87 リアンの宣言
「そういえば……明日はお茶会に行ってまいります」
リアンが言い、私は首を傾げた。聞いていない。
「私も?」
「いいえ。僕だけです。僕と……キースと行ってまります」
「えぇと、女性ばかりのところへ?」
「そうなりますね。今は、夜は公務で忙しいので、昼に顔出しをしておこうと思いまして。夜が暇になりましたら、大なり小なりの舞踏会に行くことにしますよ」
私は目を丸くした。ということは……私が質問するまでもなく、リアンはちゃんと考えていたということだ。それも、随分と積極的に。
「へぇ……一体どういう風の吹き回し? 急に社交しようだなんて」
「急ではありませんよ。言わなかっただけです。あなたが心配しなくても、僕なりに考えているということをお伝えしなければと思いまして。安心しましたか?」
「そうねぇ……別の意味で心配ではあるわ」
すると、リアンは肩をすくめた。
「あまり人付き合いが苦手とも言っていられませんし、キースがしつこいので。僕が交友を広げれば、ノアも楽になるでしょう」
「なるほど……では、暇な時間がさらになくなってしまうのね。お忙しくなるなら、家に戻ってしまう? もうこちらには来ないの?」
「それは……」
リアンが言葉を濁したが、私はとりあえず話を先に続けることにした。
「今までは、お時間ができたら一緒に食事を取ってくれていたじゃない? 私、いつも楽しみにしていたのよ。だから、いてくれると嬉しいけど……。家に戻っても、たまにはいらしてくださる?」
お相手探しの相談に乗れるかもしれないし、どんな人を選ぶのか、ちょっと興味はある。……ちょっとどころじゃなくて、うん、大いに興味がある。私の大切なリアンを、そこらの女性に渡すわけにはいかないもの。
リアンは一瞬だけ眉をひそめ、私の頬に手を触れ、すぐに手を離した。ためらいがちな、衝動的な仕草で、少しどきりとした。
「……まだ家に戻る予定はありませんよ。二人とも子供のようで目が離せないと言ったばかりですが? 特に、ノアもまだ若く当主としては未熟で心細いでしょうし、そこにつけこんでくる輩もいないとは限りませんから。これから雇う従者も、落ち着くまでは見届けるつもりです。お時間が取れなくて申し訳ありませんが、……ソフィアもそうでしょう、殿方とのお約束があるのではありませんか?」
何を言っているんだろう、リアンは。
「特にないわよ? 申し込みはリアンを通してもらっているから、リアンが知らない約束なんてないし、必要ないわ。結局はリアンに選んでもらわないとならないんですもの」
「僕に丸投げですか」
「丸投げじゃないわ。えーっと」
呪いだなんて言えやしない。リアンはなんて言ってたっけ……
「信頼、信頼してるのよ。リアンが変な相手を選ぶわけがないって、知ってるから」
「そう……ですか」
「ええ。前も言ったでしょう。あなたが言ったのよ」
「それはそうですが、お相手に関しては、僕が邪魔していたらどうしようとは思わないんですか?」
「リアンが? どうして邪魔をするの?」
”伝説の令嬢”の価値を高めるために、限界まで引き延ばそう、とか? それとも、一応、妙齢だからそれっぽく探しておいて、相手から金を巻き上げるとか……? そこまでしなくてもお金はあるはずだけど。あぁ、当主が急に代替わりしたんだもの、もしかしたら私が知らないだけで、切迫してるのかもしれないわ。
すると、リアンは少し意地の悪い顔で笑った。
「せっかく、僕が呼び戻した”伝説の令嬢”を、そうそう手放すとお思いですか? 僕はおかげで王宮ではとても”いい”待遇なんですよ。それを人に渡すつもりは、まだないんです」
それじゃまるで悪役ね。でも知ってるんだ私は。アンソニーにも外務大臣にも圧力をかけられたのだから。ええ、十分に分かっておりますとも。”いい”の意味が、プラスでもマイナスでも、あまり良さそうだとは思えないこと。
リアンはそれを私にわからないようにしてる。負担に思わないように。きっと、リアンの”成り上がり願望”の、根拠のない噂もずっと知っていたんだろう。でも私の気持ちを慮って、最初は見合い話を通さないでいてくれた。ドウェインと見合いしたあとは、待遇が随分変わっただろうに、それだって、私にはわからないようにしてる。自分がしたことだからって、自分の負担は私に見せないようにして。
呑気だななんて思って悪かったわよ。心配するのも当然よね。私って騙されそうだもの。でも、そういうのってずるくない?
私も負けずに笑った。
「やぁね、私なんていなくても、リアンは優秀なんだから、いくらでも好待遇よ。アンソニー様から信頼されていて、身元もしっかりしてるし。実力よ」
すると、リアンは呆れたように笑った。
「相変わらずですね……あなたは」
「何が?」
「そう言われると、自信を持てるような気がしてきます」
「なら良かったわ。リアンに自信がないなんて、変ね?」
私が首を傾げた時、デイジーがティーワゴンを押して戻ってきた。
「ノア様からの差し入れでございます。先ほど、商人が参りまして、新しいお菓子を贈られたそうです」
デイジーの言葉に、私は頷いた。
「ありがとう、デイジー。私の分は、本当にホットミルクだけ?」
「いいえ、ソフィア様。紅茶もございます」
「よかったわ。ミルクでほっこりするより、紅茶でスッキリしたい気分だから」
「承知いたしました」
デイジーが頭を下げると、リアンはこっそりと私に耳打ちした。
「お勉強は終わりにしましょう、ソフィア。鏡のことは、何かわかったら僕にも教えてくださいね」
「……ええ」
心臓の奥がざわりと不安に震えた。
鏡のこと。ーー鏡の呪い、私の災難、リアンの願い事……
一体、この中のどれをどれだけ話せるというのだろう。包み隠さず話せるならいいのに。でもリアンを不安にさせたくない。私に対する責任感ばかりが強くて、自分の幸せを逃してしまいそうだもの。私はリアンの負担になってはならない、”伝説の令嬢”なんてお荷物を、ずっと抱えて欲しくない。
「リアンに話せることなら、全て話したいと思ってるわ」
私が言うと、リアンはホッとした様に微笑んだ。
そうして、私たちは魔法の本を片付け、お菓子をいただくことにしたのだった。
これにて第十章はおしまいです。
次の十一章は、リアンがお茶会に出始めて、しばらく経ってからの話になります。
リアンとデボラの話がメインの予定です。
ストック尽きかけなので、投稿の時間が開いてしまうかもしれません。
こんなに長く続くとは思わなかった……けど、頑張って書いていきます!
よろしくお願いします。