強しておくべきだったなと思ったの。今はリアン兄様が勉強してるけど、なんだか不公平な気がして……申し訳なくて……いいえ、わかってるの、決まりだから何も問題はないこと。でも、……何かできるんじゃないかと、思って」
「それが、公爵家の帝王学を学ぶこと?」
「おかしいでしょうか?」
「おかしい、とは言い切れないけど、……おかしくなくても言えないわね」
私の言葉に、デボラはウフフと笑った。こちらで静養している間に、より広く深く考えるようになったらしい。時間はたっぷりあった。
「デボラはそれでいいの?」
「ええ、もちろんです。家族としての義務だと思っています」
「あなたの公爵家は、女性でも継げるのかしら?」
「はい。と言っても、忙しくメリットがあまりないと、ならない方が多かったようです」
なるほどそれはクール、さすがな淡白さだ。それよりきっと、やるべき補佐があったのだろう。適材適所というものだ。
「今回は、もしかしたら、メリットがあるかもしれないと?」
「わかりませんけど。目指してみないことには。お兄様と一緒に勉強ができるし、……キース様やアンソニー王太子殿下も、お手伝いしてくださるそうなのです。それに、チャーリー殿下やマーガレット姫も一緒に勉強してくださる科目があるとおっしゃってくださいました。お友達ができるといいなと思いまして」
随分と高貴なお友達……権力好きなら、よだれ出そう。それなら、それを極めるまでよ。
私はデボラに提案をしてみることにした。
「でも、王族だけじゃなくて、同じ貴族でもいろんな人と知り合うといいわ。お茶会はいいわよね。公爵家のお友達も作ってみない?」
「まぁ、それは素敵! もちろん、子爵令嬢や伯爵令嬢のお友達もいるんです。でも、いつでもお会いできるわけじゃないので……お友達はたくさん欲しいです」
目を輝かせたデボラに、私はホッとした。
「それなら、聞いてみるわ。私はお会いしたことはないのだけど、彼女のお兄様を知ってるの。きっと、素晴らしく綺麗で、素敵な子よ」
「ソフィアがおっしゃるなら、きっとそうなのでしょうね」
「ランダー公爵アーチボルド家のお嬢さんよ。お兄さんに伝えてみるから、お会いできる日を決めましょう」
「ええ、ぜひ」
デボラは嬉しそうににっこりと微笑んだ。私も同じように笑みを返した。
私ったら、なんて頭がいいんだろう。
同年代の、デボラにリドリーの妹、少し年上のチャーリー。うまくいけば、ランダー公爵家は王家と縁ができる。公爵家のパワーバランスも良くなる。そうしたら、王宮での立場を気にしないで済む……チャーリーはアンソニーと仲がいいんだし、いい縁結びになるかもしれないわ。
11章、おしまいです。
次はまたお茶会の場面を予定しています。
なかなか早い更新ができず、申し訳ないです。
またしばらく間が空いてしまうかもしれませんが、続きを読んでいただけたら嬉しいです!