93 輝かしい再会
そうと決まれば話は早い。
私は、リアンとともに、デボラが静養する屋敷へ来ていた。
リアンが緊張した面持ちで、居間のソファに座っている。デボラは庭で遊んでいて、その姿が窓からよく見えた。あえて見える所で遊ばせてくれているのはわかっている。
「やっぱり、ノアにも来てもらったほうがよかったかしら」
前回来た時に、ノアはずいぶん仲が良くなり、私ほどではないけれど、それなりに手紙のやりとりをしていた。再会するまで、互いに幼かったこともあり、ノアとデボラはほとんど交流をしていなかったらしい。でも、今はそうではない。ノア相手ならかなりリラックスできるはずだ。
「いいえ、大丈夫です。考えてみれば、そもそも、自分の妹なんです。僕はデボラを愛しているし、大切に思っていることは変わりません。……ですよね?」
「そうね。時間は有限なのよ。いつ会えなくなるかわからないの。だから、会える時間を大切にしてほしいわ」
「……そうですね」
リアンは穏やかに微笑むと、立ち上がった。
「こうしていても始まらない。庭に出よう。デボラは可愛いな。……あんなに明るくて、元気になれるなんて、……僕はその間、何もして来なかったから、兄と言えるのかわからないけど……」
「何を言ってるの。手紙のやりとりはしていたのでしょう。できる範囲でやってきたことがあるのだから、きっと大丈夫。何なら、かけてもいいわ。きっと、デボラが先にあなたに話しかける。そうしたら、私の勝ちよ」
「ソフィア……ありがとうございます」
リアンは私の手を取って、手にキスをすると、意を決したように前を向いた。
そうして、リアンは庭に出ていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
再会は、あっさりとリアンが負けた。
「お兄様!」
デボラが振り向き、喜びを抑えきれないように声を上げた。
「リアンお兄様! わたくし、デボラです! お分かりになります? デボラはこんなに大きくなったのですよ!」
リアンが自然と声の方へ足を向け、走り出した。
「デボラ……!」
これで安心だわ。リアンは全ての願いを叶えられた。自分の目で、確かめなきゃ。
私はぼんやりと目を上げた。
デボラが戸惑うリアンに飛びついている。似たような姿を見たことがある。それは鏡の中から見たアーロンとデボラだったのだろう。ただ、その後ろに、もう一人いて、その青年に、二人は振り返って笑っていたのだった。
デボラにいつもアーロンしかいなかったなんて、そんなこと、なかった。アーロンがいつもリアンをフォローしていたわけでもない。アーロンだけが二人をつないでいたわけではない。失ったものが大きすぎて、デボラもリアンも気づかなかっただけ。大事な人を失うのが怖かっただけ。
でもそれ以上に怖いのは、大切なのに、もっと相手を知っておけばよかったと、失ってから気づくことだ。
二人はそれに間に合った。だっていい笑顔で笑っているもの。
それにしても、デボラは本当に変わったわ。どんなに嬉しいことだろう。
「ソフィア様」
呼ばれて振り向くと、デボラの乳母だった。
「お手紙をいつもありがとうございます。”妖精さん”からの手紙を、お嬢様はとても楽しみにしておりました。読んで差し上げておりましたので、わたくしめも内容を知っておりますことをお許しください」
私は笑顔で乳母に頷いた。
「もちろん。読まれることはわかっていたわ。何を書かれるかわかりませんしね」
「申し訳ありません」
「気にしないで。当たり前のことよ」
乳母は安心したように、ふぅと息を吐き、私に微笑んだ。
「それにしても、お手紙は秀逸なお手並みでございました。ゆっくりと、いつの間にか、お嬢様の相談事や、ソフィア様のお話から、坊ちゃまの……若旦那様の話に切り替わりまして、その自然さに、感激しております。わたくしたち使用人たちも、若旦那様の近況を知ることができ、とても感謝しているのです」
「それなら……よかったわ。アーロンがいないと続かない兄妹なわけがないのよ。そういう意味では、リアンとデボラはとてもよく似ているのね」
「そうでございましょう。お二人がこじれず、互いを真っ直ぐに見ることができたのも、ソフィア様のおかげでございます。ソフィア様の愛情あふれるリアン様の近況が、デボラ様に伝わったのですわ」
「大げさよ」
私は笑った。
「いいえ、大げさであるものですか。本当に、素晴らしいことです」
「ありがとう。でも、もう……私は必要ないんじゃないかしら」
アンソニーの言っていた言葉が頭に響いた。
『彼女が彼らの死を乗り越え、笑顔で暮らせるようになること』
これが本当に、リアン望みなら、私はリアンに逆らえる。
すぐに出て行けと言われるかしら。でもノアがまだそれを許さないかしら。
でもその時、どうするかを、私は自分で決められる。
私はどうしたいのだろう?
このまま”伝説の令嬢”として生きる?
ノアの代理として伯爵家の影の仕事をやっちゃう?
夏離宮の全てを……
私はリアンとデボラの姿を眺めた。
リアンは戻ってくる気配がない。それは当たり前だ。私はもうリアンにはいらないのだから。
私の役目は終わってしまったんだ。きっと。
私は乳母に振り返って声をかけた。
「私、かえ」
帰ろうと思うの。そう言おうと思った次の瞬間、デボラが私に抱きついてきた。
「妖精のソフィア!」
今考えるとその呼び名はものすごく恥ずかしい。でも、すでに”伝説の令嬢”なんてひどい肩書きはあるわけだし、今更一つ増えてもどうということはない。
「まぁ、デボラ」
「ソフィア、一緒に来ていたなんて! とっても嬉しいわ。私、ちゃんとやれてるかしら?」
「ええ、とても素敵よ。淑女らしいわ」
私はデボラの顔をじっと見た。健康的で、表情豊かで、とても可愛らしい。前回会った時とは別人のように明るい。
しかし、デボラは私から離れなかった。ギュと抱きついて、放そうとしてくれない。
「えぇと……」
すると、リアンが口を挟んだ。
「ソフィア……お疲れでなかったら、デボラと僕と、一緒にお茶をしませんか」
「え、でも、兄妹二人だけの方がいいのでは」
「ソフィア様はデボラの心の支えだったそうですね。そのお話を聞かせてください」
笑顔のリアンの声色に力がこもる。
なんと。
逆らえない、ええ、そうよ。これは逆らえない合図。
小さな願いに逆らえない。つまり、まだ”呪い”は有効なのだ。
「まぁ、ひどいわね。デボラったら私の話は、内緒だと言ったでしょ……」
「でもソフィア、私、あなたとお手紙をやりとりするのがとても好きだったの。リアン兄様の話もたくさん書いてくれて、すごく嬉しかったわ」
「僕の話?」
それは言わないで欲しかったわデボラ……
「たいした話じゃないわよ。こんな仕事してるとか、今日は一緒に何食べたとか、そういう話よ」
「だから僕の話を聞きたがったんですね」
私は答えず、ただにこりと微笑んだ。
ショックだった。
私は安心していたのだ。
リアンの望みがまだ叶えられていないことが、私は嬉しかった。
リアンの体調が悪くなるかもしれないのに。私自身も解放されたかったはずなのに。
どうしてだろう? 私はリアンに縛られたいのかしら? どうして?