91 あなたの話
「リアンこそどうして?」
私は尋ねたが、そもそもリアンも公爵家の人間だ。同じ公爵家のリドリーのことは情報として入ってきていただろう。
「元々、同年代の公爵家子息としては、それなりに知っていましたから。そんなところがあっても、彼は人気がありますね。先日、お茶会でも話題になりました。あなたとの見合いの話もね。とある令嬢は、顔がとてもお好きだそうで、絵姿をいくつか持っているそうです。彼の身分もありますから、見合いも限られますし、今では遊びはやめてしまったので、舞踏会でも真面目でつまらないとぼやいておられました」
「じゃ、私が会えたのは幸運だったってことかしら」
すると、何を言ってるんだと言いたげな顔をして、リアンは私をジロリと見た。
「あなたは”伝説の令嬢”ですよ? どんな貴族より貴重な方です。王族より……あぁ、そういえば……あなたとアンソニーがかなり親しいと言う話が、度々、話題に上がっておりましたよ」
「えぇ?!」
なんですって?
「否定してくれたでしょうね?」
私が言うと、リアンは笑った。
「誰も恋人だとは思っておりませんから、ご安心ください。あなたに結婚相手の相談しているのではないか、ともっぱらの噂なのです。僕にはわかりませんでしたが、否定はしておきました。ですが、実際のところ、そうなのですか?」
「相談されたことなんてないわ」
冗談じゃない。これ以上仕事が増えてたまるもんですか。
私が否定すると、リアンはホッとしたように笑った。
「ならば、今までの答えで正解でしたね。殿下はあなた以外の方で探していると伝えておきました」
「それならよかったわ。でも、リアンが殿下の近況を聞かれてしまうなんて変な話ね」
「本当ですよ……まるで僕がなんでも知っているかのように、みなさん聞いてくるんですから」
そこで私はハタと思い当たった。
あれ? リアンが王太子殿下のお相手探しって話……これって、回り回って私のせいでは?
「ちょっと待って、それは」
「それでですね、どうも、ドウェイン殿をお慕いしてる方がいて、あなたとの見合いを気にしていましてね。こちらも、縁がなかったようだと話したのですが、良かったでしょうか?」
ドウェイン? 誰?
私は首をひねりかけ、イーズデール外務大臣の息子だと思い出した。
あの、人の良い、仕事の早い息子ね。
「ええ、……構わないわ」
「でも、ドウェイン殿にしても、アンソニーにしても、ことあるごとに、あなたの賞賛をしているそうですよ。あなたのハードルは上がりましたが、それゆえ、あなたを手に入れたい輩も増えるというわけですね」
「えぇと……面倒なことだわね……」
「そうですか? 結婚結婚言うあなただから、選べるのは嬉しいかと」
「私は結婚なんてしないわよ? あなたに必要だと思うから、言ってるだけで」
私が言うと、リアンは困ったように眉をひそめた。本当に女性が苦手なんだわ。
「別に……必要性はありませんよ、僕の結婚は」
「え、どうして?」
「よくよく考えたのですが、別に僕である必要はありません。デボラがなればいいんです。デボラの夫でもいい。父が、家督をデボラ優先に考えればいいだけですから」
「リアンはそれでいいの?」
「デボラに確認もしないで、このようなことを考えるなんて、失望なさいますか」
「いいえ、でも……せっかく勉強しているのに、もったいないわ」
もちろん、公爵がお決めになるだろう。でも、リアンは継ぐだけの力がある。それに、女性にだってもっとモテていいはずだ。
「リアンは魅力的だもの、きっと良い方がいるはずよ! 見目はハッとするほどかっこいいし、笑顔も可愛いし、優しいし頭もいいし礼儀正しいし、ちゃんと話せばリアンを好きにならないはずがないわ! キース様や殿下よりずっと素敵だもの、リアンほどいいお相手はいなくってよ! そうよ、リアンは人見知りだから、魅力が伝わらないんだわ。殿下やドウェイン様の話なんてしてないで、あなたの話をするべきでしょう!」
立ち上がって机を叩いて力説した私に、リアンはポカンとして、掠れた声でつぶやいた。
「何の話を?」
確かにそうだ……何の話をすればいいのだろう?
「好きなものとか……最近読んだ本とか……美味しいお菓子の話とか?」
「それは女性同士の会話ではないのですか?」
「え、そうなの?」
わからない。そういえば、男性ってどんな話をするの?
「……男性って、女性を口説くとき、どんな話をするのかしら?」
私が言うと、リアンは唖然として私を見た。
「よくご存知でしょう? されているはずですが?」
私は首を振った。
されてない。見合いしてるのに! されてない!
いつだって私には、”伝説の令嬢”の肩書きが付いていて、結局は、その話ばかりなのだ。
「……私、女性としては魅力がないのかもしれないわ」
私が言うと、リアンは目を瞬かせ、言葉を失った。
しまった。
突然の真実にはフォローの言葉も出てこないものよね。リアンに申し訳ないことをしてしまったわ。
でも仕方ない、本当のことをごまかして考えるほど、私は自分を過大評価したりできないんだから。