88 お茶会の噂
第11章です。
よろしくお願いいたします。
「リアンが? アンソニー殿下のお相手を探してる?」
私が思わず復唱すると、デイジーは私のティーカップに紅茶を注ぎながら頷いた。
「はい。ご令嬢たちに、そういった噂があるようです」
私は頭をかしげた。向かいに座っているノアに目を向けたが、ノアは本を黙読しながらお茶を飲んでいるだけだった。実際のところ、話に耳は傾けているだろうが、会話には入ってくるつもりはないようだ。
「リアンは、キースと一緒にお茶会に参加してるのよね?」
「はい」
「それで、自分のお相手を探しているのよね?」
「そう聞いております」
「それで、どうして殿下の話に?」
わけがわからない。それではリアン自身のお相手を逃してしまうじゃないの。
「さぁ……私も先ほど聞いたばかりですので。申し訳ありません。ですが、噂によりますと、リアン様があまりにも無欲というか……情報収集に来ているとしか思えないほど、距離がおありなようですわ。リアン様はお話が苦手ですし、ちょうど、王太子殿下もせっつかれておいでですから、連想してしまっているのでしょう」
おいたわしや、とデイジーはハンカチを目にあてる仕草をしている。
「そうなの……お気の毒にと言えば良いのか、さもありなんと言えば良いのか、ちょっとわからないわね……それにしても、リアンはどうしてお茶会にしたのかしら? お見合いすればいいのに」
私が頭をひねると、デイジーは決まり悪そうに視線を逸らした。
「リアン様は、その……以前、お見合いで失敗したトラウマがあって……」
「まぁ。何があったの?」
「リアン様はご次男ですが、お見合い話は少なくありませんでしたから。公爵家の次男としてはかなり多かったのではないでしょうか。王太子と親しい友人というのは、なかなか得られる名誉ではありませんし」
「えっ 本当に? ”少なくない”程度? ものすごく多かったんじゃない?」
私の言葉に、デイジーはぐっと言葉を詰まらせた。ほら。あのリアンなら引く手数多だろう。初めて会った日に思った通りだ。
「……はい、アーロン様がリズ様に一途だったこともありまして、ええ、それはもう、たくさん。しかしリアン様はお忙しく、半分も確認できませんで、……ここまでたくさんあったとは知らなかったのではないでしょうか。公爵様はお断りするのも大変だと、旦那様に愚痴って……あぁ、先代の」
「いいよ、デイジー。続けて」
デイジーが慌てて訂正すると、ノアはクスリと笑って一瞬顔を上げた。今は当主はノアだから、”旦那様”はノアだ。ノア本人が、まだその器ではないと、呼ばせてはいないけれど。随分と当主らしくなってきたと、私も誇らしい。
「申し訳ありません、ノア様。続けさせていただきます。その上、リアン様はできるだけ避けておられたのですが、やはりお会いしないとならないこともありまして……お会いしたのですが、それが散々の結果で……リアン様は目もくれず、お相手は泣いて帰ったり、逆にリアン様がやり込められてしまったり、まったくうまくいきませんでした。ですので、リアン様は不特定多数の中から、自然にお話が進む方をお選びになりたいんだと思いますわ」
私は頷いた。
「なるほど! ……でも、今回はいらっしゃらなかったということ?」
「どうでしょうか。リアン様は苦手だとおっしゃっていますが、人気のある方ですし、話の弾む方もいらっしゃるでしょう。ですが、……もしかしたら、王太子殿下のお話などをなさっているのかもしれません。大抵は、普段お会いできない方の話を聞きたがるものでしょう?」
「そうねぇ」
私はお菓子を食べながら考えた。そうは言っても……
「え、でも、キース様は? キース様もいるのでしょ?」
「キース様はああいう方ですから、それなりにうまくやっておられるようですわ。もともと侯爵家の方で能力も高い方ですし、婿入りしても構わない、となれば、引く手数多でしょう。今、リアン様は公爵家を継ぐ方として、奥様選びも慎重にならざるをえなくなってしまいましたから、余計に難しいのではないでしょうか」
「あー、そうねぇ……それに、いくら親しいと言っても姫をもらうわけにもいかないものね……これ以上、結びつきが強くなっても仕方ないし。逆に脅威になって狙われそうだもの」
私はうなった。
「それでどうして殿下のお相手探しになっちゃうのかしら。でもまぁ、アンソニー様だって、ちょっとあれよね。早く結婚したほうがいいわよね。せめて婚約でも。リアンが後見人だから私とは結婚できないって言ってたけど、私なんて願い下げって顔してたわ。私だって結婚なんてしたくないけど、ちょっと失礼じゃない? 殿下って私のこと、なんだと思ってるのかしら」
うん。多分”友達”だ。それくらいで終わってくれるといいなぁ。”共犯者”とか”陰謀家”とか思われてやしないでしょうね。
ノアがくすくすと笑った。
「アンソニー殿下はソフィアを信頼しているだけだと思うけど。きっと、お相手だって、ソフィアに見極めて欲しかったかもしれないね」
「そうかしら。そんなの、荷が重いわ」
私は王宮でのお茶会を思い出して、ため息をついた。
「王宮でのお茶会の婚約者候補、すごかったのよ。素敵な方ばかりで、私ならそうね、殿下を尊敬してらした、瞳が綺麗な人がいいわね。あの銀色の髪の……あぁ、でもちゃんとアプローチできるのかしら? ……意外と抜けてる方だし……やっぱり、替えの効く妻は嫌よねぇ」
うっかり『替えの効くの妻になってくれ』とか言ってしまいそう。あの人に付き合うには、相当寛大な心が必要だ。もしくはかなりの理解。とするとそこは、
「むしろ愛から始まらないと」
「なんの話です?」
急に声が割り込み、私は驚いて振り向いた。
「まぁ、リアン! 今日はお茶会はなかったの? 来てくれて嬉しいわ!」
私が慌てて立ち上がると、リアンは微笑んで私の手を取った。