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鏡の中  作者: 霞合 りの
第十一章
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93 輝かしい再会

そうと決まれば話は早い。


私は、リアンとともに、デボラが静養する屋敷へ来ていた。


リアンが緊張した面持ちで、居間のソファに座っている。デボラは庭で遊んでいて、その姿が窓からよく見えた。あえて見える所で遊ばせてくれているのはわかっている。


「やっぱり、ノアにも来てもらったほうがよかったかしら」


前回来た時に、ノアはずいぶん仲が良くなり、私ほどではないけれど、それなりに手紙のやりとりをしていた。再会するまで、互いに幼かったこともあり、ノアとデボラはほとんど交流をしていなかったらしい。でも、今はそうではない。ノア相手ならかなりリラックスできるはずだ。


「いいえ、大丈夫です。考えてみれば、そもそも、自分の妹なんです。僕はデボラを愛しているし、大切に思っていることは変わりません。……ですよね?」

「そうね。時間は有限なのよ。いつ会えなくなるかわからないの。だから、会える時間を大切にしてほしいわ」

「……そうですね」


リアンは穏やかに微笑むと、立ち上がった。


「こうしていても始まらない。庭に出よう。デボラは可愛いな。……あんなに明るくて、元気になれるなんて、……僕はその間、何もして来なかったから、兄と言えるのかわからないけど……」

「何を言ってるの。手紙のやりとりはしていたのでしょう。できる範囲でやってきたことがあるのだから、きっと大丈夫。何なら、かけてもいいわ。きっと、デボラが先にあなたに話しかける。そうしたら、私の勝ちよ」

「ソフィア……ありがとうございます」


リアンは私の手を取って、手にキスをすると、意を決したように前を向いた。


そうして、リアンは庭に出ていった。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


再会は、あっさりとリアンが負けた。


「お兄様!」


デボラが振り向き、喜びを抑えきれないように声を上げた。


「リアンお兄様! わたくし、デボラです! お分かりになります? デボラはこんなに大きくなったのですよ!」


リアンが自然と声の方へ足を向け、走り出した。


「デボラ……!」


これで安心だわ。リアンは全ての願いを叶えられた。自分の目で、確かめなきゃ。


私はぼんやりと目を上げた。


デボラが戸惑うリアンに飛びついている。似たような姿を見たことがある。それは鏡の中から見たアーロンとデボラだったのだろう。ただ、その後ろに、もう一人いて、その青年に、二人は振り返って笑っていたのだった。


デボラにいつもアーロンしかいなかったなんて、そんなこと、なかった。アーロンがいつもリアンをフォローしていたわけでもない。アーロンだけが二人をつないでいたわけではない。失ったものが大きすぎて、デボラもリアンも気づかなかっただけ。大事な人を失うのが怖かっただけ。


でもそれ以上に怖いのは、大切なのに、もっと相手を知っておけばよかったと、失ってから気づくことだ。


二人はそれに間に合った。だっていい笑顔で笑っているもの。


それにしても、デボラは本当に変わったわ。どんなに嬉しいことだろう。


「ソフィア様」


呼ばれて振り向くと、デボラの乳母だった。


「お手紙をいつもありがとうございます。”妖精さん”からの手紙を、お嬢様はとても楽しみにしておりました。読んで差し上げておりましたので、わたくしめも内容を知っておりますことをお許しください」


私は笑顔で乳母に頷いた。


「もちろん。読まれることはわかっていたわ。何を書かれるかわかりませんしね」

「申し訳ありません」

「気にしないで。当たり前のことよ」


乳母は安心したように、ふぅと息を吐き、私に微笑んだ。


「それにしても、お手紙は秀逸なお手並みでございました。ゆっくりと、いつの間にか、お嬢様の相談事や、ソフィア様のお話から、坊ちゃまの……若旦那様の話に切り替わりまして、その自然さに、感激しております。わたくしたち使用人たちも、若旦那様の近況を知ることができ、とても感謝しているのです」

「それなら……よかったわ。アーロンがいないと続かない兄妹なわけがないのよ。そういう意味では、リアンとデボラはとてもよく似ているのね」

「そうでございましょう。お二人がこじれず、互いを真っ直ぐに見ることができたのも、ソフィア様のおかげでございます。ソフィア様の愛情あふれるリアン様の近況が、デボラ様に伝わったのですわ」

「大げさよ」


私は笑った。


「いいえ、大げさであるものですか。本当に、素晴らしいことです」

「ありがとう。でも、もう……私は必要ないんじゃないかしら」


アンソニーの言っていた言葉が頭に響いた。


『彼女が彼らの死を乗り越え、笑顔で暮らせるようになること』


これが本当に、リアン望みなら、私はリアンに逆らえる。


すぐに出て行けと言われるかしら。でもノアがまだそれを許さないかしら。


でもその時、どうするかを、私は自分で決められる。


私はどうしたいのだろう?


このまま”伝説の令嬢”として生きる?

ノアの代理として伯爵家の影の仕事をやっちゃう?

夏離宮の全てを……


私はリアンとデボラの姿を眺めた。


リアンは戻ってくる気配がない。それは当たり前だ。私はもうリアンにはいらないのだから。


私の役目は終わってしまったんだ。きっと。


私は乳母に振り返って声をかけた。


「私、かえ」


帰ろうと思うの。そう言おうと思った次の瞬間、デボラが私に抱きついてきた。


「妖精のソフィア!」


今考えるとその呼び名はものすごく恥ずかしい。でも、すでに”伝説の令嬢”なんてひどい肩書きはあるわけだし、今更一つ増えてもどうということはない。


「まぁ、デボラ」

「ソフィア、一緒に来ていたなんて! とっても嬉しいわ。私、ちゃんとやれてるかしら?」

「ええ、とても素敵よ。淑女らしいわ」


私はデボラの顔をじっと見た。健康的で、表情豊かで、とても可愛らしい。前回会った時とは別人のように明るい。


しかし、デボラは私から離れなかった。ギュと抱きついて、放そうとしてくれない。


「えぇと……」


すると、リアンが口を挟んだ。


「ソフィア……お疲れでなかったら、デボラと僕と、一緒にお茶をしませんか」

「え、でも、兄妹二人だけの方がいいのでは」

「ソフィア様はデボラの心の支えだったそうですね。そのお話を聞かせてください」


笑顔のリアンの声色に力がこもる。


なんと。


逆らえない、ええ、そうよ。これは逆らえない合図。


小さな願いに逆らえない。つまり、まだ”呪い”は有効なのだ。


「まぁ、ひどいわね。デボラったら私の話は、内緒だと言ったでしょ……」

「でもソフィア、私、あなたとお手紙をやりとりするのがとても好きだったの。リアン兄様の話もたくさん書いてくれて、すごく嬉しかったわ」

「僕の話?」


それは言わないで欲しかったわデボラ……


「たいした話じゃないわよ。こんな仕事してるとか、今日は一緒に何食べたとか、そういう話よ」

「だから僕の話を聞きたがったんですね」


私は答えず、ただにこりと微笑んだ。


ショックだった。


私は安心していたのだ。


リアンの望みがまだ叶えられていないことが、私は嬉しかった。


リアンの体調が悪くなるかもしれないのに。私自身も解放されたかったはずなのに。


どうしてだろう? 私はリアンに縛られたいのかしら? どうして?




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