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鏡の中  作者: 霞合 りの
第十章
84/154

84 月明かりのダンス

 当たり前だけれど、ダンスは体力を使う。鼻歌であっても、踊りながら長いこと旋律をなぞっていると、さすがに息が苦しくなる。私の声がとぎれとぎれになると、リアンは穏やかに笑い、綺麗にフィニッシュの姿勢をとった。さすが。


「……すごい楽しかったわね!」


少し息が上がり、私は興奮しながらリアンに抱きついた。もう少し長く踊っていたかったけれど、限界だ。


「……そうですね」


小さく呟くのを聞き、私は体を剥がしてリアンの顔を覗き込んだ。


「そうでもなかった?」

「いえ、楽しかったです」

「でも、なんだか……辛そうだから」

「息が……上がっているだけです」


言いながら、リアンが私の肩にそっとおでこを乗せた。私は驚いて声をかけた。


「大丈夫?」

「はい。……もう少し、このまま……」


静かなリアンの息づかいが聞こえる。こんなにリアンが弱ってるように見えること、今までなかった。本当に何か悩んでいるのかしら。リアンが悩むこと……仕事のことかしら? それとも、家のこと?


気がつくとリアンが何か言った気がした。


「今、なんて?」

「いいえ、何も」


諦めきったような表情で、リアンは微笑んだ。


私は初めて不安になった。


リアンは何かを隠してる。でも一体、何を隠しているんだろう?


「何か困っていることがある?」

「ありませんよ」

「本当に? 無理はしないでいいのよ」

「無理と言いますと?」

「前に、利用しないでって言ったでしょう? でも今は、それはもう、無理なんじゃないかと思うの。むしろ、使うべきよ」

「使う……って……」


言い淀んだリアンに、私は胸を張った。


「そう。私、考えたのだけどね。あなたの意志で、私を家の交渉に使っていいし、誰かに押し付けてくれていいってこと。なるべく気があう人がいいけど、どこでもいいのよ。私を利用していいからね」

「利用するなんて、そんなこと……」

「できない? 気にすることじゃないわ。私、ここへ戻ってこられただけで満足なの。それも、あなたが願ってくれたなんて、本当に幸せだわ。ノアのことも、助けることができたし……だから、もう欲はないの。政略結婚でも、塔に幽閉でも、また鏡の中へ戻るにしても。どこへだっていくわ。リアンが望むなら」


うん。


実際のところ、私は嫌でも従わなければならないけれど、それでもやっぱり、リアンが望むなら何でもしてあげたいと思うのは、呪いのせいじゃないはずだ。


リアンが幸せになれるのなら、心配事がなくなるのなら、私は何だってしよう。いつだって私を気遣ってくれて、私が幸せであるようにいつも考えていてくれるから。責任はもう充分に果たしてくれている。私を呼び出した責任を、いつまでも感じて欲しいわけじゃない。


そして、そばにいてくれる人を見つけて欲しい。私じゃないのは、ちょっと寂しいけれど……それは当然だ。


「……そんなことを言うから」


リアンが掠れた声で悲しそうに笑った。私は慌てて否定した。


「いえ、もちろん、メイドとして雇ってくれてもいいんだけど」

「そんなこと、しませんよ、さすがに」


呆れ声が少しだけ元気がない。それでも、いつも通りに聞こえて、私は少しホッとした。


「ノアの従者が決まったら、しばらくソフィアはすることがありませんが……どうなさいますか?」

「まぁ。ないの? そうねぇ……メイドの勉強でも」

「ご冗談を」


リアンが鼻を鳴らした。なんだかごめんなさい。


でも、メイドになれないのなら。仕事の勉強ができないのなら。私がずっとなりたかったのはなんだっけ。過去に、お金のない貧乏伯爵令嬢だった時、そして、鏡の中の暗闇にいた時、自分がそうだったらいいのになと、思ったのって、なんだっけ……


「それなら、ただの女の子になりたいな……」


私は外の庭園を見ながらつぶやいた。どんなにデイヴィッドが稼いでも、望み通りの生活を手に入れても、弟の願いが変わらなかったように、きっと私の願いも変わっていないのだ。


「はい?」

「だって、今の私って、失敗なんてできないんだもの。したとしても、伝説の令嬢なんて、誰も怒ってくれないでしょう? 立派にしていなきゃならないなんて、本当に肩がこってしまうわ」


私はふふふと笑った。


「伝説の令嬢でもなくて、過去に置き去りにした思い出もなくて、面倒な政治ごとに巻き込まれなくて、可愛い弟がいるだけの、どこにでもいる、ただの女の子……」


デイヴィッドは、両親の、姉の、妻の、子供たちの……みんなの願いをできるだけ叶えられる、正直でまっとうな、財産を築きたいと願っていた。そして私は、自分で生きられる、どこにでもいる、ただの女の子になりたかったのだ。仕事をするにしても、領地を守るでもいい。ただ、堅実に、自分を信じて生きたいと思っていた。……家族のために。


「ただの……女の子、ですか」

「そうよ。リアンが敬語を使ったりしない、甘やかしたりしない、……つまらない、そこらへんに掃いて捨てるほどいる、女の子よ。そうしたらきっと、リアンは、私のことなど気にも留めないでしょうけれどね」


すると、リアンは不敵に笑った。


「いいえ。どんな姿であれ、僕はあなたを見つけます。必ず」

「リアンが話しかけもしたくならないような、メイドや侍女や、店の販売員かもしれないわよ」

「でもそれがあなたなら、……きっとわかります」

「それは……恐るべき探査能力ね。生憎、あなたの敬愛するニコラスは、そんな私なんて、きっと望んでなかったわよ?」

「ニコラス様は関係ありません。今、目の前のあなたが望む姿なら、……僕にはきっとわかるでしょう。あなたを探し出しますよ」


それは……メイドにするくらいなら嫁に出す、嫁ぎ先が嫌でも逃げ出すな、町人になったとしても必ず見つけ出す……そういうこと? それとも、何かの魔法? 呪いの鏡に、そんな願いもつけたのかしら。


ひとまずは、私のことは、ニコラス関係なく気に入ってくれている、ってことみたいだけど……よくわからない。結局のところ、リアンは何を望んでいるんだろう?


私は首を傾げたが、リアンはいたずらっぽく笑っただけだった。





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