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鏡の中  作者: 霞合 りの
第十章
85/154

85 怠惰な午後の過ごし方

 翌朝、私は寝不足で目を開けた。


それはリアンも同じだったようで、私たちは居間のソファで、ただ、だらだらとくつろいでいた。


「今日はこのまま居間で、一緒に本を読んで、午後を過ごしませんか」


そう言われれば、従うしかない。リアンの些細な”願い事”だ。私が部屋で眠りたかったとか、庭の芝生で寝転がりたかったとか、そういうんじゃない。うん、全然。


「リアン、聞いてもいい?」

「はい」

「リアンはどうやって、”呪いの鏡”への願いのかけ方を調べたの?」

「それは、デイヴィッド様の日記に本の名前が書いてあったからです。その書籍を探して、確認しました」


デイヴィッドの日記! 盲点だった……メモを手掛かりにするだけじゃ足りないはずよ。前から言ってたじゃない、リアンは。


「それは……私も読んでもいいもの?」

「ええ、もちろん、大丈夫です。というか、ソフィアなら、どんな本を読んでも問題ないでしょう」

「そうかもしれないけど、念のため。リアンは私より信頼度が高いから」


私がちらりとデイジーを見ると、デイジーは困ったように目を伏せた。


「珍しい。デイジーと喧嘩ですか」

「していません。それより、日記なんですけど。本当に……私も読んでいいのかしら?」

「ええ、でも僕とは違い……親しい弟のプライベートを盗み見するような感じでしょうけれど」

「不思議ねぇ、百年前の弟なんて」

「ただいまお持ちします。僕にしかわからないところに置いてあるので」

「ありがとう」


リアンが持ってきてくれた本は、数冊あった。二つが日記、二つが小さめの本、一つが大きめの本だ。


「デイヴィッド様の日記に書かれていた本です。ご参考までに」


残念ながら、小さめの本、二つは読んだことがあった。でも大きめの本は初めて見る。私はしげしげと見つめた。大きくて、少し薄め。シンプルに『呪いの鏡 逸話集』と書かれている。


「そちらはレポートのようなものですね。実際に、聞き取り調査などをして、呪いの鏡への願いのかけ方や鏡のあり方などをまとめたものでした。デイヴィッド様は、そちらを参考に、他の文献からまとめて、あの鏡への願いの唱え方を見つけたようです」

「そうなの……」


私はデイヴィッドの日記をパラパラとめくり、そのくせのある字を認めて、少し目頭が熱くなった。これはダメだ。先に本を読もう。


私は日記を早々に諦めて、本を読み始めた。流し読みに近いが、気になったところを拾い読みしていく。


「『鏡の……叶える願いは、一度に全てが叶うわけではない。鏡は常に祈願者を見、正しい望みのみを叶える。それは人が備え付けた思念が形作られた結果なのだ』……どういう意味かしら?」

「正しい望み、と言いますか……鏡に願ったことが、本当にその人の願い事であるか、本人でさえ分からない、と言いたいようです」


何それ?


私は首を傾げた。すると、リアンも困ったように言葉を続けた。


「例えば、ソフィアを鏡に閉じ込めた方も、心の中ではソフィアに死んで欲しかったのだとしたら、そうなっていただろう……ということです」

「あぁ、”正しい望み”ね」


つまり……そうだ。それが私にかかった呪いの一つであり、”リアンの本当の願い事”と言うことだろう。


「鏡は……どうやってそれを判断できるのかしら。そんな高度なこと、人間相手でもなかなか難しいわよ」

「膨大な魔力が閉じ込められているからだと、そこには書かれていますね」

「ふぅん……魔力だけ? あの鏡は本当に、人間のように話すのよ」


本にざっと目を通したが、ここには人が中にいる、とは書いていなかった。


本当にいないのか、さすがに書いたら問題だからか……


でも作り方の本がどこかにあるなら、もしかしたら書いてあるかもしれない。生贄が必要だ、あの鏡の向こうの空間を作り出せる力の出し方は、とか。


「あの鏡を作る時に、膨大な魔力を使ったのでしょう。人と同じような思念体を作り出すとは、すごい執念です」


あの鏡との会話が、全て、魔力が作り出した思念体、というだけなんて……本当に?


確かに作れるのかもしれないけど、相手の望みまでかなえるなんて、並大抵の力じゃないわ。自分の力だけで作ろうなんて無謀だと考えるはず。そうしたらやっぱり、人を使うんじゃないかしら? 時間や能力が限られていた場合、追い詰められたら、禁じられていてもやってしまうかもしれない。


そもそも、あの鏡が作られたのは百年よりずっと、二百年も三百年も昔かもしれない。その頃には、問題なかったかもしれないじゃない?


私が考えている間にも、リアンは話を続けた。


「あなたがいた空間も、最初から作られていたんでしょうか。それとも、鏡が作ったんでしょうかね」

「そうかもしれない……でも、魔力が強いと言っても、無理があるわ。あの空間は、鏡を作った時に、最初からあったんじゃないかしら」

「一人で? あれだけの空間を?」

「数人で作ったかもしれないわ」

「どうでしょう。魔力の反発も考えられるので、難しいかと。最初から親和性が高いということはあまりないようですし、親和性を高めるのもかなり高度な技術のようですよ。個々人が稀有な存在であるとされていますしね」

「そうなのね! じゃ、一人の力で、この鏡を作ったってこと?」

「基本的には、そうでしょう。それにしても、人を一人、体ごと、記憶がある状態で、時間を止めていられるなんて……どれだけの魔力なんでしょうね……」

「想像もつかないわね」


それなら、生贄説は現実的ではないのかも。でも、この鏡を作るくらいなんだもの、親和性など超越して、魔力を統括できるかもしれないわ。


もし、人を使ったのだとしたら、その”人”は魔力が強く、あらゆる可能性を見越して、最初から対策をしていたはずだ。あの暗闇の空間を作り、鏡の条件を決めたら、理論上はきっと、鏡に魔力を閉じ込めるのも難しいことじゃない。


私だって、鏡の中にずっといたのだから。魔法使い自ら、鏡に入ることだって可能だ。


「ソフィア? 聞いていますか?」

「え?」


私が顔を上げると、リアンが安心させるように笑顔を作り、私の手を握った。少し緊張が解けた……けれど、私、そんなに不安そうにしていたかしら。


「そんなに気になさらなくても、大丈夫です。他国でも、あのような空間を作れる者がいるとは、ここ数百年、聞いておりません。いたとしたら、書物に書かれているでしょう。現在でしたら、陛下か殿下の耳に必ず入るはずです。我が国は、ニコラス王の意志を継いで、魔法を平和に使うことを望んでおりまして、国際的には先導を切っております。強大な力には敏感で、その力を持つ者への説得は、陛下たちに任されていますので。それに、魔法よりずっと、有用な技術が、今は開発されています。恐れることはありませんよ」


恐がる、と言うよりは、呪いを解きたいのだけど。できればあの鏡を解放したい、いえ、あの鏡から解放されたい。


私はリアンに笑顔を返した。


「ええ、……そうね。どうして、現在の話を?」

「魔力が高いものは、寿命も長いと聞いています。もしいたのに隠れていたのなら、数百年くらい、生きているかもしれないと思いまして」

「でも、ここ数百年は聞いてないって」

「ええ。ですが、全てを把握することは困難ですから」

「そうね……望みが叶うのは、膨大な魔力が鏡にあるのだとしても、どうして願った人が同じように呪われるのかしら? 願いが叶うまで、呪われたままなのかしら?」


私が言うと、リアンも頷いた。


「それは、僕も考えていました。なので、この鏡を作った時に、やはり、何らかの事故か、意図があったのだと考えられますね。もしかしたら、本来の使い方は、敵を嵌める目的だったのかもしれません」

「敵?」

「ええ。自分が同じように”呪い”をかけられる、と知らない人が、その鏡を盗み、使ったら? そして、狙われそうな人は、すでに、呪い除けの術を知っているとしたら? そうなったら、呪いはかけ損です」

「なるほどね……」


逆も考えられる。


作り手の考えだ。


もしも、数百年前の魔法使いが、命令されて、この鏡を作ったとしたら。

今ほど、魔法使いが独立して仕事ができるような時代ではなく、どこかの領主や国に仕えなければならなかった時代だ。命令されて、いやいやした仕事もあっただろう。


もし、作りたくないのに、”願いを叶える鏡”を作れと言われたら。作っても、作らなくても、死に至るくらいに危険な作り方だとしたら。


自分の力を封じ込めたくなるんじゃないかしら。

人ではなく、自分自身を。


そして、呪うんじゃないだろうか。


鏡を使った人を、願いをかけた人を。



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