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鏡の中  作者: 霞合 りの
第十一章
92/154

92 弟の伝説

「ノアの従者ですが、よくやってますか?」


リアンの言葉に、私は一瞬、考えが飛んだ。


あ、話を変えたのね。


私は慌てて頷いた。


「ええ、大丈夫そうよ。私のことにも詳しかったわね、カーターは」

「詳しいとは?」

「”伝説の令嬢”の物語はとても好きだったそうよ。だから、とても気を使ってくれてるわ。ノアのことも尊重してくれるし。だから、引き抜きにもお試しにも応じてくれたみたい。私にしてみれば、元の雇い主が了承してくれたのがすごいと思うわ」


リアンが真面目に頷いた。


「子爵は使用人の育成が好きなのですよ。何人も抱えて、質のいい使用人を揃えることで、爵位の地位以上の品格を保っていて、誰からも尊敬されています。それに、彼だったら使用人にもかなり融通がきくでしょう。彼はデイヴィッド様の伝説も好きですからね」

「デイヴィッドの伝説?」

「貧乏伯爵家から脱出し、一代で富を築いて富豪の伯爵家になったことですよ。一部では英雄扱いですね」

「そうなの……」


英雄? あの子も伝説になっているなんて……


「でも、もしカーターを正式に雇うなら、ご挨拶に伺った方がいいでしょうね、きっと」


その子爵家は、使用人に融通がきくのなら、かなり余分に雇っているはずだ。


どんなお屋敷なのかしら? 使用人部屋も、参考になるかもしれないから、見せてもらったほうがいいかしら。


私がウキウキして言うと、リアンは渋い顔をした。


「そうですねぇ……」

「あまり歓迎されないかしら?」

「いいえ、きっと喜ばれるでしょう」

「それじゃ、どうして浮かない顔をしてるの?」


リアンが私から目を逸らした。


「あの家には適齢期の嫡男がおりますから」

「別に構わないでしょ?」

「えぇ、まぁ、そうですけど」

「リアンが嫌なら行かないわ」

「嫌というわけではありません。いちいちあなたの行動に、好き嫌いを言える立場ではありませんから」

「後見人が何を言ってるの……」


そもそも、リアンが本当に嫌なら私はできないんだから、選択の余地はないわけで。


まぁ、私が行けなくても、ヘンリーがいけばいい。子爵家が使用人育成をしているんだとしたら、ヘンリーに交渉させて、使用人を雇い入れて、来たるべき夏離宮運営にも回せるかもしれないわ。うちの使用人がいくら優秀でも、常に余分に抱えるのは難しいだろうし、臨機応変に対応するには、外部のそういった人材も必要になりそう。それがいつになるかわからないけど。


私はいつの間にか、また考えが別に飛んでいた。


でも使用人同士で話をつけて、……ってわけにも行かなそうだし、でも子爵を挟んでしまったらノアに知られてしまうし……なんらかの形式が必要ね。もし夏離宮の話が順調に進んでいれば、アンソニーにそれでもいいか聞いてみよう。


その頃には、生活も落ち着いてるかもしれないもの。ノアも成長してるだろうし、政治の裏の顔を知っても、私の部屋の使い道を知っても、きっと幻滅しないでいてくれるはず。


だといいんだけど……心配だわ。ノアに嫌われたらどうしよう?


「後見人は保証であって、あなたの行動を制限するわけではありませんよ」

「でも嫌われたくないわ」

「僕があなたを嫌うと?」


私がポロリと言った言葉に、リアンが驚いたように顔を上げた。


「え? えぇ、……その可能性もあるかな、と」


なんの話をしていたのか、忘れてしまった。


私は慌てて思い出そうとしたが、直前の話題も思い出せない。


……なんだっけ、ノアの従者の話? 子爵の話?


私は微笑んで紅茶を飲んだ。でも、なぜかリアンの顔から、だんだんと血の気が引いていく。そしてリアンは青い顔でじっと手元を見つめていた。


これはまた怒られそう。


「ところで、デボラなんですけど」


私は慌てて話題を変えた。


「……デボラ?」

「そうなの。手紙をもらってね。今は花がとても綺麗だそうよ。私、また会いに行きたいのだけど……」


私が言うと、リアンは少し考えながら、私の名を呼んだ。


「ソフィア」

「はい?」

「……僕も一緒に行っていいですか」

「あら」


これは良い兆候。


私が目をキラキラさせてみると、リアンは少しはにかんで、軽く笑った。


「最近、ちゃんと考えるようになりました。僕も自分が結婚をしなくてもいいと思えば、気が楽になることに気がついて……それで、デボラに負担を強いるより前に、デボラのことをよく知らなければいけないと、そう思ったんです」


ん? ”僕も自分が結婚をしなくてもいい”とは?


「それは素敵ね?」


私は探るように言ったけれど、リアンは素直に頷いた。


「僕の可能性もそうですが、デボラ自身の可能性もそうです。デボラが何をどう感じるか、僕は、今はほとんど分かりません。でも、僕にとって、大事な妹ですからね。彼女の意思を尊重したいんです」


不安な言葉はあるけれど、とりあえず、デボラを知りたいというのだから、それはそれでよかった。これでリアンの一番の望みが叶うのなら。


「よかったわ」

「何がです?」

「先日ね、デボラがね、リアンに会いたいって、初めて手紙に書いてきたのよ」

「デボラが? 僕にはそんなことは全然……」

「あなたへの手紙には、なかなか書けないのですって。”会いたくない”とか、”なぜ?” って言われたら、悲しいから。あなたたち、お互いに、事務的なことしか書いていないのね。お互いに好きなのに、一言も添えないなんて、本当に遠慮してばかりね」


しかしリアンは困った顔をしただけだった。


「デボラは……僕に会ってもがっかりすると思いますがね」

「どうして?」

「アーロンのようにはできないし、でも、やはり、兄としても人としても、アーロンは理想的で、彼のような兄の後では、僕などつまらないでしょう」

「それはデボラが決めることよ。あなたが決めることじゃないわ。それに、デボラがあなたにアーロンみたいになって欲しいと思う? アーロンはアーロンで、あなたはあなた。たった一人、リアンという兄なのよ。それはアーロンがいたって、いなくたって、同じことよ」

「だといいですが。僕が言うことでもないですが、あなたはアーロンを知りませんからね。僕よりずっとできる人でした」


リアンよりできる人だったなんて、一体どれだけの人なんだろう。鏡の中からは、素敵な長男というだけで、完璧だったという印象もない。成長してからは、あまり鏡に映らなかっただけかしら。それにしては、リアンには見合い話もたくさんあったようだし、自己評価ほどあてにならないものはないわ。


それは私にも言えることだと思い起こした。


”伝説の令嬢”である以上、ちゃんとそれらしく応えなければ。自己評価はただの貧乏伯爵令嬢でも、世間にとっては、素晴らしい完璧な乙女なのだ。……多分。




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