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鏡の中  作者: 霞合 りの
第十章
83/154

83 深夜の散歩

その日は、月明かりが綺麗な夜だった。


 私は久しぶりに、深夜の散歩を楽しんでいた。廊下をフラフラと歩くのは、家の構造を覚えるのに都合が良かったし、気分も晴れた。


それに、今日は満月だ。


雲もなく、月明かりが煌々と照らしてくれる中、歩くのは幻想的で気持ち良かった。ウキウキした気分に浸れると思ったが、静かで考え事に向いているこの時間帯、やはり考えは、昼間のことに戻ってしまう。


ダメだな、私。リアンの心配ばかりして。


このままだと、まずいわ。


私は真剣に改める必要があることに気づいた。


リアンに害が及ぶ前に、私はリアンの望みを叶えないとならない。そして、いつかリアンは誰かと結婚して、そばにいる相手、家族代わりの相手である”私”はいらなくなる。だから、リアンにばかり頼るのはいいこととは思えない。


私は私の方法で生きていかなきゃ。自分が生きていた頃と変わらない、仕事をすることを考えよう。真面目に。でも、それ、いつになるのかしら。


考えながら、足は、自然と音楽室へ向かっていた。部屋からは庭が綺麗に見えて、きっと月もよく見えるはずだ。


音楽室のドアを開きながら、私は頭をひねった。


ノアが成長するまで?

リアンが結婚するまで?

……鏡の呪いがなくなるまで?


それっていつ?


その時に、私は、未練なしに離れられるのだろうか。リアンにも、ノアにも、デイジーにも、みんなに笑顔でさよならと言えるだろうか。私は前回、途中で消えてしまって、一度もさよならを言ったことがないのだ。


少し怖いな。


私は音楽室の窓から、月を見上げた。


私は前に、リアンに自分を使わないでと言ってしまった。それなら信用すると。もちろん、あの時は必要だった。でも今は、それが原因で、リアンは望みを叶えられないのかもしれない。私を使って何かしたいのかもしれない。


それならばいっそ、駒として使われた方がいいのでは?


私は少し、光明が見えた気がした。


駒として使われるなら、それもそれでいいか。私をそうやって使いたいのが彼の一番の望みなら、私はそれを叶えよう。


そう、リアンが望むなら。


「……ソフィア?」


声に振り返れば、先ほどまで考えていた相手の姿があった。


「まぁ、リアン」

「こんなところで何を?」

「あなたこそ」


音楽室の扉が開いていたので、覗いたらしい。リアンは今まで見たことのないくらいラフな格好で、ただ驚きに目を見開いていた。


「女性が一人で不用心ですよ」

「でも会ったのはリアンだけじゃない。用心するだけ無駄よ。だって私の家だもの」


リアンは呆れたようにため息をついた。


「……まったく……僕だからって安全とは限らないでしょう?」

「そうなの?」

「そうですよ……」


言いながらも、リアンは部屋には入ってこなかった。音楽室の端と端で、リアンは随分と遠かった。


こんな夜中に起きてくるなんて、今までになかった。いいえ、私が知らなかっただけかもしれないわ。もしかしたら何度かあったのかしら。ここは自分の家じゃないから落ち着かないのかも。それとも、私みたいに、何かに悩んで? ……具合が悪くて?


「……やっぱり、リアン、頭痛があったり、疲れがひどかったり、眠かったり……」


あ、寝てないんだった。


「いいえ。少し考え事をしていて……月も明るいので。あなたと初めて会った日の夜のようですね」

「ええ、……そうね……」


リアンの顔からは、何を考えているのかわからない。私はどうしたらいいのだろう。リアンは何を……私に望んでいるの?


考えてみれば、確かに、以前アンソニーの言った通りだった。


私は多少、自惚れていたかもしれない。リアンの望んだように動けばいいのだと。でも、”反すること”はわかっても、”望んでいること”がどれだけ叶えられているのかは、わからないのだった。


『リアンの気持ちが全てあなたにわかるなどと、うぬぼれないように、という忠告です』


例えば、面倒だから消えていなくなって欲しいと思っても、いなくならないとわかっている場合、本気で願うことはないだろう。


なるほど、そういうことか。奥の深い言葉だった。さすがアンソニーだ。腹を立ててごめんなさい。


「私のこと、戻して後悔してる?」

「何でそうなります?」

「私がここにいるの、気に入らないのかなぁって」

「そんなことあるわけないです」

「ならほら、安全でしょ? 気に入らないっていきなり殴られることもないわ」

「……そうですねぇ」


うっすらとリアンは笑い、私から目を背けた。私はガウンをさらに首に巻きつけると、リアンに向かって歩いて行った。


「ほら、リアン。いらっしゃいよ」


リアンは戸惑ったものの、私に手を引かれ、一緒に音楽室に足を踏み入れた。


「ねぇ、ほら、月がとっても綺麗! 私が帰ってきた日の夜みたい」


窓辺に向かいながら私が言うと、リアンはぼんやりとした口調で笑みを浮かべた。


「帰ってきた日ですか。いい表現です」

「そう?」

「僕が……あなたが帰るべき場所へ連れ戻せたのだと、喜べるからです」


リアンはなんてロマンチストなんだろう。私は少しだけ笑った。


そんな場所、どこにもないのに。


「やぁね、リアン。私が帰る場所は、もうとっくにないわ。ここは呼ばれた場所よ。誰かのために働く場所なの」

「僕はあなたに負担を?」

「いいえ! まさか! 働きたかったから、嬉しいってことなの。本当よ、リアン。あなたが私を必要としてくれて、とても嬉しいの」

「ソフィア……」


リアンの手が私の頬にそっと触れた。


「僕は……あなたのお役に立てているでしょうか」


リアンのかすれた声がとても優しく響いた。


「もちろんよ!」


私は頷いて、リアンの手を取った。綺麗でごつい、不思議な手。リアンは、いつでもこの手で助けてくれた。けれどいつか、それも決別しなきゃならないんだろう。この先、舞踏会でもリアンとはダンスを踊れないかもしれない。私とまた噂が立ったら困るだろうし、多方面に迷惑がかかりそう。また大臣にあれこれ言われるのも嫌だし。


「踊る?」


私が言うと、リアンは目を丸くした。


「今ですか?」

「そうよ。私、リアンと踊るの好きよ。眠れなくてむしゃくしゃするより、楽しいほうがずっといいわ」

「僕と踊るのは好き、ですか」

「ええ」

「僕も……好きです」

「本当? なら、嬉しいわ。踊ってくださる?」

「えぇ、……喜んで」


私が伸ばした手をリアンが取るのを見ながら、私は少し考えた。


「……何がいいかしら」

「ワルツにしましょう」

「……好きなの?」

「ええ、好きです」


間髪入れずに返事が来るので、怒っているかと思ったが、そうでもないらしい。繋いだ手は優しく、全然怖くない。だが、逆光になっていて、リアンの表情が見えない。


「リアンはゆったりして優雅な曲が好きなのね」

「そうですね」

「何が好き?」

「あなたを抱えて踊るのが好きです」


大真面目な声で言うので、私はおもわず吹き出した。


「あら違うわ。曲よ。何の曲? 歌いながら踊りましょうよ」


ひどいわ、抱えるなんて。でも、そうだった。リアンにとって、私はわがままな子供だ。そして、私はそれが嫌いじゃない。


そうしてくれれば、私は”伝説の令嬢”じゃなくて、ただの”女の子”になれるから。十六歳のまま、こうしてリアンに会えたように思えるから。


リアンが少し赤くなり、私の手をぎゅっと軽く握りなおした。


「え、あ………はい。ワルツの……七番です」

「いいわね! 私も好きよ」


私が旋律を口ずさみ始めると、リアンが微笑み、自然と私たちは踊り始めた。


月明かりだけが、私たちの伴奏だ。儚くて、今に壊れそうで、私たちの関係によく似合ってるんじゃないかしらと、私はぼんやり思った。






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