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鏡の中  作者: 霞合 りの
第十章
82/154

82 図書室での調べ物

 翌日、私は図書室で、辞書を片手に本を読んでいた。


もちろん、デイヴィッドが集めた禁書の一つだ。持ち出すのは気が引けたが、異国の本はわからない単語が多く、辞書は図書室にしかない。その辞書は大きく、持ち出すくらいなら読まないほうがマシなくらい。


デイヴィッドのメモ書きは、本を探す手がかりになる。少なくとも、この中に、それについて書かれた本があることはわかる。もしくは、推察できるような本が。


「うーん……どこに書いてあるのかなぁ……」


せめて、呪いの鏡への、願いのかけ方の仕組みについて、記述を見つけられるといいんだけど。


影響は書いてあるけれど、具体的なことは書いてないものばかり。


でも大きな願いを叶える鏡は自ら話すことができる、と書いてあるのは共通だった。他の術具にはあまりないことらしい。だからこそ、この中に誰かいるのではないかと言われてもいるようだ。鏡の向こうの世界、とか。


誰かって誰よ。


私は自分の部屋の鏡を思い出したけれど、人がいるなんて考えたくない。かといって、鏡そのものが話していたかと言われれば、人がいてその人が話していたと考える方が納得がいくけれど。


あの時、私はどうやって鏡に願い事を言ったんだっけ。鏡を拭いて、ううん、鏡の枠を拭いたんだったかしら。


「ん?」


私はわからない単語にまた引っかかり、辞書を引き寄せた。


「えーと……『鏡と繋がること』……『呪いの鏡と長期に渡って繋がることは、衰弱に繋がる。生命力を取られるから』。あ、『吸い取られる』、かな」


物騒だと思いながら、私は訳をメモ書きにした。


『呪いの鏡は人の力を使って願いを叶えている。そして、それの反動を、呪いとして願った本人に返している。反動を返し終わるまで、鏡と繋がることになる。そのため、願いが長期に渡った場合、鏡との繋がりは長い。それは非常に危険なので、願いはすぐに達成できるものが良い。なぜなら、呪いの鏡と長期に渡って繋がることは、衰弱に繋がり、生命力を断続的に吸い取られることになるためだ』


どうも嫌な予感がする。私は翻訳を続けた。


『願いをするほどに、繋がりは強くなる。生命力が吸い取られているかどうかは、目安として、頭痛と寝込む回数によるだろう。それらが増えていく場合、当人は、吸い取られる際の”頭痛”から、回復するまでの”寝込む”ことまでを定期的に行うようになってしまう。何の変化もないように見えても、寿命が短くなる可能性はある。呪いの鏡は多大な犠牲を払って存在しているが故に、それを使用する側にもそれ相応の犠牲が考えられるためだ』


これは……早いところ、リアンの願いを叶えないと、リアンも寝込んでしまうかもしれないってことよね? 


リアンはきっと、ここまで知らないんだわ。呪いが返ってくることは知っていても。でもきっと、それ以上のリスクはあるだろうと考えていたはずだ。でなければ、もっとたくさん、こんな鏡が出回っていてもおかしくないし。


それでも、リアンは自分のために使った。アンソニーだったら、もしこの鏡を使えるとしたら、どうするかしら? きっと、大義のために使うだろう。その時があるとすれば。


私の願い事なんて、あんな行き当たりばったりなんて、信じられない。後悔はしてないけど、心構えが欲しかったわ。私の願い事は、究極、ノアが死ぬまで達成できないし、ノアが長生きすることも望んでるから、無理だ。


私はきっと寝込んで早くに死ぬんだわ。それはそれで仕方ない気もするけど、せっかく生きてるのに、もったいないな。もうちょっとくらい、生きていたい。ノアがしっかり当主としてやっていけるところまで……いや、結婚して子供が、ううん、孫が……


「ソフィア?」

「ひゃぁ!」


呼ばれて振り返ると、リアンが後ろにいた。


いつからいたの? 気づかなかった……さすが王太子の右腕……


「昨日のノアの従者の件ですが、ヘンリーとも話しまして、やはり、数人、会わせてみようという話になりました。ヘンリーも会いたいそうです……どうしました?」

「い、いえ、ううん、何でもないの」


私は慌てて笑顔で取り繕った。


 結局、昨日、ノアの従者は決まらなかった。リアンが候補に挙げた数十人の履歴書を私が確認してふるいにかけ、それをヘンリーがさらにふるいにかけた。その次は、ノアが決めることになるのだけれど、それでもめたのだ。


案はいくつか出た。


一、履歴書をノアに読んでもらって、数人に絞ってもらってからの面接方法、

二、この人数を全て呼んで、事前知識なしでフィーリングで選んでもらう方法、

三、こちらで選んだ一人をノアに会わせて、しばらく雇って相性を見る方法、

四、ノアに履歴書から一人選んでもらって、雇って相性を見る方法……


ヘンリーと話しても、決まり切らなかった。


私は四つ目がいいんじゃないかと思ったけれど、自分で選べと言われても選ぶ自信はないから、あまり押せなかった。


そもそも、私は従者の良し悪しなんて、さっぱりわからない。侍女だっていたようないなかったような、ぼんやりした生活だったんだから、デイヴィッドだって従者がいたようないなかったような、だ。使用人の仕事を一緒にやっていたくらいだ。だから、私にわかるはずもない。


私は途中で離脱したが、その後、リアンとヘンリーはさらに話し合ったらしい。


「あら、そうなの。そしたら私はもう、関係ないのかしら?」


私って……本当、いるしか能がないってうか価値がないっていうか……まぁ……いいんだけど……


リアンには頼りっぱなしだ。これ、リアンがいなきゃ、話にならないわ。


わかってたし、そんなこと。


「ノアと一緒に、従者にお会いしてもらえたらと思っています。あなたとも過ごすのですから、相性が悪いのは良くないですからね。それとも、ソフィアも従者をつけますか? 護衛メインの従者もおりますよ」

「ブルータスみたいな?」

「まぁ、そうですね。ブルータスはそれだけの教育を受けています。僕の影武者もできるんじゃないでしょうか」

「うーん……それなら、護衛のできる侍女の方がいいわ」

「だったら、デイジーで賄えますね」

「デイジー?」

「護身術も警護の訓練も受けているはずですが」

「そうなの?」


私が振り向くと、デイジーはきょとんとして頷いた。まるで当然のことのように。


「ええ、はい。ピアニー家の使用人は、全て受けておりますわ」

「でも、護衛もできるなんて、すごく引く手数多じゃない? 贅沢な……」

「ピアニー家に雇われて、すぐに教わることでございます。伝統だそうで」

「教育費……」


頭がクラクラした。デイヴィッドって、何考えてたんだろう……まぁ、結果、情事や密談の舞台にもなれたわけだ。何しろ、警備体制が非常にいいのだから。


「ところでソフィア」

「何?」

「最近は、何の本を読んでいるんですか?」

「ん?」

「最近、熱心に読んでおられる本はなんですか?」

「と、突然、何かしら?」

「随分と難しい顔をしてらっしゃるから、難しい言い回しの本か、勉強でもなさってるのかと。私でも力になれることなら、聞いてください」

「そうね……」


リアンの願い事をすぐに叶えて、リアンの鏡との繋がりを断ちたい。なので、リアンの願い事を教えてくれないかしら?


……なんて、言えるはずもない。


「今のところはないわ。わからなくなったら、……あなたに聞くかもしれないけど」


考えてみれば、あの時、ノアのために願ったことがすぐ叶ったとしても、私は鏡から解放されはしないんだわ。リアンの願い事を叶えない限りは。そして、その願い事が叶わない限り、リアンは鏡にとらわれるということだ。


それなら、リアンの願いを叶えて繋がりを断てば、リアンも私も鏡から解放される? でも私は……すでに鏡と会話をするくらいに繋がってしまったんだから、おそらく多分、関係なく繋がってしまった気がする。鏡の力が私にあるんだから。ええ、実感できないけど。


となると……やっぱり、鏡からは逃れられないのかしら? 鏡を無効化しないことには、どうにもならないのかしら。


「リアン、頭痛はない?」

「ないですよ」

「本当? 疲れたり、眠かったり……」


私がいることで、リアンの邪魔になったら。呪いになんて、かかったから。


「ありませんよ。病気の本でも読んだのですか?」

「ううん。問題ないなら、いいの。最近仕事が多いみたいだから、心配したのよ」


私は本を巧妙に隠しながら、にっこりと笑った。


今のところは、大丈夫みたい。そうね、あれはデイヴィッドの杞憂で、リアンには関係ないかもしれないもの。





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